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人形怪奇  作者: 詞記ノ鬼士
第一章 夜ノ月琥珀のその虫は
18/141

018 小羽の想い、その先に

思いっきり声を出しきった後、見下ろした先に広がる村人達の驚愕の顔、冷ややかな視線、ひそひそと連なる囁き徐々に集まっていく人々によりさらに自分への敵視が広まる。

小羽はそれに不安になりながらも恐怖しながらも、そんな気持ちを打ち消すように大きく息を吸って思いっきり声を吐き出した。ここに集まった人々全員に聞こえる様に……

「皆さんに伝えたい事があります! どうか私の言葉を聞いてください!」

 瞬間ザワザワと声が強まり、そんな光景を見つめていた小羽にこんな声がかかってくる。

「誰か、止めさせろよ……」

「せっかくの祭りが台無しだな……」

「一体、何なんだぁ? ほらさっさと言えよ〈異端者〉!」

「誰もお前のいう事など聞くものかよ! さっさと消えろ!」

 予想通りこの様子から話しをまともに聞こうとする者は少ないのだろう。ふと三日前の記憶が頭をよぎり恐怖で沈んでしまいそうになる。だけど今の自分には心強い味方がいた。

「おい、そこのお前! 今なんて言った!」

「えっ……?」

「よく聞け! 今からこいつの言う事に文句言うもんは俺が許さねぇ! 分かったか!」

 篤志が奮い立ち、一斉に小羽に向けられた罵声は弱弱しくなりやがて収まった。

「ほら、伝えたい事があるんだろ。今のうちに言え、小羽」

「うん」

 ぶっきら棒だが優しい言葉に後押しされ、小羽はもう一度深呼吸してから言葉を紡いだ。

「どうしてなんでしょうか? どうしてこうなるんでしょうか? 私が怖がられるのも嫌われるのも仕方がない事かもしれない。だけど私はこのままなんて嫌だ!」

顔を上げ、目を見開き人々の表情を見回した。それから落ち着いて気持ちを伝えた。

「私は小羽だ。〈異端者〉でも〈虫使いの少女〉でもない。ちゃんと私自身を見てほしい。そして私は変わりたい。皆に受け入れられる私になりたいんです。その努力はするから、皆さんも私を怖がらないでどうか受け入れて。お願いします」

短い言葉、自分が願う事。ただこれだけの事だった。それさえもしてこなかったからこの現状で今さら訴えた所でうまくいくとは思わない、自信はない。だけどこれ以上、私に何ができるだろうか? だから今は行動しかない。伝えるしかない。それは手探りでも時間がかかろうとも、結局、分かりあえないのだとしてもこれが最後になら、なおさら!


「小羽ちゃん……」

彼女の想いは伝わった。彼女が先ほど家での告げた〈このままでいい〉という選択は諦めた上での希望でしかない。本当の願いじゃない。彼女にそんな選択を望んでほしくはなかったからこそ、彼女が諦めずに勇気を出してここまで頑張ってくれた事が嬉しかった。できる事は皆やった今、後は状況を見守るだけだ。例え悪い方向に進んだとしても……


「黙れ〈異端者〉のくせに、人間様に逆らうんじゃねぇ!」

「お前なんか一生【虫】と一人遊んでいればいいんじゃよ!」

「もう黙れ! 黙れ!」

 黙れ、黙れ、黙れ、黙れ、黙れ――

「消えろ! 消えろ! 消えろ!」

 消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ、消えろ――――

掛け声がテンポよくあがる度、声がどこからか重なり広がっていく。

「小羽さん……」

 さっと力強く握る花月の手に勇気づけられ、小羽は微笑んで握り返した。

「大丈夫、まだ頑張れる」

「はい……」

 野次馬の声が大きく聞こえるけれども、自分の言葉にちゃんと耳をちゃんと傾けてくれている人はいる事は、階段の上から周りを見回していた彼女には分かった。黙ったまま目を合わせてくれる人達、あるいは下を向いた人達、きっと彼らには通じた。そう信じた。

ふと、群がる人々の中を勢いだけで押しのける彼女の姿が目に入った。

「ちょっと、どいて! 邪魔!」

裕子姉さん……?

