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人形怪奇  作者: 詞記ノ鬼士
第一章 夜ノ月琥珀のその虫は
13/141

013 見える世界、彼らの世界

これはある冬の出来事。十二歳の年に雪野が夏川家へと暮らす事になった頃のお話し。

「あの子でしょ。例の……」

「三年前の?」

「人形に選ばれた?」

「そうそう、あの木崎家の生贄だよ」

 使用人達が口々に雪野の事について話している。噂が広がる家の中で雪野はそれを夏川家に来てからの数日間、聞き流していた。気になる事が彼にはずっとある。それは……

「あの時、死んだんじゃなかったんだね」

「そう、それがね……」

 雪野に分け与えられた和室。その前にある庭が見える縁側に雪野は腰かけていた。

「自分の存在に疑問を感じますか?」

 彼の横に立つ季流はそう尋ねてきて、それにより噂の声も途中で遮られてしまった。

人形を左手に膝に乗せ寝服を姿の雪野は生気のない様子でただ俯いていた。そんな一言も喋ろうとしない雪野に「騒がしいですね」と季流は耳に手を当ててこう言葉をかけた。

「結局自分をどう思うかは自分次第。他人の言葉なんてクソッくらえ、ですよ。雪野くん」

 それは噂する使用人の事を指しているのだろう。投げやりな気持ちのまま彼は頷いた。

「うん……」

「例えあなたが今生きていても、本当は亡くなっているとしても私達はもう家族です」

「……」

「もしあなたが幽霊となってしまってもその時は、私達が払ってあげます」

「本当に……?」

「いま私がそれをしないという事はあなたは今、生きているという事です」

「生きている……」

「その意味を考えなさい。それがあなたを苦しめる理由だとしてもあなたは今、生きなければいけない。それが葉月が守った願いなんですから」

「うぅ……」

 季流から告げられる真剣な言葉に心が締め付けられる雪野であった。



【虫】を放った後の小羽は空へと上げていた腕や顔をゆっくりと戻し、それから下を向きどこか不安そうな表情で両腕を掴んでいた。

あれは小羽なのだろうか? それとも〈虫使いの少女〉、いや違う……両方なのだ。

「今のは〈虫使いの少女〉が【虫】達にお願いした事? 小羽ちゃん!」

 言葉に反応し、こちらへと顔を向ける小羽は混乱気味に目を泳がせて言葉を零す。

「あ、ああ……ああ……いえ、違います。どちらも……私です」

「そうか。一体、小羽ちゃんの中で何が起こっているんだろう? 分かる?」

「分からない……何だか、私と彼女が……一体化しているよう、で……」

「一体化?」

「いえ、ちょっと違うと思うんですが……私にもよく分かりません。たぶん記憶が融合している感じで、混乱して……今の言葉はたぶん、私の言葉です……」

「うん」

 きっと小羽でもよく分からない変化が起きているのだ。そしてまた背中に生えている羽が少し上がった後、彼女が変わる。〈虫使いの少女〉に変わる。

「亡くなった虫は、私が〈歩く地〉〈生きる地〉の元で、私の持つ力によって新たな【虫】へと変わる。あなた方の言葉を借りるならば、私を守る為に【変物】へと生まれ変わる」

「あなたは〈虫使いの少女〉の方ですね?」

「それは私の本当の名前ではありません。沙耶と呼んでください」

「では、そう呼びます……沙耶さん」

 先程からこの状況に混乱している花月はそこで疑問を投げかけた。

「あなたは……小羽さんではないんですか?」

「はい。ですが今は混ざっています。彼女の記憶を私も共有していますから。そして今話している内容も小羽には届いている。今見ている景色も。それは小羽がこの体の主導権を握っている時も同様に私が感じています。今は私の意識が優先なだけです」

「どうかお願いします。小羽さんの体を返してあげてください!」

 難しそうな顔をして黙り込む彼女に雪野は聞いた。

「あなたには何かやるべき事があるんですか? 何の為に現れたんですか? その理由を教えてください。なぜ今なんですか?」

「それは来る時が来たから。私が目覚める時が来たから……説明しましょうか私から全て」

 しばらく間をおいてから沙耶は語りだした。

「私が死んでから私の意思はずっとこの地に彷徨い、また伝説となって生きてきました。私の存在は私にもよく分からないほど不透明なもの、もはや自分が自分でないかの様に行動し思考は不自由となった。それでも私はたった一つの目的の為に存在してきた」

