014 裕子と篤志
時間は雪野達が小羽と共に帰宅しようとした頃から少し遡り、小羽が森へと入っていった後ある若者二人は人気のない草村で会っていた。
「何で本当のこと言わなかったのよ! 篤志!」
「別にいいだろう。そんな事……」
それを聞く為に彼を呼び出した様で不機嫌そうな裕子の顔がそこにはあった。
「あの子を……小羽を庇ったの?」
「……」
「まあ、いいけど……」
答えない篤志に裕子は再び呟く。
「私がやったっていえばいいのに……」
「あのなぁ、俺はお前も庇ったつもりなんだが?」
「ん、じゃあ、何で私の物にならないのよ?」
「それとこれとは別の話なんだよ。俺はいくらお前がいい寄ってこようと答えられねぇぞ」
「ふーん、そう……あんたは今も小羽が好きなんでしょ。私はどうせ小羽にはなれないわよ。あんな虫と四六時中戯れている様な気味が悪い子にはね」
「お前は、小羽にこだわっているだけだろう?」
「はあっ?」
「昔は妹の事を一番に考えてあいつの事をいろいろ心配していた優しい姉のお前が、今は小羽を貶める嫌な姉になっているとはな」
そう言葉を吐くと、裕子ははっきりとその顔に怒りを表した。
「そんなの昔の事でしょ!」
「ああ、昔の事だ。俺がまだここへ引っ越してきた頃。俺とお前が十歳か? で、小羽が八歳。みんな子供だな」
「それがどうしたっていうのよ……あんただって人の事は言えないじゃない。今では小羽に声もかけず距離とって、村人達と同じ様に小羽を嫌っている様なものじゃない!」
「ああ……」
「私だって同じよ。小羽のせいで……私は何も悪くない! 全部小羽の……」
「ああ、あれはお前だけのせいでもねぇ。あれは……俺のせいでもあるからな」
「え……?」
「いや、全部俺のせいか。お前がこうなったのも、小羽の現状も……」
「何、言っているのよ……?」
裕子の質問に答えず篤志はその場を去ろうと踵返した。
雲行きは怪しくなり裕子も遠ざかる彼の後ろ姿を見ながら帰ろうかと思った彼女だが、その場で立ち尽くし思い返したのだ。それはまだ小羽達が子供だった頃の話だ――
自分と妹の小羽、篤志はいつからか一緒にいる事が多くなっていた。
当時、夏休み真っ盛りの時期、引っ越してきたばかりの篤志は父親と元篤のお爺さんの交流で紹介され他の子供達よりも早く仲良くなった。そして大人しい妹の唯一の友達になった。その頃には既に小羽の不思議な能力は発現しており裕子はそれが心配であった。
「小羽、虫とばかり遊んでいないでたまにはお友達と遊びなさいよ」
虫に囲まれまるで一人だけの世界で閉じこもる様に楽しそうにおしゃべりし、その他には全く目を向けない小羽を見て裕子は呆れながら言った。
「この子達が私の友達よ?」
「そういうんじゃなくって、ちゃんと人間の友達とも遊びなさいって言っているの!」
「そんなのいないわ」
堂々と返ってくる妹の平然とした言葉に、裕子は呆れながら返す。
「じゃあ、作りなさいよ!」
「いい、私はもうこれ以上の沢山の友達はいらないわ。それに裕子姉さんもいるでしょ?」
それを聞き裕子は自分の名が上がった事に驚き、満更でもなく嬉しいと思った。
「はあ……もういいわよ」
小羽に時より話しかけ後はじっと見守っている彼に微笑ましく裕子は伝えた。
「篤志くん、小羽と仲良くなってくれて、ありがとね」
「あ、いや、別に。俺もこっちに来たばっかで友達いなかったからいいよ」
「そうかぁ、小羽のあの力にも怖がらずにいてくれて本当によかった。人とはあまり話せない感じだからさ。あの子」
「ああ……」
「【虫】とは話せるけどね。それがいい事なのか悪い事なのか、分からないけど……本人は全く気にしていないみたいで人と関わろうとしない小羽が心配で、篤志くんが小羽と仲良くしてくれてほんと感謝しているよ」
裕子はちらっと小羽の事を見つつ、彼に伝えた。篤志は言葉をためてからこう吐いた。
「べ、別にな。感謝される事じゃないんだよ。小羽といても苦にはならないし。俺が一緒にいたいだけだから、気にするな!」
ツンと顔を横に向けて喋る篤志を見て裕子は思った。
「ああ、なに篤志くん、照れてる? あ、もしかして……小羽の事が好きなの?」
聞いてみた。無視に夢中だった小羽も気になるのかパッと目を大きく開きこちらを向く。
「そ、そんなんじゃないけどよ。ただそう思っただけだ!」
「赤くなってる~」
「うるさいな、裕子。もう黙ってろ!」
「あ、小羽も真っ赤になってる~」
「うう……」
言葉通りお互いに顔を見合わせ様としない二人の心情は丸分かりだった。
「二人ともお似合いだね」
「小羽、気にするなよ。絶対に気にするんじゃねえぞ!」
俯く小羽をチラッと見た篤志はそう言い放ち、逃げる様に去っていった。
「裕子、小羽。また明日な!」
