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人形怪奇  作者: 詞記ノ鬼士
第一章 夜ノ月琥珀のその虫は
11/141

011 任務一日目の夜が明けて

「雪野さん?」

就寝前、廊下の隅で白い和服姿の人形を持つ彼の後ろ姿を見つけた。満月になる前の月を眺める彼はこちらに気づき疲れた様な薄目で、自分が好きな桜柄の寝服をチラッと見て呟いた。

「お前そろそろ寝るのか?」

「はい、もう眠たくなってきました。今日は疲れましたね」

「ああ。お前は投げ飛ばしていたしな。力も使ったしな」

「雪野さんは投げ飛ばされていましたね」

「……まあな。じゃあ花月、おやすみ。俺はしばらく暇だしここでのんびりしてる」

「そうですか。ではおやすみなさい。雪野さん」

 雪野はそっと顔を戻し再び外へと目を落とした。少し寂し気な彼の背中を見て花月は後ろから抱き着いた。慌てうんざりした様な顔で花月を思いっきり引きはがす雪野がいた。

「ちょ、なんだ……花月、離れなさい!」

 力が強い自分にはそういった対応になってしまうのだろう。

花月は一瞬む~と唸るも、間をおき真剣な表情で伝えた。

「あまり無理しないでくださいね。無理せずに寝たい時には眠ってください。ここは家じゃないんですから体には気を付けて」

「言われなくても分かっているよ」

「それならいいです。いつでも私がいますから頼ってくださいね」

「ああ……」

 鬱陶しいという様な彼の困り顔を見て、花月は心配しつつ大人しくこの場から去る事にした。

最後にちらっと振り返ると彼は再び月を眺めていた。いや月を見ている様でどこか空を見ていた。彼は自分の中の〈月〉を思い出していたのだろうか? 記憶の中に漂う彼女の事を……