お兄さんが言っていた――〈魂の浮遊〉。体から離れた魂は決してもう元の人間ではないと、ただの記憶の残骸なのだと。そんな魂や霊体と言われる〈意思の塊〉は死の直前の強い想いに反映して、死後その願いを叶える為に存在し動くという。僅かにある霊体の思考はそれによって疎外され、彼ら自体も全く思わぬ方行へと進んでしまう。それが〈魂の浮遊〉という現象だ。

「私の様な孤独な子をもう出さない事。私の一族から始まったこの〈虫使い〉の遺伝子。また自分と同じ末路を辿る〈虫使い〉が出てしまうのなら、助けたいと思ったの」

 真剣な瞳を向けられ雪野は彼女の記憶を見た今、その言葉を疑う事もなかった。

「そういう事だったんですね……」

「ええ、だから言ったの。私は再び現れると。こんな不思議な力が存在するのですもの、きっと死んでも幽霊として色んな形で生まれ変われるわ。そう信じて私は命を絶った」

 彼女の過去はとても辛いものだった。生贄……現代であっても差別や迫害はあるがさすがに命を取られるという事は常識的にはありえないが、その時代からまだ百年程しか経っていない事に恐ろしく感じた。もしかしたら小羽も沙耶と同じ末路を辿っていた可能性もあるのだ……

「そして小羽が現れた。この子はいつも一人でとてもかわいそうだった。まるで自分を見ている様だったわ。琥珀石が彼女の手に渡りやっと、この子と接触する事ができた」

「あなたがしたい事はつまり、小羽さんを助けたいという事ですね」

「私は小羽を救い、また彼女の様な子を守り続ける者として存在していくつもりよ。小羽がまた普通に暮らせるのなら私は安心して消えるわ。いえ消えてしまうのよ。そういう者、それが私の存在。私が願った答えなの」