そんな事があり、裕子は夏休みが終わりを迎える時期、小羽抜きにして篤志に妹に対する事で相談をした。
「小羽が人と関わらない理由は喋らない事の他にもう一つあるんだよね」
「もう一つって?」
「小羽があの不思議な力を持ったのはまだ小羽が幼かった時なんだよね。その時にお母さんに言われているんだ……」
「何を、言われているんだ?」
小羽の力は誰にも受け入れられない物で、だからあまり周りと関わってはいけない――
あの日、母に言われた言葉を思い出しながら裕子は答えた。
「この力は私たち家族以外には見せてはダメだって、そしてもしばれそうなら友達は作らずなるべく人とは関わるなって」
「それじゃあ、小羽はそれを守ってああ言っているのか、他に友達はいらないって?」
「分からない。でもあのままでいいはずがない。お母さんの言っている事は私はなんか気に入らないわ……」
自分よりも大人に近い二人の姉がいる事でまだまだ子供の自分や小羽には構ってもらえない。子供の相手は鬱陶しいのだろうか? それとも単に興味がないのだろうか?
「でも一理あるから、小羽を想うと私もあの力は他人に知られない方がいいと思うの。だから篤志くんもお願い、小羽の秘密はみんなには言わない様にしてね」
「要は小羽の力の事を周りが受け入れてくれればいいんだな。そうすれば小羽も友達とかちゃんと作れるよな!」
「ええ、たぶんね……」
「俺が何とかしてやるよ! 任せとけ!」
「何とかって……何するの?」
「見ていれば分かるさ」
裕子は真剣な彼の表情や駆け出す姿になぜか不安を感じた。そして翌日……
「ねえ聞いた?」
「うん、聞いたわ。あの宮の子の話しでしょ」
「そうそう。本当なのかな?」
「どうなのかしらね?」
小羽についての小さな噂が流れ、それが村中に広がるには時間はかからなかった。
「本当に虫を操れるのかしら?」
「もしそうだとしたら村の伝説に関係しているのかしら?」
名前は伏せてあるが小羽の事だと分かるそんな人々の声をどこら中で聞き、裕子は悩ましくこの事態の発端は誰だと考え心当たりの人物を森へ呼んだ。
「あの事……村の人に話したの?」
「違う。父ちゃんや母ちゃんとか、家族にだけだ! でも祖父ちゃんとか祖母ちゃんが不吉だとか言って大騒ぎしだしてその後、村の者達を集めたりしてて……まさかこんな事に、なるなんて思わなかったんだよ!」
そんな彼の言葉に裕子は彼を怒る事は出来ずただ困惑した。
私のせいだ……私が余計な心配して彼に話したせいで、彼も小羽の為にと考えたんだ。
「うん……大丈夫。たぶん村の人達だって時間がたてば分かってくれるはず……」
裕子は篤志を励ます様にそう言葉をかけ隅っこにいる小羽にも言った。
「小羽も少しの間いろいろ騒がれたりするかもしれないけど我慢するのよ。大丈夫だから」
「分かったわ、裕子姉さん……」
きっと大丈夫、時間が経てば騒ぎも治まる……
小羽の不安そうな眼差しを見て裕子はこの事態がこれ以上悪くならない事を祈った。
だが期待も虚しく結果、村人達の不信は膨れ上がり小羽は皆から疎まれる存在になった。
「何て事だ。やはりあの言い伝えは本当にあった事なのか!」
「危険だ。今後、あの娘についてこの村の者で監視していかねばならんな」
「ああ、そうだな。」
「恐ろしや、恐ろしや……」
なぜ小羽の力を実際に見ていないなか言葉だけでこんな大事になってしまったのか裕子には理解できなかった。学校や身近な家族それから村の者達の様子を見て裕子は、これは真剣に向き合わなければいけない難しい問題だと感じ小羽の先を心配した。
「見ろよ、あの女だぜ! 虫女だぁ! わーみんな逃げろ! ばっちいぞー」
小羽に集中する村人達の冷たい視線に裕子は自分が何とかしなければと思った。
だが裕子は無力で小羽の傍にいて言葉をかけてやることはできても状況を変えることはできなかった。さらに小羽との関係が崩れる様な出来事が学校で起きてしまうのだ。
「裕子、あんたあの〈異端者〉と一緒にいるのやめなよ」
「そうだよ。怖いから」
夏休みが始まって一週間後には、〈異端者〉というあだ名が小羽に付けられていた。
「なに、いきなり……」
よく一緒に遊んだりしている女の子二人のそんな言葉に裕子は小羽を悪く言われたのかと驚き、嫌な気持ちが心の中で広まる。それにより教室内での不信が強まった。
「ちょっと、」
裕子が怪訝な表情で二人を見ていると言葉を選びなさいよという様に、最初に喋りかけてきた友達はもう一人の女の子の背中を軽くはたいた。
「あ、裕子を怖いんじゃなくて、〈異端者〉が怖いって事ね」
「そうなの……」
「でも、このまま〈異端者〉と仲良かったら私達、もう一緒にいられなくなるかもね」
裕子は納得できなかった。
「え、なんでよ!」
どうして小羽の事を持ち出して友達をやめるなんて言うのだろう? そんなの嫌よ!