丁度その時、宮の方で夜の儀際の道具について時刻について話し合いをしていた、田藤の婆さんや元篤のお爺さんを含めた老人達がこの騒ぎに駆けつけてきた。

「戻ってこないと思ったら、これは、どんな状況なんだ?」

「あ、えーっと……私もよく理解していないんですが……小羽が皆に話しがしたいと……」

「ああ? なんだと!」

小羽の父親を通り過ぎ、階段を降りてくるお爺さんを確認したその直後、目の前に現れた姉の睨みつけるような怖い顔をみて小羽は目線をそらす事も出来なかった。やがて……

「みんな、小羽に騙されてるんじゃないわよ。小羽のせいで私は……いぃ、痛い!」

なぜか右腕を押えていた彼女は袖をめくり上げた……

「ほら、これ見てよ!」

「裕子、その痣どうしたんだ。まるで【虫】の呪いにかかった様じゃないか!」

 小羽のすぐ近くまで降りてきた父が姉を見てそう述べた時、人々の声は一瞬抑えられ、その代りに恐怖の様な戸惑いの表情が人々から浮かび上がるのを小羽は見ていた。

「でもあれはもう終わったんじゃねぇのかぁ? おらの婆さんの痣も消えてしまったのに」

「小羽よ、あの〈異端者〉の仕業よ……」

 裕子は父や元篤のお爺さんにそう言って、向き直りこちらへと指さしてきた。

「あの子が私にこうしたの! 虫を使って襲わせたんだよ!」

「そんな事していない! 裕子姉さん、私は……」

「黙れ〈異端者〉!」

 突然どこからか他人の声が飛ぶ。それに続く様に……

「ほらな、琥珀石は関係なかったんじゃ」

「小羽は篤志のいたずらに乗っかって、【虫】を使って皆に復讐したんじゃ。」

「もしかすると、篤志が琥珀石を盗んだ件も、全てそいつのせいじゃないのか?」

「その〈異端者〉が、篤志を脅していう事を聞かせたんじゃないのか?」

 またいつもの様に現状は、小羽の〈意思〉を跳ね返す圧倒的な村人達の〈意思〉により最悪な結果へと導かれてしまう。

「そんな……」

「違いますよ! 小羽さんはそんな事はしません!」

「そうだ、小羽がそんな事する訳ねえだろ! みんなそんな根拠のない話しに乗るな!」

 二人は自分を守ろうとしてくれている……だけど……

「どう考えてもおかしいんだよ! いきなりどうした!」

「何でお前はそいつの味方に付いてんだよ、この裏切り者!」

「はあっ!? それはみんな小羽を悪者みたいに扱うからだろ! ガキのイジメかよ!」

 眉間にしわを寄せて彼の祖父は孫の言動に驚きを隠せない様だった。

「篤志、お前……どうしちまったんだぁ! 何で〈異端者〉と一緒にいるんだ! とう昔に縁など切ったはずだろう? 本当に操られてしまったのか!」

 肩を掴み、声を荒げる祖父に彼はそれをはがし強く訴える。

「そんな訳ねぇだろ! 俺は自分がやりたい様にやっているだけだって!」

「それならお前は……自らの意思でその不吉な娘に従っているとでも言うのか?」

「ああ、そうだよ。祖父ちゃん……」

「違う……なあ、違うのだろう! その娘にお前は操られているだけなんだろう!」

「違うって! 祖父ちゃん、俺は……」

「あ、ああ……今、助けてぇやるぞ。おらの孫やぁあああ!」

「あの、篤志くんは、私を守ろうとしてくれています。ずっと私の味方でいてくれたんです。私はそれを知って嬉しかったんです。お爺さん」

「黙れ、黙れ! この〈異端者〉、おらを呼ぶな、喋るな! 篤志の名前も呼ぶな!」

 勢いよくこちらへと足を踏み込んだ元篤のお爺さんは、小羽の腕を強く掴んできた。

「きゃあ!」

「ちょっと祖父ちゃん! やめろって!」

 危うく足を崩し階段から落ちそうなところで篤志が体を支えてくれた。

「ちょっと黙りなさい! やかましい!」

その直後、階段下の方からある声がかかった。階段下、すぐ手前の方へと顔を向けてみると、ひときわ目立つ金髪の彼が不意にこちらを向いた。


先程まで様々な喚き声で溢れていた辺りは、季流の発声により一瞬にして静まり返った。

「裕子さん、それは自分で作った痣ですね? 痣を見てすぐ分かりましたよ」

「はあ、何いっているの? そこまでして私に何の得があるというの? これは小羽の……」

「本当にそこまでして、ですね。村人達には分からなくても私達には見えるんですよ。呪いに関する特定の痣が……公民館に寝かされていた病人達は皆、花とツルの黒い痣がありましたが、今あなたにはそれがありません」

「そんな事あってたまるか、信じないわよ!」

 それは村の人達も同様で父親までもが訝しそうな表情をしていた。

「本当なのか、それは? 信じられんが……」

「本当ですよ!」

雪野はそこで動き出し二人の横についた後人々へと視線を送った。

「はい、私にも、雪野さんやお兄さんと同じ様に見えますよ!」

花月に続き、雪野はちらりと季流に目を向け見せつける様にこう続けた。

「しかし裕子さんの腕にはその呪いの痣が見えない。つまりそれは普通の虫に刺されただけの炎症です。いや自ら刺されたんでしたね」

「う……」

「そこまでして何故ですか、裕子さん? どうして小羽さんを貶める様なそんな嘘を?」

 拳を握り唇を噛みしめる彼女は途端、体の力を抜き雪野を睨みこう呟く。

「証拠はあるの?」

「証拠、ですか……?」

「村のみんなが納得できる証拠よ!」

「あ……えっと……」

 それはないと言ってもいい。何故なら見えない物を理解できる筈もないからだ。

説明に困り果て結局、雪野は助けを求める様に季流へと目線を送った。

「ほらね、どうせ証明なんてできないんでしょ!」

 裕子は雪野から花月、季流へと確認するように目を移していた。

そこで助け舟が入りいつも通り冷静沈着、淡々と彼は断言した。

「はい、出来ないでしょうね。そればかりは」

「みんな聞いた? 証明はできないそうよ!」

 声を上げる裕子。一方、季流は階段を十段ほど上がり村人達に顔を向ける。

不穏な空気の中、その矛先が小羽にまた移動しないか見計らっているのだろうか?

見渡す彼の視線を避ける様に皆、顔を強張らせ目を逸らす人々の姿が見えた。

「ん、あれ?」

ザワザワと人々の小さい囁きや動作があり、雪野も季流達もそれぞれに目を向けた。

「なんだ、この猫は……シッシッあっちに行け!」

 そんな村人の声を無視し、口に魚を加えたクロとシロはそのままこちらへとかけぬけた。

「雪野、花月! ここには魚がちゃんといたニャ!」

「そうですニャン。ありましたニャン!」

 どうやら猫達は魚を食べる事ができたらしいが、今はそんな事よりも……

「シーシー、静かに。二匹とも……」

 雪野はクロとシロを両手に抱えて、下の方に集まっている人々や階段にいる数人の老人達から隠すように花月や小羽の後ろへ回り横を向きながら、小声で二匹に注意した。

「ここ人いっぱいいるから〈霊体変化〉なしで喋るな!」

 周りを見ると不思議そうな表情を浮かべている人々が映っていた。

「あれ? 今、猫が喋らなかったか?」

「確かに、私も聞こえた気が……」

「僕にも聞こえたよ!」

「私も!」

「きっとあの兄ちゃんの腹話術じゃろうよ。人形もその為の物なんじゃな」

「なるほど、何で人形持っているのか気になっていたけどそういう事か」

 そんな感じに話が広がっている様子を耳に入れながら二匹からの言葉を聞いた。

「んニャ! 魚に夢中ですっかり忘れていたニャ!」

「ニャン、同じく! そういえばシロ達は〈霊体変化〉で飛べるんでしたニャン!」

「最初から変身していたら迷わなかったのにニャ。すぐ魚にもありつけたのにニャ……」

「分かった、分かった。でも望み通り、魚食えてよかったな」

「ニャ、よかったな! それにしても、こんなに人が集まってどうかし……んニャ!」

 雪野の左手に持たれているクロはそっと村人達の方に顔を覗かせていた。小羽、花月、篤志やお爺さんを見て、それから少し下の段に立っている小羽の父親、そして裕子を捉えていた。

