幸せを一緒に
こうして、私たちの結婚は決まった。
いろんなことがあったけれど、後日、実は驚くべきことが起きた。
「いらっしゃいませー! すみません、そろそろ営業終了……です……?」
食堂の夜営業が終わる頃のこと。
裏葉色の髪に、琥珀色の瞳の男性が扉を開けて入ってきた。
女性の目を惹く美貌の男性は、背が高く、しかし私が思っているよりも髪が短い。
変化に愕然とした私は、思わず震えながら婚約者に近づいた。
「えっ、どっ、どうしたんですか、サフィーナさん。髪の毛、切ったんですか!?」
改めて彼の周りを回ったけれど、裏葉色の髪がバッサリ切られて短くなっている。まるで初めて出会った時のようだからか、若返ったようにすら見える。
食堂の常連さんたちにも話題になったサフィーナさんは、照れ臭そうに頬を掻いた。
「帰郷してティランの墓参りに行ってきたのですが、教会で神に祈りを捧げていると、突然雨漏りの雫がいくつも首に落ちてきて。……ティランから『もう切れよ』と呆れられた気がしたんです。
三つ編みも作らない今では、私も短い方が動きやすい。だから新しい人生に踏み出す気持ちも込めて、短くしました」
「すごい……似合ってます……すごく、すごく格好いいです……!」
「ありがとうございます。……ディアさん好みでよかった」
髪が長いとまず髪に目が行くけれど、短くしたことで彼の端正な顔立ちがどの角度からでも見える。琥珀色の瞳も光が当たりやすくなって、キラキラしている。
つい見惚れていると、サフィーナさんがズボンのポケットから何かを取り出した。
私の名前や住所が書かれたリボンだったから、見つめてしまう。
「それは……『婚約の儀式』で使った私のリボンですか?」
「ええ。結婚式の日取りも正式に決まったことから、返却していただけました。
あなたと結ばれた大切なリボンですから、今後は私が保管する予定です」
サフィーナさんが微笑んでくれるだけで、胸がギュッと痛くなる。
心臓の音が大きく早くなるのを感じながらも見つめていると、リボンを差し出されたから受け取った。
「あれ? サフィーナさんが管理するんじゃ……まっ、まさか『お返しします』とか言わないですよね?!」
「言いません。今のはお返ししたわけではなく、あなたの手で私に結んで欲しくて渡したんです」
彼が自らの手を差し出した。
サフィーナさんを見上げると、恥ずかしそうにしている。
「あなたにリボンを結んでいただいた時、私はバリオンの鎧を身につけていた。
ですから……今度は間違いないよう、直接私に結んでいただけないかと思いまして……」
「……素敵……やります……ぜひやらせてください……!」
もう十五歳の朝ではない。
けれど緊張して震えながら、リボンを改めて彼の手首に結んだ。
……神様、やっぱり私、サフィーナさんが婚約者で本当によかったです。こんなに好きになれる人と出会えるなんて、思ってもいませんでした。
恋しい気持ちも込めて結び終える。
サフィーナさんを見上げて、誓いの言葉も宣誓した。
「リファナ神の定めにより、私と……結婚、してください」
嬉しそうに微笑んだ彼が、結ばれたリボンを静かに引き寄せる。
甘い幸せを噛み締めるように、瞼を閉じて結び目に触れた。
「ありがとうございます、ディアさん。
心よりお慕いしています。あなたと夫婦になれる日が待ち遠しいです」
突然、指笛と拍手が鳴り響いたから飛び上がる。
振り向くと食事中だった常連さんたちがニヤニヤしていて……まだ営業中なことに気づいて、顔が真っ赤になった。常連さんの前で『婚約の儀式』を再現するなんて恥ずかしい。
リボンを二人で見ていると、ふっと笑い出したサフィーナさんが私に手を差し出して……私の体なんて、簡単に彼の腕に抱き上げられてしまった。
「さっ、サフィーナさん!?」
「この場にいる皆様に見守っていただいた通り、私はあなたの夫になります。
普段から食堂を支えてくださる常連の皆様にも、ご挨拶が必要でしょう」
ご挨拶?
驚く私の前で、彼は私を抱えたまま堂々と胸を張った。
「皆様、私がディアさんの夫となる、近衛騎士隊第二中隊隊長、サフィーナと申します。
結婚後も彼女はここで働きたいと意向を聞いていますが、この通り愛らしい妻ですので、他の男に構われぬよう皆様にもお力添え、よろしくお願いいたします」
「おっ、いいぞニイちゃーん。ディアちゃんのことは任せろー!」
「そりゃあ俺たちの娘だからな、これまで通り大切にするさ。……ん、どうしたジェフ」
「おっ、おいおい、近衛の第二中隊って言わなかったか?