すると二人の女の子は顔を見合わせてクスッと笑った。
「だから、怖いんだもん」
「両親にあれには近づくな、祟られるぞ、呪われるぞって言われてるんだぁ~」
「これは仕方ない事なんだよ~」
「さあ、どうするの裕子。〈異端者〉と私達、どちらを選ぶ?」
「え、そんな事選べるわけ……」
「裕子、私達ずっと友達だよね?」
「そうだよね? 裕子はあの〈異端者〉の様に今からずっと一人ぼっちになくないよね?」
ふと笑い声が響いてきてふと教室を見渡し、よそよそしくこちらを見つめるクラスメート達がいた。小羽の家族である自分もいじめの対象になっているのだと裕子はそこで気づき、こんな状況にのる必要はないと拒もうと思った裕子が……この光景が怖くも感じて無理やり笑顔を作り二人に答えたのだ。
「あ……当たり前じゃん。あたし達は友達だよ、ずっと……なに言っているのよ」
「それじゃあ、妹さんは放っておけるよね?」
「う、うん」
「それじゃあ妹さんとお別れしましょうか」
「私達が見ていてあげるよ」
教室の窓側の席に恐怖に耐える様な手を組んで俯く小羽の姿を見た。
自分よりも今、本人の方が辛いはずだと思った裕子はどうするべきかと葛藤した。
小羽を救いたい、味方でいたい、そう思う一方でああなりたくない自分がいたのだ。
「小羽、ちょっと来て!」
荒々しく声をかけた時、クスクス笑う友達の声が背後からしていた。
「な、なに? 裕子姉さん……」
そっと立ち上がり安堵した様子で微笑む小羽の姿を見て、裕子は迷いながらも告げた。
「小羽、もうあんたとは一緒にいられない。近づくんじゃないわよ……」
「裕子姉さん、どうして……」
「どうしてって何でもない。とにかく近づかないで」
「嫌よ。どうして? 教えてよ。私、裕子姉さんに何かしたの? 裕子姉さんといれなくなるのは友達がいないより嫌だ!」
そんな小羽の言葉を払いのける様に余裕のない自分は手を宙へと払い、無理やり怖い顔を作って小羽に最悪な言葉を発した。
「ああ、うるさい! 近づくなって言っているでしょ! 私はあんたと一緒になんかいたくないのよ! もう話かけないで!」
「う……」
固まる小羽は泣きそうな顔をして俯いていた。見ていられなくて裕子はその場から離れ廊下へと出た。するとすぐ〈私の友達だという二人の女の子〉の声がかかる。
「よくやったじゃん、裕子!」
「これで私達は友達のままだよ!」
『よかったね。一人にならずにすんで……』
私はバカだ……こんな……彼らは私の友達なんかじゃない……
小羽を遠ざけたその時に自分は本当の一人になってしまったのだと裕子は自覚し、心から小羽と自分の関係を壊した彼らや自分を恨んだ。
そしてもう周りとの関係もどうでもいい様な気がして……
「うん、よかったよ……」
裕子は小羽にも聞こえるかもしれない中でそう言葉を吐いた。
数日間、家でも小羽とはお互いに顔を合わせ様とはせず会話もなかった。
一瞬間が経つ頃、篤志に呼ばれ森に訪れた裕子はそこに小羽の姿を見かける。【虫】と会話もせず木に寄りかかる悲しげな彼女にどうする事もできず黙り込んでいると篤志は怒鳴ってきた。
「裕子何してんだよ! 小羽をいじめる奴らみたいに無視したりしてんじゃねぇよ!」
「篤志くん……裕子姉さん?」
「それでも小羽の姉貴かよ」
そう言われて少し腹が立つ悔しいがそう言われても仕方ない。
「何とか言えよ、裕子! お前まで小羽をいじめるつもりか!」
うるさい。
「そうじゃなければ……何か理由があるならちゃんと話せ!」
うるさい、うるさい。
「お前が小羽を傷つけ様とする筈がないだろ!」
うるさい……うるさい、うるさい、うるさい!
