茶会
ということで、三日後。
私はルフト様に指定された通り、食堂の前に立っていた。
けれど。
緩やかに馬車がやってきて……御者に丁寧に乗せられた私は、行き先を悟って逃げ出そうか悩んでいた。
どうしよう……どうしよう!?
向かう先の景色から、まさかと思っていたけれど。
……馬車が城門の中に入ってしまった!
もはや不審者扱いが怖くて、逃げ出すことも出来ずに運ばれていく。
デートのためにおしゃれした頭を抱えるうちに馬車は止まって、ついに扉が開かれた。
四角く切り取られた出口の先では、赤髪に青紫の瞳のルフト様が、上品な王族らしい装いで出迎えの手を差し出している。
「我が住まいによくきたな、ディア。お前を歓迎しよう!」
ルフト様にとってはお家かもしれませんが、一般人にとっては立ち入り禁止の場所ですっ……!
言葉も出ない私が踏み台を降りるのもエスコートしてくれたけれど、ルフト様の背景に聳え立つ立派な建物を見るだけで目がシパシパしてしまった。
「うむ、行き先も伝えずに誘っていたからさぞ驚いたことであろう。
今日は我が城自慢の茶会を用意しているぞ。さっそく庭園に行こうか」
「まっ、待ってくださいルフト様、これはデートというよりむしろ社会見学に近いです。
お城でのお茶会なんて私、一度も経験したことがありませんよ……!?」
「何を言う、今日はいわゆる『自宅デート』というやつだぞ?
我もデートらしいデートが出来ず残念だが、街を出歩くのは護衛の観点からも苦言を呈されたから長居することはできない。
しかし城内なら我も自由に動ける。建物の作りも孤児院と似たようなものだから気にするな」
「自由に子供が駆け回る孤児院と、立派な身なりの貴族っぽい方々が行き交う王城に、同じ部分が見出せません!」
「どちらも公共施設だろう?」
もはや何と返して良いのかもわからずに肩を落とした。
デート用に選んだ一張羅のワンピースも、場所と雰囲気にそぐわない気がする。
ドレスを着た女性たちが行き来する場所だし、王城の制服は他国の方々にも見られる機会があるからか、私の服よりもよほど凝っている。注目を浴びているけれど、一般人が迷い込んだようにしか見えないはずだ。
……よし、ルフト様のおかげで一つ学べた。
デートの場所はちゃんと聞いておこう。……相手任せにしない自主性が大事だっ!
「こちらだ。ついて参れ」
王子様らしく堂々としたルフト様と一緒に、廊下を歩き始める。
まさか失礼な態度を取っただけで捕まったりしないよね……?
私は緊張してガチガチに固まっているけれど、もし『リファナ神が選んだのが彼なら玉の輿だよー!』なんてはしゃいでいた双子の女の子たちなら、今頃は夢見心地になれているのかもしれない。
私は外から眺めていた王城の中を改めて『立派な建物だなぁ』と見学していた。石材屋のおじさんが『王城にもうちの石材を納めた』なんて自慢していたから、おじさんの石もどこかの補修に使われているのかもしれない。
だめだ、デートで考えることじゃない。
自分でツッコミながらも程なくして中庭に着いたけれど、あまりの華やかさに声も出ずに進んでいる。
花が咲き乱れて、豪奢な白い柵の向こうには小川まで流れている。
バードバスでは鳥が水浴びして歌い、ひだまりの空気が和やかに頬を撫で過ぎていく。
二人だけのお茶会が用意されている東屋に向かうと、侍従の男性に椅子を引かれて席についたけれど……ルフト様は私を改めて正面から見て微笑んだ。
「今日のお前も愛らしい。……我とのデートのためにいつもより着飾ってくれたのかと思うと、向かい合うことすら気恥ずかしくてな。真っ当に見られずにいた。許せ」
あまり声をかけられなかったのは、ルフト様はルフト様で緊張していたからだと知って息を呑んだ。
……強引だけれど、ルフト様は人が悪いわけじゃない。お互いにやりにくかったなんて、一緒の気持ちだったのに……違う世界の人だなんて勝手に線引きしていたことに気づいて、頭を下げた。
