実験台希望
雨が小降りへと落ち着いた中、サフィーナさんが引いてくれる荷車に運ばれて食堂に戻った。
母さんは心配して、あまり動かなくて良いように気遣いながら仕事をさせてくれた。
料理を自分たちで運んでくれる常連さんたちの優しさもあって、無事に膝の状態も落ち着いてきた、そんな日のこと。
「ディア。話がある」
第二王子のルフト殿下が、昼営業の行列に並んででも近衛騎士たちと現れた。
護衛として連れてこられた騎士の中には、綺麗な顔を顰めたバリオンもいる。
ルフト殿下は以前と同じく精鋭を食堂で働かせると、私を休憩させて同じテーブルにつかせた。
「サフィーナとデートすると聞いたが、我よりも先に他の男とデートすることは許さぬぞ」
「え。どうしてデートのこと、ルフト様がご存知なんですか!?」
「我はお前をいつも見守っていると言ったはずだ。知らぬことなどあり得ない」
堂々とした態度の殿下を驚きながら見つめると、隣に座っていたバリオンが咳払いした。
「レフは先を越されそうで悔しいし、ディアちゃんの人生初デートの権利が欲しい。今日はそう言いにきたんだ……」
「当然だろう、婚約者が他の男に惹かれるのを見守る阿呆がどこにいる。我も突然現れた鳶に油揚げを攫われるわけにはいかぬ。
ディア、お前がサフィーナよりも先に我と遊びに出ることは決定事項だ、良いな」
あっけに取られる間に、ルフト様は当然の如く日取りを決めてしまった。
ホール担当の近衛騎士によって母さんにも伝えられたらしく、厨房を示しながら親指と人差し指をつけた合図が送られる。
母さんも王子殿下の頼みを断るわけにはいかないことくらい分かっているけれど複雑な気持ちになりながら昼定食を口にすると、腕組みしたルフト様は椅子の背もたれに体を預けた。
「言っておくが、我の提案を受け入れなければサフィーナに休暇は訪れない」
「えっ、どうしてですか!?」
「サフィーナは騎士としての我の上司とはいえ、立場は王子たる我の方が当然、上になる。急な要件を伝えることなど造作もない。
それにディア、我とデートしておくことはお前にも利点があるだろう。
意中の男相手に、最初から上手いデートができると思っているのか?」
「そっ、それは……その……出来る気は、しません……けど……」
「あの堅物相手に盛り上がらない会話を繰り広げてみろ。気まずい時間を過ごした挙句、破局の時を迎えるだけだろう。
しかし我はお前を愛しているが故に、何があろうともお前を受け入れよう。
いいか、重ねて言うが、あいつは違うぞ。納得の上でお前と別れるため、非情にもデートを評価してくるだろう。近衛騎士の一隊をまとめる立場として、相手が誰であろうと厳しい目を持つ男だからな」
気が合わないと指摘されてしまったら、私も感じてしまったら、デートはそこで終わりだ。
ルフト様は赤い髪を満足そうに揺らして、悩む私のおでこをつついた。
「我は寛大である。故にお前がどうしてもサフィーナとデートしたいというのなら、実験台として付き合ってやっても良い。
そうでなくとも一番手は我だ。こればかりは譲れぬ」
「ディアちゃん、レフに一番は譲るから、俺は二番目にしてほしいな」
行く末を見守っていたバリオンが、振り返った私に甘い微笑みを浮かべた。
「妹がいるから女性をエスコートするのは得意だし、おすすめのデートスポットも紹介できるよ。
ディアちゃんがデートした結果、俺がいいと選んでくれる……そんな未来を、俺も信じているからね。君のサフィーナへの気持ちも、今は目を瞑るよ」
「……おいバリオン、お前はまだディアを諦めていなかったのか。ディアはお前の婚約者ではなく我の婚約者だと、何度言えばわかる」
「国王陛下にレフが『自分の婚約者だ』と伝えていたとしても、陛下には陛下の御意志があるでしょう?
平民のディアちゃんを娶るのなら、立場は貴族の俺の方がまだ近くて結びやすい。
一年後、彼女の隣にいるのは俺だと思っていますよ」
婚約者の座を争い始めた騎士二人に、どうすれば良いのかわからない。
見守っていた近衛騎士が「まあまあ」と二人をなだめて止めると、私を振り向いた。
「申し訳ございませんが、ディア様は一番目にルフト殿下、二番目にバリオンとデートに行ってください。
三番手にサフィーナを選んだ方が良いと、私もそう思っております」
「……すみません、初めてお会いする騎士様だからこそお伺いさせてください。あなたにも、サフィーナさんは手強いと思われているのでしょうか」
「我らは普段、彼にまとめられております。それゆえ存じておりますが……隊長はとにかく意志が固い。並大抵のことでは揺らぎません。
ディア様のことを直接聞いたわけではありませんが、未練を断つ気でいることは殿下よりも伺っておりますゆえ……ディア様はわずかでもデート慣れしておられた方が、隊長に太刀打ちしやすいかと私も感じております」
確かに、初挑戦の時に転び続けるのは心が折れてしまいそうになる。
賑やかな食堂の中で密かにやり合っていたルフト様とバリオンは、お互いに落とし所を見つけたみたいで頷いている。
「……わかりました。……ルフト様が納得しないと、そもそもサフィーナさんに休暇は来ないと言われていますし……第三者の立場からの冷静な意見に従います」
「決まったな。では三日後、我が食堂に迎えを送る」
「俺はその一週間後に約束したいな。レフとのデートの反省を生かしつつも、二人で楽しいデートをしたいからね」
十五歳の私に降りかかる全てが、きっとリファナ神のお導きのはず。
ルフト様とバリオンも、上司であるサフィーナとのより良いデートのために協力してくれている。
祈るように頷いた私に、二人の騎士は嬉しそうに笑った。
「……ところで私のリボンなんですが、どなたが持っているのかお伺いしても良いですか?
国に一度管理された後、結ばれた騎士様に授けられると常連さんに聞いたんですけど……」
「それなら我が持っているぞ」
「ディアちゃんのリボンなら、俺のところにあるよ?」
結んだのは一本のはずなのに!?
どうして私のリボン、二本あるんだろう……?
唖然としたけれど、正当な権利を主張するルフト様とバリオンのどちらが正しいのか私には判断がつかない。
他の近衛騎士にも尋ねたけれどリボンの行方は知らないそうで、やっぱり婚約者が誰なのか、私にはわからなかった。