「ゆ、雪野、雪野!」

「ちょ、クロ? お前、人前で喋るな。言ったそばからどうした?」

少しの間、動きを止めたクロは急に慌てた様子で雪野の腕でジタバタしだした。

「大変だニャ、クロは見たニャ! 裕子が自分で【虫】の中に手を突っ込んでいたニャ。痛々しそうだったニャ……魚の事で忘れてたニャ」

「クロ、そんな事がありましたニャン?」

「本当なのか……?」

「クロは嘘を言わないニャ、本当だニャ!」

「そうか、なら……証拠はクロが見ていたという事で……」

 それでも猫が見ていたという事は証拠にはならない。だって猫は喋らないのだから。

 その横で季流はこう呟いていた。

「それは好都合ですね。もうこのまま……やっちゃいましょうか」

「え、ん? お兄さん、何をですか……?」

 不意に微笑んだ彼の顔を見て雪野は何だかとても嫌な予感がした。そのまま階段を上がっていく季流を追い、雪野は聞いた。

「あのお兄さん! 変な事はしませんよね? ちゃんと色々考えています? あなた様の事だからほんと心配なんですが……」

「はい、もちろん。色々考えた上で……」

 刹那、季流は言葉を切るとそのまま村人達に声を張り上げるのだ。

「皆さん! 彼が持っている黒い猫から真実を聞きました! 今からそれを話します!」

「あぁっ、お兄さん……!?」

「裕子さんが、自分で自分の左腕を害虫により傷つけていたという現場をクロは見ていた様で、それが証拠です。なんならその場所や時間とかももっと詳しく聞きましょうか?」

「ちょちょちょちょっと、お兄さん! 話しと違いません? 何考えてんですか!」

「はい、だから色々考えました。小羽さんの問題をうまく解決するにはどうする事がベストかと。その結果もうめんどくさいのでさらに色々考えて私は……こうしましたよ? 何か文句ありますか、雪野くん?」

「はい? 当たり前にあるんですが! 結局、めんどくさいと言ういつものいい訳ですか!」

「まあ、そうとも言えますねー」

 これ以上はなに言っても無駄だなぁと思い、雪野は言葉を止めた。

 その時、横でクロに疑わしく目向けていた裕子はぽつりと漏らしていた。

「そ、そんなバカな……猫が喋れるわけ……」

「猫は猫でも、普通の猫とは違いますよ」

「え?」

「では……二匹とも、この村の方達に挨拶してあげなさい」

 どうすればいいかと戸惑った様子で首を傾げ、無言のまま季流を見る二匹の姿があった。

「もう喋ってもいいんですよ、クロ、シロ。はい、どうぞ」

「んニャーそうなのかニャ? じゃあ……クロはクロニャ! よろしくニャー」

「私はシロですニャン! もう少しの間だけこの村にお邪魔させていただきますニャン」

 そんな喋る猫に村人達は騒ぎ出し、口に手を抑える女性や指をさし「すごい」と素直に驚く子供たち、目を見開いて一歩後ろに下がる男性たち。自分達の常識から外れた光景に雪野達の後方にいる老人達もこう呟いた。

「なんなんだ……本当に猫が喋った様に見えたんだが……」

「坊主の腹話術かなんかじゃなかったのか?」

「その横の女の子が喋っているんじゃないのかい?」

 その他にも様々な声を拾いつつ、振り返ると小羽は二匹を見てこう呟いた。

「やっぱり猫ちゃんたち喋れたんだ……」

「小羽さん、気づいていたんですか?」

「うん、私の中に〈虫使いの少女〉が入り込んだ時にちょっと違和感を覚えて、普通の猫ちゃんではないなぁってずっと感じていたの。皆さんも秘密にされているみたいで黙っていました」

 そこで季流はあっさりとした口調でこう返した。

「そうでしたか、何だか気を使わせてしまいましたね」

「いえ……」

「実は彼らには小羽さんの家族の事を観察してもらっていたんですよ」

「それじゃ、あの時……お母さん達の行動を知らせてくれたのは二匹ね。ありがとう。あなた達も私の為に頑張ってくれたみたいね」

「そうだニャ!」

「どういたしましてニャン!」

 それに小羽が少し微笑みその後、さらに大きく騒ぎ出す村人達にクロは訴えた。

「皆、落ち着くニャ……クロ達はそんな怖い存在じゃないニャ。もっとこの姿を見て和んだり、かわいがったりしてほしいところニャー」

「やっぱりあの猫が喋ってるぞ!」

「ば、化け猫だぁ!」

「違うニャ! クロは化け猫じゃないニャ! なんで逆に怯えるニャ!」

「そうですニャン! シロ達は普通の家猫ですニャン!」

 二匹のそんな訴えに雪野が突っ込んだ。

「いや一応、化け猫だろ。お前ら……」

 その瞬間、黙り込む二匹のそんなやり取りを置いて季流はこう切り出す。

「そんな事より、クロ。あなたの口から真相を話してくれませんか?」

「わ、分かったニャ……クロ達は化けられるけど心優しい黒猫ニャ、シロは白猫ニャ! そんなクロは裕子が虫かごを持っている姿を確かに見たんだニャ! ムカデとか毛虫とか色々入っていて、その中に腕を入れて刺されていたニャ! 思い出すだけで恐ろしいニャ!」

「どこで見たんですか、クロ」

「ンニャー場所は祭りの光景がよく見える高い所で……近くに小屋があったニャ!」

「くそ……」

「では裕子さん、もう一度言いますがなぜ小羽さんの邪魔をする事をしたんですか? あなたに何の得があるというのですか?」

「そんなの分からないわよ。ただ気に入らない、イラつくの。ただそれだけよ、満足?」

「そうですか……」

「そうよ、何か文句ある?」

「あなた自身は気づいていないようなので言いますが、それは……こだわりですよ」

「な、なに……そんな訳ないでしょ!」

「それが無意味でも。あなたにとっては意味がある行動。ただそれだけで動いている」

「はぁ?」

「聞いたところ昔は、小羽さんと仲が良かったそうじゃないですか。あなたは小羽さんにこだわっているんです。ただ嫌いなだけでここまでするのはあまり考えられません。あなたは小羽さんの何が気に入らず怒っているんですか?」