「そうなんですか。あなたはそれでいいんですか?」

「ええ、構わないわ」

「それじゃあ、俺達はあなたに何もしませんよ。お兄さんじゃないからよく分からないけど成仏とかしなくてもいいんですね」

「はい、いいんです。私は語り歌にもある通りこの地に生きる神として存在していきます」

「あの語り歌の通り、あなたは神と村人達から崇められていたんですか?」

「はい、同時に恐れられていました……」

 沙耶が悲しげにそう答え、横で花月が何の事か分からないという様子でそっと呟いた。

「あの、語り歌とは……?」

「明日の儀祭で、巫女達がその歌を披露するのでその時に聞けますよ」

「はい……」

 小羽じゃない小羽に戸惑っているのか一言だけそう返した花月は、先程から表情がいつもより硬い。きっとどのように話しかけたらいいのかいまいち分からないのだろう。

そんな花月に沙耶は微笑んで彼女に向けて言葉を発した。それは丁度、雨がポタリと落ちてきたのと同時で、落ちてきた水滴を弾く様に【虫】達の羽音がバサッと音色を変える。

「あなた達がいれば小羽は安心できます。しばらくは彼女に変わりましょう。小羽自身はまだ現状を受け入れていない状況です。あなた方が彼女をうまく導いてあげてください」

「はい」

 雨が降るなか雪野が答えた後、花月もコクリと頷いた。

 それを見てから彼女は視線を落とし薄く開く瞳は、徐々に感情が失われていく様だった。

刹那、再び目を開いた小羽の表情に光が戻る。

「ああ……今、私は……」

辺りを見渡してから自分の両手に視線を落とす小羽は困惑した様子で、もしかすると自分が自分であるという感覚が曖昧になっているのかもしれない。

「小羽さん……小羽さんですよね!」

「小羽ちゃん、俺達の事が分かる?」

黙り込んだままの小羽。花月は俯く彼女の顔を覗き込む様に近づき、そこでやっと彼女は反応し顔を上げた。だがその表情は酷く不安そうで……

「花月さん……彼女は、私の中にいました。ずっといたんです……今も……」

 声を震わせ、背中の羽を広げて見せる小羽は悲しげに短くから笑いした。

「それは〈虫使いの少女〉が、沙耶さんがあなたを守ろうとしている現象ですか?」

「分かりません、私にはもう何も分かりません!」

 きっと今彼女の中では様々な考えが混在し、理解する事も受け入れる事も難しいのだ。

「【虫】達はずっと……私の中にいるあの人を待っていただけで、私の事を気にかけているわけではない。私はずっと前から本当に一人だったの……」

 小羽にとって【虫】達は一番の存在だ。だけど彼らは彼女じゃなく沙耶を見ていた、そう思った小羽は自分が誰からも必要とされていなかった事を悲しんでいるのかもしれない。

「それは違うと思います。先程あの方はあなたの為に【虫】達が村の人達を襲ったと言っていました。【虫】達はあなたの事をちゃんと見ていた筈です。小羽さん!」

 雪野が喋る前に花月が小羽にそう伝えていた。

しかし彼女は花月の言葉を流す様にしか聞いていない様子だった。

「私は……私は本当に【化け物】だったのね。これじゃ……村人達と分かりあえない訳だ。私は化け物、〈異端者〉……あっているじゃない。彼らの言葉は何も間違っていない」

「【化け物】ではないです! 小羽さんはちゃんと人間です!」

「違う!」

「違わないです!」

「小羽ちゃん……花月の言う通りあなたは人間だよ、俺達を信じて。一度、落ち着いて」

「これでもですか? 今なら見える。周りに漂う【変】な物達の姿が……見る世界がもう歪んでしまって……」 

小羽がそう言葉を漏らした時、聞きなれた淡々とした声がかかった。

「二人の言う通りです。小羽さんあなたは人間です。今あなたは〈【変物】世界〉と〈現実世界〉の境界線にいるんですよ。我々と同じ様に」

「え、同じ? これが……このおかしな世界が……」

「お兄さま!」

「お兄さん、どうしてここに?」

 振り返るとそこには雪野達も通ってきた小道の前に季流が立っていた。

「【虫】の後をつけてきたんですよ。ここまで案内されました」

 その時、先程、空へと散った【虫】達が小羽の元へと集まってきていた。

「彼らのおかげで村人達の容体はすっかりよくなりましたよ。それで何があったんです?」

「小羽さんに〈虫使いの少女〉が……沙耶という少女がとりついた様なんです」

「とりついた? それは……」

「ああ、でも悪い【霊】とかじゃなくて、彼女を守る為に現れたと言っていましたよ」

「うむ、そうでしたか……なら一応、大丈夫ですかね?」

 季流はその出来事に驚きはせず、こういう事もあるでしょうと言う様子で次に続けた。

「それはそうと小羽さんの状態です。今まで〈変物世界〉を見てこなかった方がそういうものに関わってしまうと不安にもなるでしょう。今の状態は特に……」

 その時には少し落ち着いた様子の小羽は真っ直ぐ季流の方を見ていた。

「小羽さん、あなたに聞きますね。今あなたが見ている世界はどんな物ですか? 自身に生えている羽などは見えていますか? ゆっくりでいいです。落ち着いて答えてください」

 頷いた小羽は、言葉に従いそっと周り光景、そして自分の羽を戸惑いながらも直視した。

「はい、見えています。全部見えています、おかしなものが……前よりも奇怪になった【虫】達が見えています。近くにいる黒い人型、確か……【残像】? それも見えています」

 その通りだ。近くにはゆらゆらと蠢いている他の【妖怪】も含んだ【残像】がいた。

中心にいる小羽を影からギョロッとした目で見つめる危険な物達もいた。

「はい、そうです。私達もあなたと同じものが見えています」

「そうです小羽さん。大丈夫です。自分の意識をしっかり持ってください」

「はい……」

「言ってしまえば誰にだって【変物】になりうる因子はあるんですよ。【残像】などからも言える通り人の思考、概念、想いにより【変物】は作り上げられ怪奇は起こる物なんのです。集団になればそれはより力を増し〈【変物】世界〉で具現化しやすい。つまり風習であればそれが伝わっている地域でのみ起こる現象となる。村の中での事なら村、町なら町、市、県、国……宗教などは特に大規模な集団による怪奇構造となるでしょうね」

