掴み取りたい未来
空いた口が塞がらないけれど、私の婚約者は三人が名乗りをあげる異例の事態となった。
宣言したルフト様は両腰に手を当てて、高らかに笑っている。
「ディア、すぐにその場を離れよ。
初デートで自宅に彼女を連れ込み、唇を奪おうとする男はロクなものではないと聞くぞ!」
結ばれたのはサフィーナさんではないと、ルフト様は堂々と胸を張る。
バリオンは居づらそうにしながらも、首を傾げて困ったように笑った。
「俺もディアちゃんには俺を選んで欲しいと思ってる。君のことが好きなのは事実だからね。
でも……ここまできてごめん、レフ」
「ん? 何を謝ることがある」
「俺はディアちゃんが本当に幸せになれる未来を掴んだ方が良いと思ってる。
だから、元から取り戻す気でここに来た訳じゃないんだよね」
「なんだと、裏切るつもりかバリオン!?」
なぜか仲間割れが始まった。
焦るルフト様が赤髪を翻してバリオンに掴みかかっているけれど、揺さぶられる方は苦笑いしている。
「レフも好きな子には笑顔で隣にいて欲しいでしょ?
だから俺は、ここに三人揃った今、ディアちゃんにこうお願いするつもりだったんだ」
貴族としても、騎士としても誉れ高いバリオン。
彼はルフト様を掴んで止めると、私にまっすぐ向き合って、はにかんだ。
「自分の気持ちに素直に従って、君の婚約者を選んで、ディアちゃん」
息を呑む私に、紺色の瞳は優しく微笑んでいる。
「もし君がレフの話を聞いて、少しでも『リファナ神の選んだ相手が誰なのか』不安になったのなら、俺たちのところにおいで。一旦、出直そう。
でも、もし君が結ばれたい相手が決まっているのなら、選んだ方がいい。きっとその気持ちは一生変わらないよ」
……私の気持ち。
聞いてくれたバリオンに、ギュッと胸が痛む。
風邪のお見舞いで一緒に過ごした、優しい光景が浮かぶ。
お粥を食べて、私を好きだと言って甘えてくれた彼は、つたなくても私の話を聞いてくれた。……今も私のためを思って、ルフト様を引き止めてくれている。
「そっ、そうだな、事実を突きつけてやるといい。
そもそもディアを何度も傷つけておいて、今更惜しくなったから妻にするなどと許せる話ではないぞサフィーナ!
いいか、ディアに選ばれるのは幼少のみぎりを共に過ごした我だ!」
ルフト様も、私が良いことを何度も伝えてくれた。
小さい頃から妻に決めていたと教えてくれて、今も真っ直ぐに私だけを好きでいてくれる。
幼馴染のルーちゃんとお茶会をして、私たちは小さい頃と同じ楽しい気持ちで一緒に過ごした。
三人を前にして、私の心が、惹かれるのは。
これから先、ずっとそばにいたいのは……。
手を伸ばして、自分で彼の胸に飛び込んだ。
私を受け止めた騎士様が息を呑み、琥珀色の瞳を丸くしている。
「私は……サフィーナさんが好きです!」
掴んだ服の向こうにもきっと、私の早まる鼓動が聞こえている。
離したくない意志を込めて、女性よりもずっと広い背中を掴んだ。
「サフィーナさんに何度振られかけても、諦められませんでした。
リファナ神が定めた運命の相手は、サフィーナさん……私はそうあってほしいです……!」
幼い頃に救い出してくれた彼と、結ばれるために出逢いなおした。
そう感じるくらいしっくり伝わる体温を感じながら、背にした騎士様たちに振り返った。
「バリオン、ルフト様、ごめんなさい。
私……サフィーナさんのそばにいたい。
サフィーナさんと、一緒に幸せになりたいです……!」
はっきりと口にした言葉に、バリオンは笑顔を浮かべている。
「……どうしてかな、振られて悲しいのに……君が幸せな顔をしてくれるのを見るだけで、こんなに嬉しいことに驚いているよ。
おめでとう、ディアちゃん。俺はこれからも、君の幸せを願っているからね」
「ば、馬鹿な……ディアが、我ではなく、サフィーナを選んだだと……!?」
「わ……っ!?」
不意に、窓から強い風が吹き込んだ。
髪が、空に向かって戻るようにも靡く。
裏葉色の三つ編みに触れた彼も、苦しそうに眉を顰めて。
「……すみません、ティラン。
あなたにも見せたくない瞬間が、私にもあったようです」
友人との絆にも思っていた結び目を、サフィーナさんが解いた。
ティランさんへの想いが、彼自身の手櫛で解けていく。
裏葉色の髪が、キラキラと光に輝いて……長い髪が一つになって、新しい風にそよいだ。
「ディアさん。……私もあなたを愛しています」
彼の腕が、私を包む。
優しい声が、耳元で聞こえる。
「リファナ神の選んだ少女、ディア。
あなたに……私の全てを捧げると誓います」
騎士としての誓いを聞いた。
……胸の奥が痛いほど締め付けられて、嬉しい気持ちが込み上げてくる。
苦しい呼吸と、涙に変わって全部こぼれていく。
私の頬に触れたサフィーナさんが、彼を向くよう持ち上げた。
恋心に細められた琥珀色の瞳に、吸い込まれるように……私も、瞼を閉じていた。
「な……っ」
初めての口づけに、息を止める。
……大好きな気持ちで胸が苦しいのに、優しくキスしてくれる彼と離れたくない。
呼吸できない私をわずかに離した彼が、息をした私の唇をまた塞いだ。
「貴様、サフィーナっ……もがっ!?」
「はいはい、レフ。もう終わり。……俺たちが好きになった女の子は、ちゃんと婚約者と結ばれたんだ。喜んで祝福してあげる方が格好いいよ」
「モガーッ!!」
激怒したルフト様を、バリオンが止めている。
サフィーナさんが、重ねていた唇を離して……離れたくない気持ちで、私も彼の袖をつまむ。
透き通る琥珀色の瞳と見つめあっただけで、湧き上がる思いが胸の奥を震わせて止まらなかった。
「サフィーナさん。
リファナ神の定めにより、私と……結婚、してください……!」
あたたかなひだまりの中で、大好きな人の頬が柔らかな色に染まる。
幸せなんていらないと拒絶していた彼の、今の表情を見れば、答えなんて分かっている。
けれど確かな証が欲しい私に、サフィーナさんは再び柔らかな唇を触れ合わせた。
「あなたを生涯、離しません。
……私の伴侶として、そばにいてください」
受け止めてもらえた喜びに、泣き出してしまった私を慰めるように。
サフィーナさんは私を強く抱いて、優しく頭を撫でてくれた。