「そんなの……そいつと身内ってだけで私の気に障る存在。ほんと近づきたくないのよ!」

「自分の腕を痛めつけてまで小羽さんを貶めたいのですか? 恨んでいるんですか? 私には自傷行為にしか見えないんですが? 本当はあなたは小羽さんの事をまだ……」

「違う! そんな事は……」

「ないとは言い切れませんよね?」

 言葉を止めた裕子に小羽の左横にいる花月は強く言葉を発した。

「裕子さん! 小羽さんと昔何があったのか私は知りませんがどんな理由があろうと、こんな事をしてはいけません。小羽さんを傷つける様な行為は絶対ダメです!」

「あなたは今とても危険な事をしています。人外の物の怒りをかわない様に気を付けた方がいい。この世には人がむやみに触れてはいけない物だってあるんです」

「そ、そんな事……小羽で分かりきっているのよ!」

 季流の脅しの様な言葉に裕子はそう返しそれから花月へと顔を向けた。

「それに、もうそこの花月さんにも言われましたからね!」

「え……?」

 その時、花月の違和感を持ったような声や表情を見て、これは【月花】が関与していると雪野は思った。季流も察したのか顔を歪めながらすぐ裕子へ伺った。

「では何故です? 怖いとは思わないんですか?」

 その問いに彼女は答える気はない様で、花月への視線も外し村人達へと発した。

「村の皆さんは私を信じてくれますよね!」

 人々の冷たい目が彼女を見つめていた。

「ねぇ、どうしたの……?」

「はあ……それは無理な話だ。お前を信じるのはおらには無理だ」

「そうだな。お前の様な不良の言う事を信じられるはずがないだろう」

「〈異端者〉がわざわざ、この状況でお前さんを襲う訳がないだろうよ」

「お前の言う事よりそのよそ者達の話の方が信用できるわい!」

 そんな言葉の後、裕子は怒りや不満の表情を露にした。

「みんな何で小羽の味方をしているの、小羽は敵でしょ! 私の事を信じなさいよ!」

「何故そんな事をした!」

「裕子、何してんだ!」

「〈異端者〉に罪なすりつけようとしてそれでも姉貴か!」

「そうだそうだ! おまえ最低だな、さっさと引っ込めよ!」

「私は知らない、知らない、知らない……知らないわよ!」

「往生際が悪いですよ、裕子さん」

 耳を塞ぎながら彼女は荒々しく言葉を吐きだした。

「うるさい、うるさいのよみんな! もういい加減にして! ああ、そうか……小羽に言われたのね。小羽は私のこと嫌いだから。嘘を吐く様に言われているんだ! お前らは!」

「何を言い出すかと思えば……」

 季流の呆れた様な言葉はふと、自分の視界を横切っていく裕子と同時に遮られる。


 突然、動き出した裕子はこちらへと接近し、伸ばした右手で自分の胸倉を掴んでいた。

「どうせ、あの日の事もずっと恨んでいるんでしょ!」

「え……?」

「私はこんな風にあんたが責められている時、どんな時も守ってあげられなかった。無視していた。どうせあの日からずっと私の事恨んでいるんでしょ!」

 呟かれたのは自分に対しての罪悪感がある様な、そんな弱気な姉の言葉だった。

「そんな事ないわ……裕子姉さん? 私は確かに離れなくてはいけなくなって傷ついた。一番信頼していた姉さんに見捨てられたんだと。でもそれは仕方がない事だった。私も家族もそして村の誰もどうにもできなかった。みんな周りの様子を伺っているだけ……」

 小羽はそこでもやはり思う。辺りでは今も自分ではなく裕子の罵声が飛びかっている。

この悪魔、人でなし! お前の様な者は許さん、絶対に許さん――――

この村から出てけ、出てけ、出てけ、出てけ――――

 嫌悪や不満が一時的に裕子へと流れているこの光景はとても嫌だと小羽は思った。

「これだ……いつもこんな感じだ。ずっとおかしいと思っていた事はこれなんだ」

 目の前の裕子は髪をくしゃくしゃと手でかき回し、周りで容赦なく浴びせられる悪口に対して狂った様に声を上げた。

「ああ! うるさい! うるさい、うるさいうるさい! 黙れよ!」

 その後、裕子は人々の非難から顔を背けて俯き一瞬こう呟いたのだ。

「もう何もかも終わりなんだよ! 終わりにしたいんだよ……こんなの間違っている……」 

「裕子姉さん……」

「お前なんかここから落ちろよ!」

瞬間、裕子は小羽を思いっきり引っ張った。宙に浮き傾いた体はそのまま下の方へと落ちていくはずだった……

「あ……」

小羽はその後、何かに体を支えられた感触にそっとつぶった目を開けた。そこには篤志が自分を腕で抱え込んでくれていて小羽は茫然と彼の顔を見つめていた。

「篤志くん……」

 彼は小羽からそっと離れ、裕子へとその怒り顔を向けた。

「お前いい加減にしろよ、やり過ぎだ! 何がしたいんだよ! こんな事……せっかく俺が琥珀石のこと黙っていたのにお前がそんな大態度ならもう、全部ばらしちまうぞ!」

 その時、舌を打った裕子は篤志に向けて僅かな笑みを見せていた。それはほんの一瞬で雪野達も周りもそれに気づいてはいないのだろう。

「それはどういう事なんだ篤志? 琥珀石を盗んだのは小羽ではないのか?」

「ああ……本人に聞いてくれ」

本人、その言葉に一斉に裕子に視線を向け、父親も裕子に何か言いたげにしている。

「裕子……お前……」

「このやろう篤志……どこまでも邪魔な奴だな、お前は」

 そう発した裕子はあまりにもあっさりとした態度だった。まるでこうなる事は最初から予想していたかの様に笑みを浮かべていた。

 ふと、(そうよ……)と、胸の内にいる少女がそう囁いた気がした。


花月は小羽が落ちた場所まで心配した様子で駆け寄った。

「小羽さん、大丈夫ですか?」

「うん、私は大丈夫よ」

 小羽へと駆け寄る花月がいて、二人の後ろで篤志は小羽の父親に向けて説明していた。

「おじさん、俺はそいつに琥珀石を盗めるものならやってみろと冗談で言ったのが始まりなんだよ、だから裕子だけのせいじゃない。すみません」

「いや……篤志くんが言っている話は本当か? どうなんだ、裕子?」

 しばらく黙ったままの裕子はやがて顔をあげて投げやりにこう呟いた。

「あーあ、せっかくうまくいくと思ったのになー。このまま小羽のせいにできたのに……」

「何やっているんだ。お前のせいで村の人達がみんな迷惑しているんだぞ!」

「そんなこと知るか、私だって最初はこんな事になるなんて思わなかったんだ。気づけばこんな大事に……これも全部小羽のせいなんだよ!」

「全部お前のせいだろ!」

「本当に迷惑な奴だ!」

「やっぱりお前か! お前のせいでうちの孫は!」

「この悪女、不良女!」

 誰が何を言っているのかもう分からない。ただそこに響いているのは裕子に対する非難だけだった。そんな暴言に裕子は下の段まで降りていき言葉を吐きだした。

「自分達がおかしい事に気づかず、何もしてこなかったお前らがあれこれ言うな! お前らみんなおかしいんだよ! 周りの顔とか伺うな! 自分で善悪もつけられないのか、自分で物事考えられないのか? 人の真似事ばかりしてんじゃねえよ、脳なしども!」

『こんな村、出て行ってやる』、そう言った彼女はずっと小羽の事だけじゃなく、言葉通り全てに……この村の現状に不満を持っていたのだろうか?