 瞬きせず季流の言葉を理解しようとしている様であった小羽は考え込み、やがて呟く。

「何で私だったのでしょうか? 姉さん達もいるのになぜ私だけにこんな力が……」

「それは運が悪かったとしか言いようがありません。ただ何百年もの時間この地に住む人々が〈虫使い少女〉についての伝説を受け継いできたのなら信じこんできたのなら、それは強い集団の思想になりこの村に反映された筈です。小羽さんが不思議な力を持ったのも関係が強い宮の娘だからと半分は納得できます。もう半分は確証はないのですが……」

「お兄さん、その疑問は小羽さんが沙耶さんの血筋を受け継いでいるという事ですか?」

「はい、そうです」

「それはあっていますよ、お兄さん。小羽さんは若くして亡くなった沙耶さんの子孫ではないけど彼女に近い血筋であったそうです」

「それだけでも力が発現する因子にもなりますね」

 花月はよく分からないという様子で次に言葉を発した。

「なぜ小羽さんだったのか私には難しい事は分かりません。なぜ生まれてきたのか、なぜ今ここで生きているのか。この世界はうまく説明ができない分からない事だらけです。言えるのは偶然そうなるからそうなってしまった。そういう事なんじゃないかと思います」

「はは。お前まるでお兄さんみたいなこと言うなぁー」

「え、そうですか?」

「うん。そうなるからそうなるの部分。お兄さんっぽくない?」

「そういえば言っていましたね……」

「言っちゃ悪いですか? そう思うから言っただけですよ? 何かおかしいですかね?」

「いいえ、悪くない考えだと思いますよ。そうなるからそうなる。だから……仕方ない」

 雪野は小羽に向かって笑い返した。

「小羽ちゃん」

この仕方ないは決して否定的な言葉でも諦めの言葉ではない。ただ事実を受け入れただけの言葉という事、その意味を小羽には通じただろうか? 

「それでも私は、やっぱり……【化け物】なんじゃ……」

「いいや、君を【化け物】だと俺は思わないよ!」

「私もそう思います!」

「小羽ちゃんは【化け物】じゃない。〈異端者〉でもない。ちゃんと人の事を思える優しい子なんだ。嬉しいとか悲しいとか思える普通の人間だ。俺達と同じ人間なんだよ」

「例え、小羽さんが【化け物】だとしても私は小羽さんを怖いとは思いません。だって、小羽さんは私達が見てきた本物の【化け物】の様に人を傷つけたりする人じゃないって、私達は知っているからです。どんな事があってもどうなっても私達は味方です!」

「雪野さん、花月さん……」

「俺は【化け物】はむしろ人の弱い心だと思う。それは仕方ない事でどうしようもない事で自分達には何もできない、そう考えてしまうけど……小羽ちゃん、本当はどうしたい?」

最終的には本人の意思が必要だ。彼女が自身の望みを示す事が自分達の希望にもなる。

「俺はこんな結果で終わらせたくない、諦めたくはなかった。本当に無理なのだろうか? ただ……最初から諦めているだけなんじゃないのか?」 

 彼女も、自分も……皆……

「あなたが自分を【化け物】だというのなら俺達も仲間だ。【化け物】は一人じゃない!」

 雪野達は小羽に視線を向け、頷きあった。

「皆さん……」

 雪野はふと薄く笑い口を開く。

「あ、もしそれなら花月は怪力の【化け物】か……」

「な、何ですかそれ。私は私です。【化け物】じゃありませんよ。もう!」

「そうだな。そうだよな……結局、自分をどう思うかは自分次第。他人の言葉なんてクソッくらえ、だ!」

それはいつかの誰かさんが放った受け売りの言葉で今ずっと自分の中に響いてきた言葉を救いを必要としている人に自分が言っている事が不思議で、ほんの少し照れくさくなって……雪野は季流の方に顔を向けられなかった。その代わりに小羽の瞳を見つめた。途端、泣きそうな彼女の顔は俯いた事によって見えなくなる。

「ありがとうございます。本当にありがとう……」

 涙が零れない様に我慢している感じが伺え結局、泣く事はなく顔を上げる小羽がいた。

「うん。小羽ちゃん……最後までやるだけやってみよう」

彼女からまだ諦めないという覚悟が見え、雪野達はそこで木々の間からうつる暗い空を見て家へと戻る事にした。強く降り続いている大粒の雨は小羽の今の気持ちを伝えている様で……いつの間にか濡れている服、体が冷たくなっている事に雪野は気づいた。

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