「すみません、私、お城に初めて入るから緊張して……ルフト様に失礼な態度を取っていました」
「気にしなくても良い。我とて他国に外交に行けば威容に飲まれることもある。
普段の食堂では飾らないお前が、今日は髪型も化粧も、何もかもが我のための特別な姿となっている。格好を変えるだけでも緊張して然るべきなのに……気遣えずに悪かった」
ルフト様が言葉を伝えてくれるたび、心がほぐれていく。
私がようやくいつもみたいに笑えるようになると、ルフト様も肩の力が抜けたみたいで笑い返してくれた。
「殿下、本日のお茶はフィッツ農場の朝摘みとなります。
お茶菓子はディア様のお好きなアルベールの焼き菓子を取り寄せておりますので、どうぞごゆっくりお楽しみください」
メイドの女性がお茶やお菓子を説明し、丁寧に紅茶を淹れてくれる。
貴族が食堂に来た時のマナーを必死に思い出していると、ルフト様が先にティーカップを手にした。
「我らしかいない場所だ、礼儀作法など気にせず好きに楽しんで良い。我もその方が気楽だからな」
「はいっ。では、いただきます……っ……わぁ、すごい……っ、美味しい茶葉の味がする……っ」
勧められるまま香り高い紅茶をいただいたけれど、何も入れなくても甘くて美味しい。
最高級品質の茶葉の味を、お茶屋のおばさんが何度も説明してくれたのを思い出す味がする。
ルフト様も赤いまつ毛を下ろして、優雅に紅茶を嗜んでいた。
改めて見ると動作の一つ一つが洗練されているけれど、私に向けてくれる表情はいつもよりも優しく見える。
「こうして二人だけで過ごしていると、かつての邂逅を思い出すようだ。
我におままごとのお茶を何度も飲ませては、味の感想をねだったのを覚えているか。
ハンカチを丸めて入れただけの茶だから、何も飲んでいないのにどう答えるのか。非常に苦心したものだぞ」
「う。おっしゃる通り、おままごとでは同じカップを名前だけ変えて何度も差し出していました……ね……」
「だからといって適当に感想を答えたり、思いつかないからと話題を変えれば、両手で顔を覆って『ひどい、私のことなんてもう好きじゃないんでしょう!?』などと破局話が始まった。
次はなんと答えようかと悩んだものだ……我も必死になって父に茶の味の違いを尋ねた」
申し訳なさすぎて顔が熱い。
手にした紅茶を飲み干すと、目に入らない位置に控えていたらしく、メイドの女性が新しいものを淹れ直してくれた。
お茶を楽しみながらも、あまりの好待遇に疑問が湧いてしまう。
「あの……ルフト様はどうして、私をそこまで好きになってくださったのでしょうか」
バリオンやサフィーナさんを連れず、ルフト様だけで食堂に訪れてくれた時から、彼は私に情熱を持って接してくれた。
ルフト様は好意を隠したりしない。
小さな、本当に幼い頃の思い出でも大切にしてくれたことが伝わってくるくらい、語る口調も柔らかだ。
でも私には『ルフト様と遊んだ』という確かな記憶がまだ引き出せていない。
だから……失礼だけれど、私ではない他の誰かと勘違いしているのではないかとまで思えて、不安になってしまう。
「私はルフト様にお返しできるほどの何かを持ち合わせていません。
今も『一番手が欲しいからサフィーナさんとのデートのお試しでいい』と言われた通り、ルフト様からデートを学ぼうとしています。
ルフト様が注いでくださる愛情に、……同じ気持ちを返せているとは思えません」
何度考えてもわからなかったことを、丁寧な仕草でお茶を嗜む殿下に尋ねた。
私と同じ背丈の男性は、少しだけ大人びて見える微笑みを浮かべながら、紅茶のカップに映る自分を見つめている。
「理屈など何もない。我がお前を愛したのは、お前を将来の妻にしたいという気持ちが胸の奥から込み上げたからだ。
……そうだな、突然言い寄られて困惑していたことだろう。
せっかく二人きりなのだから、ディア、我のことをお前に話してやろう」