 この問題は彼女が小羽ちゃんを貶めようとした事だけじゃなくこの村の全体の問題で、彼女はそれを感じてきたのだろうか? この後、疑いが晴れても日常に戻ったとしても、こんな展開になる事を小羽は望んでないはずだ。

「あの……」

 村人達に向けて一歩踏み込んだ時、それを制す様に季流は手を前にかざした。その時、彼が送った視線の先では既に小羽が動き出していた。


 今しかない、ちゃんと確かめたかった……このままでは嫌だった。ずっと言いたかった!

 そんな強い想いに従って小羽は彼女の元へと駆け出していた。

「待ってください、皆さん!」

裕子を庇う様に人々の前に手を広げて立ち精一杯伝えた。

「どうか裕子姉さんを責めないでください! 姉さんが琥珀石を持ち出した事は本当です。でもそれで人々を襲ったあの謎の奇病は、私を慕う【虫】達が原因である事も事実です!」

後ろから自分の口を手で押さえつけてくる裕子がいたが、その時には言い終わっていた。

「小羽、あんたなに言ってんだよ……」

「皆さん、裕子姉さんを責めないでください、お願いします! お願いしま、す……」

振り返ると裕子は落胆した様に自分を睨んできて、そして……

「もう、何やってんだよ。せっかく私が村人達から、あんたを……」

 言葉の途中で口を閉ざし力なく地面へと腰を下ろす裕子の姿があった。

「もっと嫌えよ、憎みなさいよ。もう戻れないんだよ、私はあんたを裏切ったから……私を悪者にしなさいよ、この〈異端者〉、私に関わらないで! 気味悪いムカつく嫌い、うんざり、もう顔も見たくない! これ以上惨めにさせないで、謝ったりも……すんなよ」

 この時には大体分かっていた。彼女が私を嫌っていない事も、言葉に込められた彼女の強がりも絶望も苦しみも後悔も……そして、今も彼女の中に確かにある自分への愛情も。

「もう引くに引けないんだよ。何か文句あるかよ、何か悪いかよ……訳が分かんない……お前の事なんかどうでも、いい……」

 それは自分に対する彼女の気持ちでそこには小羽が望んでいた答えもある気がした。

「裕子姉さん……ああ、私はやっぱり自分の事しか考えていなかったのね。姉さんの気持ちにずっと気づけなかった……」

裕子姉さんは自らを貶めていたんだ。篤志くんが裕姉さん子を責めた時、見せた裕子の微笑みはこういう事なのかもしれない。思った通りの反応をしてくれた彼に対しての感謝。真実を知っているのは自分と二人だけなのだから……でも、どうしてそこまでして? 

その答えは……私だった。

「ねえ、裕子姉さん……」 

気づくと小羽の目からは涙が流れ落ちていた。

そして彼女は躊躇わず、地面に座り込む姉の顔を覗き込む様にしゃがみ込んだ。

「私は今まで自分の事ばかりで誰かの事など見ていなかった。ううん、見ようとしなかった。知ってしまうのが怖かったから。姉さんに嫌われているんだという事を信じたくなかったから、嫌だったから……全て自分の中で片づけてしまっていたの。辛いのは私だけだと思っていた」

「小羽……」

「あの日から一人になったのも悲しい思いをしたのも裕子姉さんだって同じでしょ」

「うん……」

 躊躇いながらもゆっくりと頷いた裕子はそっと言葉をこぼした。

「あの日、私はあんたを裏切りたくなかった。ずっと嫌いにはなれなかったんだよ! 一人にしてごめん、小羽……ごめんね……ごめんね……」

「裕子姉さん!」

 その時、小羽は前に飛び出すように姉に抱き着いていた。裕子の震える肩、声が小羽に伝う。

「いいの。裕子姉さん。私は許すよ。許せるよ……今、とても嬉しいんだよ」

「小羽……ありがとう。私も、よかった」

顔を上げた時の姉の穏やかな表情をしていた。それは和解の証の様で……また昔に戻れるという喜びや安堵や感動が溢れた瞬間、胸の部分が心が宙を浮く様に軽く晴れ渡る、そんな心地いい感覚になった。

 笑顔が思わずこばれ、そんな今の気持ちを篤志へと送った。すると優しく微笑み返す彼は途端に階段を下りてきて、からかうような嬉しそうな声音で裕子に言った。

「お前、昔と変わったなって思ったけど変わってないみたいだ……」

「なによ、いきなり……それを言うならあんたもでしょ」

「そうだな。お前、本当は俺に興味がある訳ではないんだろ?」

「……」

「お前はやっぱり小羽にこだわってる。小羽の事を気にしてんだ、昔からな」

「もう……やってらんないわよ」

 既に村人達は批判の言葉は止んでいて、後方から元篤のお爺さんの呟きが聞こえる。

「もう、どうなっているんだ……」

 小羽はそこでふと思い浮かんだ自分の望みを二人に打ち明ける。

「私ね。また裕子姉さんと篤志くんと一緒にいたい。三人で笑いあいたい!」

「ああ」

「うん。私も、またあの日の様に戻りたい。けど……」

 この後の言葉は否定的な言葉だと読み取り、裕子が言い終える前に小羽は言葉を紡いだ。

「それは、本当に無理な事なのかな?」

「無理に決まっているじゃない。今までも……」

「今までは何もしてこなかった。出来なかった」

篤志くんや裕子姉さんの事から、言葉にしなければ伝わらない事もあると知り改めて思った。私達は簡単な事すらしていなかった。

「これは仕方がない事なんだって決めつけているけど、本当はもっと簡単な事なんじゃないのかな。みんないいと思えるその方向を見ないんだ。悪い方行しか見ていないんだ」

 こちらにちゃんと顔を向けてくれる前とは違う人々のその真剣な表情を見て、勇気を出してよかったと無駄じゃなかったと小羽は思った。自分の意思で行動する事……自信がついた。

「私は何も見ていなかった。人を見ていなかった。【虫】達の事が全てだと思い込み、自分の事もどうでもいいと思っていた。村人との関係も今のまま暮らせるなら我慢しようと思っていた。その結果が二人を苦しめていたのなら変わりたい。伝えただけでわだかまりも誤解も全て解けるなら私はそうしたい!」

「小羽……」

「裕子姉さん。私、最近分かったの、自分が本当の気持ちが……ずっと私は裕子姉さんと篤志くんと仲良くなりたかった。元の関係に戻りたかった。欲を言えばお父さん、お母さん、姉さん達とももっと仲良くなりたい、家族になりたい。そして……」

 小羽はそこで立ち上がり振り返る。

「もう一度いいます。私は皆に受け入れられたい。この村の人達に〈異端者〉ではなくちゃんと人として、ただの小羽として受け入れられたい。周りまで苦しめてしまう日々はもう嫌だ!」