「どこに行っていたの?」

「お兄さまと雪野さんにお休みの挨拶をかけてきました」

「そうなんですか」

「はい」

「では私達もそろそろ寝ましょうか」

 頷き、自分が床に就くのを見て小羽は空に手をかかげ部屋の明かり消してくれた。

「おやすみなさい、花月さん」

「はい。おやすみなさい、小羽さん」

やがて花月が眠りに落ちた頃、部屋の中にちょこんといたクロとシロは変化を解き、そっと花月の布団の上に乗り丸まったのだった。



「雪野さ……雪野さん! 雪野さーん!」

 朝、はっきりしない意識の中、耳をつんざく様に花月の聞こえ始め、自分を呼んでいるのだと認識した時には突如、何故か鈍い痛みが頭を襲っていた。

「いったぁあああああ!」

 目を開くと逆さまになった花月や周りの風景が映りこんでくる。

「んん?」

どうやら逆さまなのは周りではなく自分の様で、瞬時に彼女に対する怒りが溢れていた。

「な、何してんのぉおおああああ!」

自分が花月に無理やり起こされた事だけは理解できた。

布団の位置から壁までの距離二mほど飛ばされている事や目が覚め、ズキズキと脈打つ様に頭痛が波打っている事に気づき雪野は命の危機を感じて花月を睨んだ。だが……

「そんな事より大変です! 大変なんです、雪野さん!」

「何がそんな事より大変なんだよ! お前の抜けた頭以上に俺の頭の方がよっぽど大変だよ。どこか記憶ぶっ飛んでいないか心配なんですけど、もう朝からなに……」

「小羽さんがいなくなりました!」

「えっ?」

 この後、季流と共に花月から事情を聞くとどうやら一緒の屁で寝ていた小羽は朝、起きた時にはいなくて、家や庭にも見当たらなかったらしい――

「どうやら本当にいない様ですね。家族も誰も彼女の姿を見ていないとすると、彼女は自分から外へと出たのでしょうか? 昨日、何やら様子がおかしかった気がしますし……」

「姉の裕子さんと揉めている様でしたけど今、彼女は家にいましたし小羽がいない事にも気づいていない様子でしたね……」

「とにかく今はまだ小羽さんを一人にしておくのは危険です。外に出ましょう皆さん」

『はい』

「家の事はこの呑気な猫達に任せておきましょう」

 雪野は布団の上で丸くなって寝ているクロとシロに呼び掛けた。

「おい起きろ、二匹ともー」

「クロとシロ朝ですよ、起きてください」

 彼と花月の声では二匹は起きようとしなかったがそこで季流が一声漏らす。

「起きないと【虫】達に食われますよー」

一瞬でパチッと目を開く二匹は顔に手を添えそっと起き上がる。

ぼけーっと固まるシロの横でクロもまだ寝ぼけた様子でこう呟いた。

「んにゃ~、もう起きる時間かにゃ? まだ眠いんだけどにゃー。また起こされたニャァ」

「ん? また起こされたって?」

「ニャ……聞いてくれニャ、雪野~。昨日ニャ、昨日……ふニャぁ~」

「なんだどうしたクロ。昨日なんかあったのか? ちゃんと話せ」

「あ、昨日じゃないニャ、今日だニャ。日が昇る前ニャ。クロはぐっすり魚の夢を見ていてその魚はとても大きくてクロが食べ様とすると逃げていくニャ。すばしっこかったニャ」

「何の話をしているんだ……?」

「違うニャ、この後の事だニャ。突然の激痛に目が覚めたニャ。そして尻尾がとても痛かったんだニャ。近くには人影があって部屋を出て行ったニャ。クロは追いかけたかったが夢の続きがみたかったからすぐにもう一度寝る事にしたニャー」

「え、それ本当か?」

「ニャー、結局魚の夢は昨日見た【虫】に追いかけられる悪夢へと変わってしまったニャ」

「あー、そうかそうか。夢の話しはもういいんだけど……」

 その時ずっと動かずのシロが何かを思い出した様にピクッと反応し口を開いた。

「私は叫び声で一瞬目が覚めクロの尻尾を何者かが踏んでいる所を見ましたニャン。辺りは暗く半分寝ぼけていたものでそのまま確認せず寝てしまいましたニャン」

「おそらく二匹の話しが本当ならそれは小羽さんだったのでしょう」

 安堵しつつも、どうして小羽は一人で外に出ていったのだろうかと雪野は思った。

「お兄さま、雪野さん、とにかく小羽さんを探しに行きましょう!」

こうしてこの後、雪野達は花月がきのう小羽と通ったという近くの草村間まで向かってみた。

「小羽ちゃーん、どこー? 小羽ちゃーん!」

「いたら返事してください! 琥珀石探しなら危険なので一緒にしましょー」

「見当たりませんね、一向に……」

 季流の言葉に花月は悩ましげにこう呟いていた。

「小羽さんは他にもこの様な人がない静かな場所を知っている様でした。もしかしら、この場所ではないのかもしれません。村の方達は小羽さんの姿を見ていないんでしょうか?」

「村人達に聞いてみるのはちょっと……だからといってこのままでもなんか心配ですね」

「二人とも、むやみに土地慣れしていない私達が森の奥に入らない方がいいですよ」

「はい、分かっていますよ。もし小羽ちゃんが森に入ったのなら彼女にとっては一番安全で落ち着く場所なのかもしれないですね」

 そう呟いたその時、耳元で最近どこかで味わった不快音がブブブッと聞こえてきた。

「え、お、うわわぁ!」

 なになになになに、なに――!?

「雪野くん、どうしたんですか?」

「なんかいません、なんかいません? これ虫……蜂?」

 季流が雪野へと近づいたその時、羽音が遠ざかりあの異形な【虫】の姿が目に映り込む。

「小羽さんの虫ですね、どうしたんでしょうか?」

 季流の言葉に首を傾げる花月がいて雪野も考えた。

「もしかして小羽ちゃんの居場所を知っているのか?」

忙しなく羽音を響かせる彼らはついてこいと言う様にクルクルと束になって飛び回り一部、奥の方へ伸びてはまた戻ってきていて……

「お兄さん、とりあえず【虫】達の後を追ってみよう」

「そうですね。では私は嫌われている様なので雪野くんが先頭でお願いします」

 その時、季流の方に近づこうとしない【虫】達の姿に雪野も気づいた。

「分かりましたよ……」

 少し速足でかけ来た道を戻り入り組んだ獣道を上っていた。やがて【虫】達が連れられ行きついた先には人影があり、それが小羽だと分かる。そして、その場には何故かあの篤志という若者の姿もあり雪野は彼女が乱暴されていないかと思わず走り出していた。

