つかめ! 最初で最後のチャンス
食堂に送ってもらって夜営業を手伝っていると、サフィーナさんは閉店が近くなった頃にお店に来てくれた。
「いらっしゃいませ! サフィーナさん、何か食べられましたか?」
「ええ、夕飯は終えてきてしまいました。
営業時間が終わるまでお待ちしていますので、フォッパーとナッツの盛り合わせをお願いします。のんびり楽しんでいますので、ディアさんはどうぞお仕事に専念なさってください」
「ご注文まで、ありがとうございます! ではご用意しますので、こちらの席で少々お待ちください!」
いつも通り席をご案内して離れたけれど、心臓はバクバク、頭の中は嬉しさでいっぱいだった。
来てくれた。
サフィーナさんが、ちゃんとお店に来てくれた……!
頬が緩んでしまいそうになるのを堪えながら、厨房でフォッパーを注ぐ。
琥珀色がシュワシュワと音を立てて弾けるグラスをお盆に乗せると、母さんが付き出しのポテトサラダとナッツの盛り合わせを出してくれた。ホールを指で示している。
「ディア、こっちはもう十分だよ。お客様も少なくなってきたから話しておいで」
「え、で、でもお客様まだいるよ? 母さん、いいの?」
「あんたがずっと待ち望んでた客なんだろう? 帰ってきてからずっと扉を見てソワソワしていたことくらい、気づいているさ。
ほら、早く行っておやり!」
「っ、ありがとう、母さん。行ってくるね!」
サフィーナさんに注文の品を配膳して、お手伝いも終わったことを話す。
送り出してくれた母さんの気持ちを勇気に変えながら、彼のテーブルに一緒につかせてもらった。
「サフィーナさん。お休みの日、いつになるか決まりましたか?」
耳の奥からも心臓の音が聞こえるくらいドキドキしながら、尋ねる。
ルフト様からお休みに『待った』がかかったわけじゃありませんように……!
祈るような気持ちで琥珀色の瞳を見つめていると、彼が微笑んだ。
「ええ。急な話ですが、三日後に休暇が決まりました。ディアさんのご予定はいかがでしょうか」
「本当ですか!? 母さんからもお休みは合わせていいって言われています。だから三日後でも大丈夫です。
嬉しい……! サフィーナさんはデートで行きたい場所、ありますか?」
夢にまで見たデートに胸を押さえると、彼は気恥ずかしそうに笑っている。
「既婚の部下に尋ねて、おすすめの場所を教えていただきました。
殿下からディアさんは初めての場所での食事がお好きだとも聞いているので、今回はこちらの食堂のメニューにないものを食べに行こうかと考えています」
「わざわざ調べてくださったんですか!?」
「私との本気のデートをお望みだと聞いていましたからね。
ただ殿下より『夕方には解散せよ』と厳命されていますから、遠くへはいけませんが……息抜きに使っている図書カフェなどにもおすすめの料理がありますので、状況に応じて遊びましょう」
まるで恋人同士のような本気のお付き合いに、今まで叶わなかった夢が叶った気がしてそれだけで嬉しくなってしまう。
サフィーナさんらしい内容も嬉しくて、今から知らない場所を必死になって思い浮かべている。
「図書カフェは噂だけ聞いて知っていました。でも行ったことはなかったので楽しみです!」
「よかった。ではお昼の営業が始まる前に、こちらにお迎えにあがります。
当日は少々予定外のことも起こるかもしれませんが……それも一つのスパイスと考えましょう」
「? 予定外のこと、ですか?」
「ええ。……どうしても邪魔しにきたい部下がいるようです。私も諭すのに苦労しました」
あれ? もしかしてルーちゃんかな。
休暇を取る邪魔をしていたくらいだから、デートの日が正式に決まれば、上司との立場も逆転させがちなルフト様はますます反発するよね。
思いついた私が肩を落としたのを見て、サフィーナさんも苦笑を見せた。
でも決まってからは、あっという間だった。
デートのために髪型を考えて、肌のお手入れをした。
母さんのお手伝いも頑張るうちに毎日がぐんぐん過ぎて、ついにデートの日になった。
「……」
食堂の中で待ち合わせのはずだけど不安になって、席につきながらずっと扉を見てしまう。
営業前の看板を掲げたガラス越しに、人影が映った。
それだけで何度目かわからないドキドキに振り回されていると……ついに木製の扉が開かれた。
「おはようございます。ディアさん、お迎えにあがりました」
サフィーナさんが迎えに来てくれた!
たったそれだけのことで嬉しくて、急いで立ち上がる。
「……わ、すごい、かっこいい……!」
お店に入ってきたサフィーナさんは、デートに来てくれたことがわかるくらいおしゃれだった。
着こなしがとにかく抜群にいい。裏葉色の長い髪で編まれている耳元の三つ編みも、今日は色を変えた糸で結ばれていて良いアクセントになっていた。
「「……」」
お互いに見つめあっていることに気づいて慌てたけれど、ルフト殿下に会った時と同じ一張羅のワンピースだから、おかしくはないはず……!? それとも知られてるなら変えた方がよかったかな!?
母さんが厨房を移動する音が響くと息を呑んだサフィーナさんが、頬を掻いた。
「すみません、不躾に見つめてしまいました。
殿下のところにお越しになっていた時も感じましたが、ディアさんは可愛らしい格好がとても似合いますね。
このように愛らしい方の隣を、私のような男が歩いて良いのかと、少しばかり考えてしまいました」
褒め言葉が照れくさい。嬉しくて胸がぎゅっとする。
でも、私も言わなきゃ。恥ずかしがってたって何も伝わらないよね。
大騒ぎの鼓動に触れながら、差し込んだ朝日に温められたのか、頬が赤く見えるサフィーナさんを見上げた。
「サフィーナさんも、格好いいです。いつも騎士様として凛々しいですけど、制服じゃない姿もオシャレで素敵です!」
琥珀色の瞳が丸くなる。
戸惑った様子の彼が息を呑むと、私から顔を逸らした。
「お褒めいただき、光栄です。デートと身構えると空回りしてしまいそうで、なるべく普段通りにしようと心がけましたので、嬉しいです。
……こうしていても始まりませんね。それでは、行きましょうか」
手を差し伸べてくれたサフィーナさんに、私も手を差し出した。
……もしかしたら、これが最初で最後のデートかもしれない。
でも今までにない最大のチャンスを掴むつもりで、振られたことも挽回するつもりで、彼の手を取った。