 心動かされた村人達の神妙な表情、少しずつ広がっていった拍手、それを捉え唖然としていた父親は背を向けている娘へと足を動かしていた。

「小羽、私は……私は……」

振り返る小羽にそれ以上言葉を続ける事が出来ない彼を見て季流は途端、声を上げた。

「小羽さんのお父さん! あなたが長年言えなかった事、この村の不満もついでにいま全て打ち明けてみてください。この際ですからさあ、どうぞ!」

「え!?」

「神主の旦那どういう事だ! お前までその〈異端者〉を庇うつもりか! そいつは人間じゃない。【化け物】だぞ。その事を分かっているだろう?」

「しかし、ですね……いや、あの……小羽は……」

「どうなんだ。曖昧にせずはっきり言わんか!」

 その時、捲し立てる元篤のお爺さんを迷惑そうに見ている季流がいた。

「私がはっきり言います! 何かめんどくさそうなので……さっさと終わらせましょうよ」

「またお前達が出しゃばってくるのか、よそ者が村の問題に関わって来るんじゃない!」

「いいえ関わらせてもらいます。何故ならばあなた方は〈変物世界〉の事を全く知らない無知な人間で、小羽さんを人間じゃないとか本当におかしな事を言いますから! それ、本気で言っているんでしょうか? 思い込み激しいんですか?」

「あ? 本気だが何か?」

「私達はそういう事のプロです。そこは信用してほしいのですが……まあ、言いますね?」

 視線を移し村人たち全員に向けて季流はその後発言していく。

「あなた方は人外の存在について信じている様で心の底から信じ切っている訳ではない。自分達の都合のいいように呪いを小羽さんのせいだと決めつけた。人外の物の本当の恐ろしさを知らないんですよ。我々は常にそういった【化け物】に対応している」

「何を言いたいんじゃ」

「これは見える者にしか分からない話です。恐らく小羽さんにも分かりません。我々から見たら小羽さんは限りなく人間に近い。いや人間なんですよ、私達も人間なんですから」

「そうですね、お兄さん」

「あなた達は彼女を〈異端者〉や化け物と言っていましたが、その言葉は私達の事も侮辱した事になりますよ? 彼女への暴言を聞く度こっちがなんかイラつきますね」

 季流のその言葉に、赤いスカーフを巻いたある老人が階段の一番後ろの方で言ってくる。

「それはどういう事かい? わしらは別にあなた方を嫌っているわけでは……」

「ん、誰だか分からないですが……それは分かっていますよ。ただ……」

 季流はニコッと偽の笑顔を作った後、それを解いて冷めた笑いを村人へと向けた。

「今から私が行う事にあなた方は我々の事を小羽さんと同様に人間じゃないやら、気味が悪いやら【化け物】だと見なすのかと思いましてね……」

刹那、季流の目が鋭くなり彼の前に立つ男達が何か違和感がある様に固まる。

「な、何だ……これ、は……」

「おい、どうかしたのか?」

「動け、ない……足が、体が……」

「そんなバカな……お、おめぇ一体何したんだ!」

 そんな荒い声とは反対に季流は、落ち着いた声音でこう伝えた。

「何もしていませんよ。ただ見ているだけです」

「そんなわけ……」

「あなた方もそれは分かっているはずです。私は何もしていませんでしたよ。ただ見ただけ。そう、それだけで私はこの方達の動きを封じました」

「え……」

その瞬間、村人達の空気が変わったのが分かった。明らかにそこには恐怖にも似た色が浮かんでいて、小羽を見る目よりもいっそう悪い。

「ちょっと、お兄さん……」

小羽ちゃんの為にきっと何か言ってくれるだろうと、自分達には考え付かなかった打開策をここで出してくれるのだと期待していた。のだが……

「実はこんな風に結構こういう不思議な力を持っている人はいるんですよね~」

「お兄さん何言っているんですか! むやみに一般人にそのこと言ったらいけないんじゃなかったんですか? 後々厄介だからとか決まりだからとか、言っていませんでしたか?」

 よっぽどの事がない限り依頼主と依頼主の家族以外の者に[JHSA]の事、【変物】に関する事は口外してはならないという方針があったはずだ。なのに、彼は平然とこう言うのだ。

「ああ、そうでしたね……まあ仕方ないですよ」

「仕方がないって……」

「公民館の方で既に色々話していたのでもういいじゃないですか。秘密にしているのも正直、回りくどくてめんどくさいです」

「めんどくさいじゃない!」

雪野のが怒鳴った時、元篤のお爺さんも声を荒げる。

「そんな訳ないだろ! 嘘だぁ、おめぇらは嘘を言っているんだろう?」

「いやいや、あなた方はこんな田舎でひっそりと暮らしているから、知らなかったかもしれませんが外の方では私達の様な能力者は沢山いるんです。本当ですよ。ね、雪野くん?」

「なに、堂々と嘘を言ちゃってるんですか! てか、俺にふらないでくださいよ!」

「嘘じゃないでしょう? 事実です。雪野くんも知らないと思いますが、千人に一人でしたっけ? それとも五千人くらいに一人でしたっけ? まあそんな割合で何らかの形で【変物】と絡む人達がいるのは事実です」

「はい、全く分かりません。プロだというのに本がないと何も分からないんですか?」

「何を言うんです。数字は覚えていなくともこの村の割合的には一人はいそうだって分かっていますよ。そしてそれが小羽さんだったのです。ほら」

 いやいや絶対適当に答えているでしょ、お兄さん…… 

「はぁ……もしお兄さんが事実を話していたとしても……これ、そんな簡単に言っちゃだめだと言っているんですよ、俺は!」

「あはは」

「笑っている場合じゃありませんよ! 村人達完全に信じ込んじゃったじゃないですか!」

「そうですね。仕方がありません。では、そんな仕方がないついでに花月、お前の力も村人達に見せてあげなさい」

「お兄さま、いいのでしょうか?」

「花月、私が意味もなくこんな事を言うと思いますか?」

「えっと……思い、」

 花月が答えるよりも先に季流は言葉を続けた。

「そう、思いませんよね。そういう事で、先程から気になっているあのスカーフを巻いているのが特徴の仏頂面の石像を動かしてみなさい」

 階段下の先ほど季流がいた場所の近くには、彼が言った通りの横を向いている石像が展示されていた。他にも置かれているが中で一番近いのと一番でかくてインパクトがあった。

「はい、お兄さま!」

 花月にもすぐ分かった様で言葉と同時に石造の元へと駆け出す彼女がいた。

「ってだから……また騙されているんじゃねえよ、花月!」

「はい! そういえばそうでした!」

 その時には花月は銅像に触れており、言い終えた瞬間にそれは完全に持ちあげられた。

「わしの銅像がぁあああ。なんてこった!」

 花月が持ち上げた銅像の持ち主は階段をかけ降りながら騒ぎ立てていた。

「娘、早くおろせぇい!」

「あ、すみません」

 慌てつつ言われた通りに花月は手に持っている銅像を地面へと下そうとした。だが……

「よいしょ……」

勢いよく銅像が地についたそれは次の瞬間、亀裂が走り粉々に砕けてしまった。

「あ……」

「まあまあ花月、こんな日もありますよ」

 呆然とする花月に季流が声をかけ、雪野は銅像が壊れた件について真剣に心配していた。

「いやいや、いいんですか? これ……あの人のですよね。本当に大丈夫なの……?」

「お前ら、何してくれとるんじゃぁああああああ!」

 ほら怒鳴ってきたじゃーん!