たしか国王陛下や、王太子殿下の護衛もやるエリート中隊じゃなかったか!?」
「サブリナ村出身の近衛が婚約者だとはディアちゃんに聞いていたが……そうか、こないだ発表されたティラン・マーゴックの……!」
「幼馴染です。……なるほど。こうしてティランの名前を聞けると嬉しいですね」
先日、十一年前の戦争で亡くなった方が新たに公表された。
その戦死者名簿の中には、ティランさんの名前も入っていた。
街を守るため最前線で戦い抜いた、立派な英雄ティラン。
その逸話を第一王子殿下が新たに語り、友としても偲んでいるため十年以上明かせなかったことを国民に伝えたことでも一躍有名になった。
マーゴックは王太子殿下が彼に与えた騎士称号で、紙芝居屋さんの作ったヒーローの名前らしい。
『ティラン。お前の憧れと共に眠れ』
そう優しく声をかけた王太子殿下の声に、式典に参加した国民が涙した。
戦地を駆け抜けた親友の逸話が常連さんに語られるのを聞きながら、サフィーナさんは微笑んでいる。
「リファナ神の下さったご縁に感謝しています。
ディアさんと出会えなかったら、私はいつまでもティランを英雄になどしてやれなかったでしょうからね」
親友を偲び、ティランさんを想って三つ編みを編んでいた。
それだけ想いの深かったサフィーナさんが、懐かしむように琥珀色の瞳を細めている。
……その姿が、なんだか切なくて。
今は涼しげになった首筋に思い切って抱きつくと、彼も私を抱きしめて頬を寄せた。
「絶対に出会えていましたよ。
サフィーナさんのこと、ティランさんが見守ってくれていたんですから。私と出会えるのは絶対です!」
「ディアさん……」
サフィーナさんの温もりに、ギュッと抱きつく。
嬉しそうな声を微かに漏らした彼は、私の背中を優しく撫でた。
「そうですね、きっとあなたなら私を見つけてくれたことでしょう。
……故郷でいろいろ起きましたので、あなたにお話したいこともあります。
次の休暇日が決まり次第お伝えしますので、一度デートに行きませんか」
「はいっ。……あ、でも……次のお休み、しばらく後になるって言っていませんでしたか……?」
サフィーナさんはお休みをまとめて取って帰郷していた。
だから会うのは久しぶりで……たくさん話したいのは私も同じ気持ちだけど、デートを待つと話題が先延ばしになってしまう。
「今日、今からお話しするのはどうですか?
あ、でも……お店を閉めてからだと、そんなに時間がないかな……。
ずっとサフィーナさんと一緒にいられればいいのに……お仕事があるからなかなか会えなくて、寂しいですね……」
お別れの時間を考えてしまって、悲しくなるままこぼしてしまった。
前向きに店じまい後の時間を捻出する方法を考え始めると、私を改めて抱きしめたサフィーナさんが歩き始めた。
厨房へ向かって、奥にいる母さんに声をかけている。
「すみません女将さん、今日はディアさんを持ち帰らせていただいてもよろしいでしょうか。
故郷のことなど積もる話があるので、彼女にも話しておきたいんです」
「……持ち帰る!?」
私も復唱しないと頭に入らなかった言葉で、常連さんたちもどよめいている。
恥ずかしくて顔を上げられずにいると、母さんが奥から出てきた。お玉を手にしながら口の端を上げている。
「サフィーナ。うちの看板娘はテイクアウトに出してないんだよ。
ディア、閉店作業は私に任せて、フォッパーとナッツを持って一緒に部屋に行っておいで。後で賄いも持って行くよ。
ただし、まだ婚約中の身だ。……いいかい、サフィーナ。大人としてディアのことを頼むよ?」
「もちろん。大切な娘さんですからね、ご安心ください」
「……真面目だねぇ……こういう時は冗談の一つでも飛ばすんだよ」
「冗談ですか……? ……では女将さんが許してくださるのなら、宿泊費もお支払いしますので朝帰りさせてください。少し話すだけでは積もる話には足りませんからね」
サフィーナさんが放り込んだ冗談とも本気とも取れない言葉に、指笛とからかいが飛び交う。
真っ赤になったけど冗談だってわかっているから、急いで降りてフォッパーとナッツをお盆に乗せた。
「もうっ、二人とも変なこと言わないのっ。サフィーナさんは明日も仕事があるんだから、泊まっていくわけないでしょっ。
サフィーナさん、私の部屋、こっちです。奥の階段にきてください」
二階にある私の部屋になんて、誰も招いたことがない。
あまり物がない部屋だけれど、初めてのお客様がサフィーナさんなことにもドキドキして、いつもなら運ぶのも得意なフォッパーが震えてしまう。
背中側から常連さんの大騒ぎが聞こえたから、振り返ったけれど。
「おいおい宿泊費が五万リフとか、高級宿かよ!?」
「待ってください、どうして本気でお支払いしてるんですか!?」
お財布から旅費の残りを取り出したサフィーナさんが、ホクホク顔の母さんに挨拶して階段に向かってくる。
私がお盆を手に震えていると、彼は琥珀色の目を微笑ませた。
「女将さんは余った食材を調理して、スラムへ届ける慈善事業をされていると伺っていました。以前から、少しでも足しになればと思っていたんです。
宿泊費の名目でお支払いしましたが、ディアさんと一晩過ごすのに五万リフをお支払いしたわけではありませんよ」
「よ、よかった……変な勘違いをするところでした……」
「騎士として外道な行為は致しませんから、ご安心ください。
……あなたの婚約者として見ていただけるのは嬉しいことですが、こればかりは神にも誓いましょう」
サフィーナさんが胸に手を当てると、手首に結んだリボンが軽やかに揺れる。
賑やかな食堂からは、常連さんたちの笑い声が続いている。
「女将さんは良い婿もらったなぁ。気取らないし、目が真っ直ぐで騎士らしくていい」
「まったくだよ。……でも清廉潔白な騎士様がディアの婿になってくれるのは、あの子が努力したのをリファナ神が見ていてくださったからさ。
ほらほら、みんな、今日はフォッパーのお祝いでも入れておくれ! たーんと飲んで帰りな!」
笑い声と乾杯の声が、フラワーシャワーのように降り注ぐ。
かつて幸せを拒んでいた騎士と、彼にリボンを結んだ十五歳の少女ディア。
私たちは一年後、結婚の日を無事に迎えて、夫婦としていつまでも幸せに暮らしたのでした。