「小羽ちゃん!」

「雪野さん……それに花月さんも、どうしてここへ……」

「小羽さん! 大丈夫ですか!」

「どうやら何ともなさそうでよかったです。【虫】達の姿が見えてここに小羽さんがいるとすぐ分かりましたよ。一体何しにここに?」

「そうそう小羽ちゃん、何でこんな所に? 朝いなくて心配していたんだよ」

 少し困った様に俯いた小羽は昨日の夜にも似たような事を呟いていた。

「それはすみません皆さん。少し気にかかる事があって……」

「気にかかる事って……あんた小羽ちゃんと何していたんだ? 何もしていないだろうな?」

 気になり聞いてみると、イラついた様子で顔を強張らせる篤志がいた。

「チッ! ああ? 何も!」

「な、何もって……本当か……?」

「ああ、見れば分かるだろ! たまたま会ったから話していただけだ」

「そうなの小羽ちゃん?」

「あ、はい。本当です……」

「ほらな。これで分かったかよ。よそもんのお兄さん!」

「うぅ……」

 どこか相手に合わせて曖昧な返答をしている様な彼女に雪野は納得できなかった。ふと、不満げに彼を凝視していると目を下した先に違和感を持つ。篤志の手を捉えて……

「あの……その手、何か持っているんですか?」

軽く開いている左手が対して右の手の方は何かをしっかり握っている様に丸くなっており、指の隙間から僅かに滲み出る黄金の輝きが雪野達には見えていた。

「あっ、ああ……持ってるけど……?」

 手を後ろに回そうとする明らかに怪しい彼の態度に、雪野は確信をもって問い詰めた。

「ちょっと、見せてもらえますか?」

「おい、やめろ……!」

「おわぁ!?」

篤志に力いっぱい払いのけられながらも雪野は手にする硬く小さな石を覗き見た。

「これは、やっぱり……」

 ベッコウ色、中央には蜂の死骸……お爺さんが言っていた琥珀石の特徴と一致していた。

「あなたが琥珀石を盗んだんですね?」

「ああ、そうさ。どうせこのあと村人の者達に報告するんだろう? さっさといこうぜ」

 あっさり肯定する彼はふてぶてしく笑い何の抵抗もなく雪野達についてきたのだ。


 公民館前の広場に村人たち全員が集まる頃には時刻は八時をまわっていた。

「そんなわけねぇ! 篤志が、わしの孫が盗んだんじゃねぇ! 全部でたらめだぁ!」

「祖父ちゃん、俺が持っていたんだ。今、小羽の手にあるのはどう見ても琥珀石だろ?」

「ならこれは小羽の仕業だ! そうに違いねぇ。なんて恐ろしい。まさか人まで……」

 じろりと雪野達の方へ、そして周りへと目を向け彼は最後に小羽を睨みつけて発した。

「この娘は篤志を虫の様に操ってそうさせたんじゃよ、この者達も操られてる!」

「落ち着けって祖父ちゃん! 何いってんだよ。俺がそいつに操られてる訳ないだろう?