「すみません、すみません、すみません! 自分がついていながら、ほんとすみません!」

 雪野は花月や責任重大である季流の代わりに、深々と真剣に謝った。

するとその後、気づくと横にいた田藤のお婆さんからの疑問の声が上がる。

「もしかしてお主も何かあるのかい?」

「え……?」

「雪野くんですか? 彼はですね……自分で言ってください」

「ええ!?」

説明を雪野へとまる投げする季流を睨んだすえ雪野は仕方なく一瞬、浮かんだあの存在について言う事にした。

 え、いいのか? これで、いいのか……?

「えーっと、俺は、この人形に呪われています……」

 俺だけ何か違う気がするぅ~。

 雪野は発現した直後さっと腰に掛けた人形を右手に持ち、皆に見えるよう前に掲げた。

「おお!」

「確かに人形をお持ちでいられるぞ!」

「本当だ、見るからに不気味な和人形じゃ!」

 明らかにおかしい事を口走ったのだが村人達は季流の言う事を真に受け、すっかり彼の思惑通り振り回されている。

「え、これでぇ……?」

横を見ると、どうだと言う様に堂々とした笑みをこちらに向ける季流がいた。

恐るべし、季流お兄さま……

「こういう訳で納得していただけたでしょうか?」

「信じられん……が、しかし金縛りにあった時の感覚は確かにあった」

「そうだ、信じるしかないな……」

確実に雪野達の異能は村人達に知れ渡ってしまった。もう収拾はつかない……

「お兄さん、本当によかったんですよね?」

「はい、何とかなるでしょう。実際、言葉で他人に伝えたところで能力については行動で見せるかしないと信じてもらえない、実感できないって事は今分かりましたよね?」

「まあ、そうですけど……」

「これは仕方がなかった事という事にして、もうスルーしましょう」

「あーもう分かりましたよ。ほんと仕方ないですね。でも全てお兄さんのせいにします」

 前を見ると先ほど広場にいた子供達もその場に現れ、母親の元へと寄っていた。

「あー、あそこにカッコ悪い兄ちゃんがいるぞ!」

「兄ちゃん達、また何かしているのかな?」

「母ちゃん、もしあのお兄ちゃんがお父さん達にドカーンてされる時は止めてあげて!」

「悪い奴じゃないんだ!」

「なんか小羽ちゃんという女の子の為に色々頑張っているらしいんだ。見逃してあげて!」

「小羽って階段したに立っているあの姉ちゃんの事だよ! あの子も悪い子じゃないよ!」

そんな声に母親達は困り顔で黙り込み、ナナコの母親はこう漏らす。

「そんなこと言ったって……」

母親の横にいるのはナナコの弟なのか、少し幼い見覚えのある男の子は呟いていた。

「ねえねえ、ママ! あそこ見て! 俺の虫の怪我を治してくれたお姉ちゃんがあそこにいるよ。魔法使いでね、二人だけの秘密なんだよ!」

「え、そうなの……? 大丈夫?」

「うん、優しかったよ! だからみんなでいじめたらダメだよ!」

「お母さん私も言っていい? 何で大人達は小羽お姉ちゃんに冷たく当たるの? 何で?」

 自分達の子供にそう聞かれ親達は戸惑いながらも、こう言葉を漏らした

「そうよね。私たち少し大人げなかったかもしれないわね……」。

 一人がそう言うと二人、三人と声が上がる。

「うん。異端……小羽さんについて私たち何も知らないのにねー」

「知らずに勝手に悪者にしてた感じで、悪かったなあって思うよ」

「私もそう思っていたのよ。なんだかかわいそうよ」

「そうよね……この村は少しおかしいわよね」

 子供達と母親との会話から広がっていった言葉の波は、気づけば小羽を受け入れる良い流れがその場に出来ていた。

もしかしたらうまくいくかもしれない!

「みんな、本当にありがとな、ありがとな!」

「人形のお兄ちゃん、もうさっきもありがとうて、それ言ってばかりだよ」

「そうだぞ、水臭いぞ!」

「僕達はもうお友達だろ」

「そうだそうだ。友達だ」

 クスクスと笑う女の子に続く子供達のその言葉に、雪野はあんな小さな彼らと友達になり複雑な気持ちでもあるが、その言葉は自分を信頼してくれている様で嬉しく思った。

「いつの間に雪野くんにあんな小さな友達ができたか気になるところですが、今それは置いておいて今度は小羽さんの父親が見せる番です!」

 からかう様にそう言った季流は戸惑いを見せる父親に向けて頷く。彼はしばらく考え込む様に俯き、やがて小羽へと目を向けた。

「小羽、聞いてほしい事があるんだ……」

「なに、お父さん……?」

「今まで……すまない……」

 小羽はこくりと頷き、父親の言葉を聞く姿勢を見せる。

「そして裕子もすまない」

「え? あ、うん……」

「ずっと私はお前達を守ってあげられなかった。親失格だった。本当にすまなかった」

 短いがそれは彼の精一杯の謝罪だと深々と頭を下げた父親を見て思う。そして……

「ちょ……もう、いいわよ!」

「お父さん……頭をあげて」

「二人とも、許してくれるのか……?」

 父親はそこでゆっくり顔を上げた。

「うん。許すも何も私達は家族でしょ。もういいよ」

「そうよ。そこまでされてもこっちが困るだけよ。小羽の言う通り私達にまで気を使わないでよ……家族、でしょ?」

「そうか……そうだな……」

 横から見える三人の顔には安堵と喜びが溢れていた。

「これって、任務完了ですかねー」

「小羽さんも村の人達に受け入れられた様ですしね」

「さてどうでしょう二人とも。後ろでまだ事を受け入れていない人が一名いる様ですよ?」

「え?」

 季流が視線に合わせる様に花月も同時に振り返ると、そこには眉間にしわを寄せた元篤のお爺さんの怒り顔があり目が合った途端、鋭く睨まれたのだ。

「お前ら、おらはその娘を受け入れるつもりはないぞ! 虫と喋れるなど普通の人間ではない! どう考えても〈異端者〉ではないか! お前の言葉なんかにおらは騙されんぞ!」

