ルフトの過去
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我には兄がいる。
頭脳明晰で父の覚えもめでたく、次期国王としてすでに王太子にも選ばれていた、年の離れた兄だ。
姉姫たちも多くおり、誰もが優秀。
婚姻に関しても、行き先を探すのが大変だと父がこぼすほど大勢いた。
おかげで誰もの期待は兄に注がれたから、我は末っ子の妹姫と同様、自由な第二王子として生きてきた。
ある日、父は事業の一環として我を孤児院へと連れて行った。
預けられた子供の一人として身分を隠して生活することで、子供の目から見た孤児院生活の意見を伝える。そして改善に役立てようという狙いがあった。
我は同じ年の子供と会わされたが……そのとき出会ったのが、ディアだった。
「ルーちゃん、遊ぼう!」
遠慮せず手を引くディアと、我はすぐに仲良くなった。
孤児院の廊下を、他の子供たちと共に走った。
かくれんぼでは同じ場所に隠れてしまい、お互いに口を押さえながら笑いあった。
相手が誰であろうと、ディアは自分の友として明るく迎え入れてくれる。
我の周囲は身分差から遠慮やごますりしてくる相手ばかりだったから、楽しい時間を与えてくれるディアに惹かれないはずがなかった。
ままごとで夫婦を繰り返し演じれば、やがて今のようにディアを妻としたい、ずっとそばにいたいと願う気持ちも湧いていた。
そう、我はままごとが特に印象に残っている。
大きな葉っぱのお皿に別の葉っぱをちぎって料理に見立てたお前は、我に遠慮なく差し出した。
「ルーちゃん、ごはんができました。今日は特製の野菜炒めですよ」
「む、我は野菜は嫌いだ。ディア、お前がなんと言おうと食べぬぞ」
「まあひどいっ、ご飯を食べないなんて、私のことが嫌いになったんでしょう? もう実家に帰らせてもらいますね!」
我は慌てて引き止める夫役を演じた。……なんてひどいおままごとだと、今も思い出すだけで笑ってしまう。
しかし立ち上がるディアを掴んで引き止め、改めて座らせると、お前は期待に満ちた顔で我を見つめる。
だから照れも気恥ずかしさも感じながら、我は仕込まれたセリフを口にした。
「冗談だ、お前を愛している」
ままごとの定型句だと言われたが、そんなわけないことなど姉も妹もいる我にはわかっていた。
しかし、わかっていても、心からの気持ちを込めて。
葉っぱのご飯を手に取り、この楽しい時間がいつまでも続くことを願いながら、我はお前のそばにいた。
……責務ある王太子の立場であれば、きっと諦めろと言われていただろう。
しかし期待されぬ自由な身であるからこそ、孤児院の子供達と接することを許され、ディアとも出会えた。
嬉しそうに、楽しそうにはにかむ笑顔が愛らしくて、共に遊ぶことに夢中になった。……大切な女性として、生涯守りたいとも思った。
孤児院の庭に出た我は覚えたての野草の指輪を作って、小さな手にも嵌めてみせた。
「将来は我と結婚せよ、ディア。
我のそばで共に笑い、我と共に生きよ。いいか、約束だぞ」
「? ルーちゃん、私の旦那様になってくれるの?」
「ああ。我がお前の家族となり、生涯お前を愛し続けるとも」
「本当!? 十五歳になったらね、騎士様にリボンを渡して、女の子は誰かのお嫁さんになるんだって。
騎士様がルーちゃんだと嬉しいな……ちゃんと私のリボン受け取ってね、約束だよ!」
「わかった、約束しよう。だからお前も、リボンを我以外に渡してはならぬぞ。いいな!」
子供同士の約束だったが、我にとっては本気の約束だった。
……やがて、楽しい時は終わりを告げる。
父の事業は無事に完遂され、我は引き取り手が見つかったことにして退院の処理を施され、父と共に王城へと戻った。
「父上、我は生涯の相手をディアにすると決めました。永遠に彼女を愛し続けます!」
帰りの馬車の中でも、我はディアを婚約者として決めたことを父に話した。
父は冗談だと思っていたかもしれないが、我がディアのことを気にかけても止めはしなかった。
王子として孤児院には向かえなくなったが、お前が元気に過ごしていることは遣いの者に聞いていた。
学費などの援助がいる事態があれば、我の仕業だとわからぬよう学校側への寄付も行った。
十五歳になった彼女と儀式を終えれば、過去に出会っていたことを話そう。
孤児院で共に遊んだ男児は我だと伝えて、神にも結ばれた縁について語ろう。
……そして、ディアの十五歳の誕生日。
我の手に、約束のリボンは渡らなかった。
他の騎士の手に巻かれたのを見て……悲しさも、悔しさも……何もかもが強められたような、我が生まれて初めて感じる複雑な気持ちを知ったことは、言うまでもないだろう。
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