「うるさい……」
「あ、なんだ?」
「うるさいって言ってんの! 元々あんたのせいでしょ! あんたが喋らなければ……」
思わず出てしまった言葉に口を止めるも、もうその時にはもう遅いと気付く。
「……そうかよ」
悔しそうな辛そうなしかめっ面の彼は、怒る様子もなく静かにその場を去っていく。
「あぁ……」
どうしてこんな事に……
「裕子、姉さん……ごめんね、ごめんね、ごめんね……」
「え……?」
その時、戸惑いながら怯えながらも謝ってくる小羽がいて悲しさや罪悪感、後悔などの嫌な感情が混ざり合いそれにより形をなす苛立ちが膨れ上がった。
何であんたが謝るのよ、何でそんな顔を私に向けるのよ!
「小羽……」
自分を許そうという小羽は今にも泣きそうな顔で必死に笑おうとしていた。
そんないつまでも謝り続ける大切な妹をおいて裕子は歩き出した。
「裕子姉さん……裕子姉さん……裕子姉さん! ごめんなさい、ごめんなさい――――」
聞いていられなかった。謝るべきなのは自分の方なのだから……
「ごめん、ごめんね。小羽……」
あの時、自分の大事な者の笑顔は失われた。皆バラバラになってしまった……
友達も切り捨て、利用して脅してずっと友達だという約束を守らせた。乱暴な言葉を吐き捨て笑顔も捨て人とつるむのも拒んだ。誰にも二度と最低最悪な結果で小羽を傷つけるのは嫌だった。もう何も期待しない、自分はもうあの子のいい姉なのではない! もう自ら妹を傷つける自分が嫌だった……
あの日から十年ほど経つがいつだって考える。こうなってしまった原因は……篤志くん、小羽? 違う。篤志くんは悪くないんだ。小羽も悪くない。私がいけなかったんだ。
いや、違う! 違う、違う違う違う違う!
「もう、何でこうなるの!」
全部小羽のせいだ……小羽がいるから全てがうまくいかない。
何もかも歪み、自分の罪悪感や辛さを誤魔化す様に小羽のせいにする様になって――
ぽつぽつ――葉にあたる雨の音が聞こえだし裕子の意識は現実に戻された。
遠くに見える篤志を視界に捉えぼんやりとした気持ちのなか裕子は……声を上げた。
「言っとくけど! あんたのせいじゃないから!」
「……」
「もう昔には戻れないのよ! 私も小羽も……」
足を止めた篤志にそう呟くと彼はふいにこちらへと向かってきた。
「本当にそうか、まだ戻れるんじゃないのか? お前、本当は戻りたいんじゃないのか?」
「私は小羽を裏切った……」
「……」
「だからこれからも、小羽にとって最も憎む相手は私だけで十分よ!」
「お前……そんなの悲しいだろ、裕子……」
「それでも全部小羽のせいなの。私は小羽のせいにしていくの……」
先程でまでの曇り空からついに大粒の雨が落ち始めた。そんな悲しい様な空を見上げ裕子はそっと目を閉じ、やがて前を向き彼に言った。
「篤志、もう戻りましょう。雨がすごいから」
「ああ……お前、大丈夫か?」
「何が?」
「いや、何でもない……」
「そう」
お互いに違う場所へとゆっくり歩いていき、彼の姿が見えなくなった所で裕子は考えた。何か言いたげな篤志がいたがそんな事はどうでもよく、目を閉じたあの瞬間に考えた事が裕子の頭の中にちらついていた。小羽のせい、小羽のせいだと……思い続けてきた、それしかないと。
でも……小羽を助けるのは、小羽を貶めるのは……私の役目だ!
「私が……やってやる」
立ち止まり、そう呟いた彼女の瞳は何かを決心した様にどんよりと暗い雨空を睨んでいた。