俺はそんなやわじゃねぇぞ。度胸試しでちょっとイタズラをしてしまっただけなんだよ」

「そんな事をするお前ではないだろう? 嘘を言うな!」

「あまりにも事が大きくなってヤバいなって思ったから、小羽に全部押し付けようと呼び出したら着物来た連中が来ちまったから諦めて薄情したんだよ」

「篤志くん、そんな事……」

 小羽はどこか様子がおかしく睨みつける様な篤志の視線に彼女は言葉を止めた。

 同時にまるで本当は盗んでいないのだろうと言いたげな様子で孫の名を漏らすお爺さんがいて、いつまでも進まない口論に一人の村人が言葉を投げた。

「元篤の爺さん、彼もそう言っているんだ。もう強情な態度とるんじゃないよ!」

「そうそう、彼も正直に言ったんだ。もうこれでいいじゃねぇか」

 呆れた様に彼へと視線を向ける村人達に、彼は顔を歪めて訴えた。

「何を、おまえらは篤志が盗んだと本気で思っとるのか? そんな訳ないだろ!」

「そう言われても……」

「まあまあお爺さん、それに皆さん落ち着いてください。どうあれ琥珀石は戻ってきましたよね? これで心配は解消されました。もう誰も祟られたりしない筈なんでしょう?」

険悪な状況の中、季流は言葉をかけた。

「それはどうかのう?」

その時、虫の被害者らしい男性が公民館からはい出る様にして彼へと語りかけた。

「この〈異端者〉が今回の事件に関係がないともいいきれないじゃないですか。もしかしたら、こいつが全部仕掛けた事かも……」

 指をさされ、小羽は怒るでもなく悲しむでもなくただあの無表情で相手を見ていた。

「なんだ? 文句があるのか!」

「いいえ、何も……」

「ああ、ほんと気味が悪いんだよ! よくもこんな事をしてくれたな! この化け物め!」

その一言に、大げさに理不尽に不満をぶつける相手を見て雪野は思った。例え今回の事が小羽のせいではなくても彼らは彼女を変わらず気味悪がるのだろう。

「まだ患者達の容体は良くなっていない。琥珀石が戻っただけではダメではないのか?」

「考えたら別に琥珀石がなくても〈異端者〉が虫を操りさえすればいいんじゃないのか?」

「そうだよな。虫と言えばやはり〈異端者〉しかいないだろう」

「きっと〈異端者〉が便乗して虫に村人を襲わせたんだ!」

「なんて恐ろしい子だ! わしの孫は関係ないんじゃないか!」

 不審は病を媒介する蚊の様に人々の間を飛び回り新たな疑惑を伝染させていく。

「違います。私はそんな事していません!」

 そう訴えるも疑心暗鬼に陥った彼らから返ってくる言葉はいい物ではなく、増して酷い。

「嘘を言うな!」

「お前の言う事なんか信じられるか!」

「よくもうちの旦那に、この〈異端者〉め! 早く何とかしなさいよ!」

「そうよ。早く虫の呪いを解いてよね! 子供達にも手を出してもう許せないわ!」

口々に言い放たれる言葉に対して小羽は必死に【虫】達について伝えた。

「私は虫を操るという事はしません。お願いするんです。【虫】達はみんな私によくしてくれるからそれに答えてくれるんです。彼らだって心があります。私は彼らが嫌な事は強いません。彼らもまた私が嫌がる事はしません。そう信じています」

信じている、小羽にとってはそう言い切れるのだろう。お互いの心が分かるからこその信頼だ。彼女を拒絶する村人よりも信頼する【虫】達と共にいる事は当然で、小羽の居場所はそこにしかなかったのだ。

「この生意気な、絶対許さねぇ! いつか必ずお前の様な非情な女には罰がくだる!」

「いや俺達、この村の者がお前を追い払ってやる。だよな、皆!」

「ああ、もちろんだぁ! このままでいいはずがねぇ、今こそ皆の力を合わせる時じゃ!」

小羽を理解しようとする意志を持たない彼らはきっとこれからも小羽の事を傷つけるのだろう。例え騒ぎが落ちつき日常に戻っても現状は小羽自身を変わらせない。自分の殻に閉じこもる様に【虫】達としか関わる事ができないのだ。それが村人達に見せる悲しい彼女の無表情だとも彼らは小羽の想いも何も分かっていない!

途切れない言葉。怒り、悪口、嫌悪、悪態、拒否――様々な負の感情がこの広場に集まっている。こんな状況を小羽一人がどうにかできるはずもないのだ。

「やっぱり、か……」

その時、俯き雪野達の方を向いた彼女はあの申し訳ない様な、諦めた様な顔で謝った。

「皆さんここまで私の力になってくださり、ありがとうございます。だけど私はもういいんです……本当に嬉しかった。励まされました。でもこれで終わりにしましょう……」

「あ、小羽さん!」

 花月が声をかけた時には木々が生い茂る横道へと入っていく彼女の姿があり、目の前を横切った一瞬、顔をそらす彼女の目には僅かに涙が滲んでいるのを雪野は見ていた。

「小羽が逃げたぞ! 誰か追いかけろ!」

「今度は逃げられてたまるか!」

 騒ぎ出す人々を見て、彼女に向かって走り出す彼らの表情を見て、雪野は唖然とした。

「これじゃあ、また振り出しに戻っただけだ……」

こうなる事が分かっていたんだ。それでも自分達の事を信じ笑ってくれた、なのに……

「皆さん落ち着いてください! 今彼女を追っても追いつきませんよ。虫達も黙ってません」

 村人達の動きを抑えようとする季流が言葉には、能力を使わなくともそれなりに効果を発揮してしまう様で瞬間、辺りは静けさを増した。

「ここは私が見ますので二人は彼女の元にいってあげなさい」

「はい、お兄さま!」

「分かりました、お兄さん!」

去り際、任せましたよという声を聞きつつ、雪野達は小羽に集まり出す【虫】達のブンブンという羽音を頼りに、彼女が消えていった森の奥へと足を進めていった。

その時、騒ぎの中からそっと抜け出す人影があった事に誰も気づいていなかった。

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