「祖父ちゃん、いつまで意地張っているんだよ。いい加減認めろよ、小羽のこと……あいつは祖父ちゃんが思っているのとは違って悪い奴じゃない。大人しい奴なんだ」

「ふん、そんな事はどうでもいい。問題はそいつが〈異端者〉生まれ変わりかどうかだ。お前は恐ろしくないのか。その女が村人達に復讐するかもしれないんだぞ!」

「だから小羽はそんな事しないって、なぜ分かってくれないんだ!」

「お前はその女に騙されているだけだ! お前達よそもんも村のみんなも!」

「小羽をいつまでも悪者にするなよ! もう……そんな祖父ちゃんなんか知るか!」

 祖父に背を向けるように踵反した彼は小羽の手を引き共に走り出した。

「いくぞ、小羽」

「あ、篤志くん……」

人々の間を抜けかけていった二人を見てお爺さん以外はみな大人しく見守っていた。

「おい、篤志や……誰か捕まえんか。皆、何ぼうっとしとる! あの娘を逃がすな!」

「お前さんやめときな。あの二人は誰にもとめられん。これぞ青春じゃな、はっはー」

「ん、これはどういう展開なんでしょうか?」

「あれ、あれ……?」

「実はですね。あの二人はもう恋仲なんですよ」

花月はそこで微笑ましく顔を緩ませいた。

「へ~そうだったのか……て、何で花月が知っているんだ?」

「私は小羽さんと一緒にいましたから色々知ってしまって……」

「それにしてはあの若者、最初の時、本気で俺を倒しにかかってた気がするけど……」

「それは嫉妬でしょ。本当は彼、小羽さんを守る側にいたかったんだと思いますよ」

「あ、そう言う事……」

「これで彼の琥珀石の事についての行動の違和感に納得しました。彼は裕子さんと小羽さん、二人を庇って自分が犯人だと名乗り出たんですね……」

「な、なんだと!」

「お爺さん、三人はずっとこの日が来ることを望んでいた。それがこの結果です。ちゃんとその事実を受け止めてください。そうでなければ……お孫さんは愛する小羽さんを守るため一生あなたの元に現れないかもしれませんよ」

「そんなのは絶対に許さん……許さんぞ……認めるものかぁ!」

握られた拳は震えやがてお爺さんは、二人が向かった右の道へとかけていった。二人の向かった先は分からないがきっと、彼女が安心できる森の中だろうと雪野は思った。


大きくて厚い手に握られて小羽は目の前の篤志の存在をしみじみと実感していた。

息を切らして上りきったそこは昔三人で訪れた森の秘密の場所。

三日前、凍えるような孤独な夜、村人達から逃げてきたこの場所で今、心のずっと奥の方に止めていた大切な人と一緒にいるというその事実を夢の様に思えてならなかった。

「篤志くん……これは本当に現実よね」

いつもの様に期待はしきれずどんな些細な喜びも押しとどめてしまう。それを手放す事はやはり不安でもあった。しかし彼は微笑んでこう言ってくれた。

「ああ、これはお前が掴んだ現実だ、小羽。もう何も心配する必要はない。俺がいる」

「篤志くん……」

小羽は溢れかえるこの幸福感を不思議な気持ちで受け止めようとしていた。

「うん。もう私一人でいなくていいんだね。こんな嬉しい気持ちになっていいんだね。安心していいんだね……」

「ああ、そうだよ小羽。これからはずっと俺達は一緒に笑いあえるんだ」

いつもと違って落ち着いた彼の顔を見つめ心臓が強く、早く脈打つのは息を切らしていたせいだけではない事は小羽には分かっていた。

「うん……」

しばらく祠の板の上に二人で腰かけ休み、沈黙の中で彼の顔を小羽は見る事ができなかった。何も喋らなかった彼はやがてそんな緊張感を破る様に篤志は口を開いた。

「小羽、お前に言いたい事があるんだ」

「なに?」

「俺は……お前を守ってやりたかった。遅くなったけどもう一度お前にちゃんとこうして会える事、普通に話せる事が出来て良かった。お前が苦しむ姿、悲しむ姿はもう見たくない。だからこれからは俺がお前を一生守ってやる。小羽、お前もそれでいいか?」

 真剣な瞳で見つめてくる彼に、小羽も顔を外さず半信半疑で聞いた。

「え、え……? それってもしかして……告白?」

「ああ、そうだ。俺はお前が好きだ、小羽」

そこで篤志のやっぱりぶっきら棒な言葉、告白を聞いた小羽は静かにそれを受け入れた。

「はい。私もだよ篤志くん。私も……あなたの事を愛しています」

二人はしばらくささやかな会話した。

小羽は自分達の事を木々の隙間からそっと見守ってくれている虫達の気配を感じながら、感謝して安心して、彼にこれからの希望について伝えたのだ。


小羽と篤志を追って三十分は経ち、元篤のお爺さんは二人を見つけられずにいた。そこで彼は小羽がよく身を潜めているという森の中へと入っていったのだ。

「どこだぁ、篤志! いたら返事してくれぇ!」

昨日の雨のせいか地面は水に混ざりぬかるんでおり足場が悪い。息を切らしながらもお爺さんは奥の方へと足を踏み入れていったのだ。

「ハア……ハアァ……」

 自分の孫があんな〈異端者〉と恋仲などとは認める事ができなかった。すぐにでも二人を離さなければと彼は躍起になっており身の危険について考えてはいなかった。

「篤志とあの娘は一体どこに行きおったんだ……」

 ふと一匹の蜂が彼の目の前をよぎりそれが小羽に従う虫なのかと思った彼は、すぐ横の崖上へと消えていくその蜂を追う様に僅かな足場しかない細い道を通ろうとした。

だがその時、ズルッと彼はぬかるんだ地面に足元を取られてしまい……

「うわああああああ!」

 転がり落ちていく寸でのところで生えていた木の根っこに手をかけたのだが、根は彼の重さに耐えきれず千切れ、周りの木片や土砂を巻き込む様にお爺さんは落ちていった。

「助け、て……くれ。誰か……篤志や……」

 落ちた先、周りを覆う暗闇の中で元篤のお爺さんは助けを求め続けた。

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