現場を見られた気まずさ
裏葉色の髪の騎士が、バリオンの部屋にいる私と見合って唖然としている。
さらにバリオンはベッドの上で眠っていることを確認したらしいサフィーナさんに、執事さんは慌ててお辞儀をして下がっていった。
「ディアさん? なぜここに……」
「えっ、えっと、今日はバリオンとデートの約束の日だったんです。
でも風邪を引いたと聞いて、お見舞いに来たんですけど……もしかして、サフィーナさんもお見舞いですか?」
「え、ええ。伝達事項もあるので、見舞いついでに伝えようかと思ってやって来たのですが……」
目線が下がって止まったから何を見ているのかと思ったら、眠るバリオンと繋いだままの手だった。
しっかり握りしめられていて、私の手を包み込めるくらい大きな手の彼からは離される気配もない。
執事さんはすでにいなくなってしまったけれど、これはもしや。修羅場というやつでしょうか。
「「……」」
沈黙が耳に痛い。なぜかお互い自分の胸に手を触れているのは、ドキドキしたりチクチクしたり忙しいせいでしょうか。
……もしかして、サフィーナさんも私がバリオンと一緒にいるのを見て、妬いたり……してくれている……?
慌てて打ち消したけれど、何を話すべきなのかを考えていると、先に声をかけてくれたのはサフィーナさんだった。
「バリオンの体調はいかがですか。
ルフト殿下も『出張に行かせたせいか』と責任を感じた様子で、ずいぶん案じておられましたので、ご報告を差し上げたいのですが……」
「あ、えっと、今日は熱が高くてベッドから動けないみたいです。
でもご飯を食べたら少しは元気が出たみたいで、さっきようやく寝てくれました」
「そうですか……快方に向かっているのでしたらよかった。
驚いてしまってすみません、ルフト殿下はデートが反故になったディアさんのところに向かうため『食堂に伺う』と言っていたので、まさかバリオンの家にいるとは思いもよらなかったもので……」
「お見舞いしたくて急な予定変更になりましたから、無理もないと思います。
バリオンが起きたらおかゆを作ってから帰ろうと思っていますから、もし何かお伝えすることがあれば、私でよければお預かりしましょうか?」
「そう、ですね……では……バリオンに『登城後に話したいことがある』とお伝えください。
職務に関することはディアさんに伝えていただくことはできませんが、お互いに忘れてはならないことですから、念のため」
素直に了承する返事が出かけたのを、なんとか飲み込んだ。
柔らかな微笑を浮かべたサフィーナさんに「はい」と伝えれば、会話は終わって帰ってしまう。
だから頷きながらも「あの」と意識して続ける言葉をかけた。
「サフィーナさんはお休みの日、決まりましたか?
連絡をお待ちしていたんですが、なかなかお話をいただけないもので、気になって……」
サフィーナさんは目線を外して、少しだけ思案している。
握りっぱなしのバリオンの手にもわずかにだけ注目して、いろんな気持ちが混ざったような溜息を吐いた。
「実はまだ調整中なんです。……しかし、遅きに過ぎるのも事実ですね。
原因に声をかけて、今夜にでも食堂にお伺いします。きっと今の状況を伝えれば覚悟も決めていただけるでしょうから」
あれ? ……もしかして、原因って……。
ルフト様、本気でサフィーナさんにお休みを取らせないように動いてる?!
神に誓って約束を違えないと言っていたサフィーナさんがなかなか連絡出来なかった理由に思い至ると、気づいたらしい彼も苦笑を見せた。
「それではお邪魔しました。後ほどお会いしましょう」
「あ、は、はいっ、お仕事ご苦労様です!」
扉が閉まると、サフィーナさんの遠ざかる音がする。
私も眠っているバリオンと二人きりになって、でも何をしようか考えても思いつかずに右往左往した。……浮気現場を目撃されたような変な緊張感もあって気疲れしたのか、溜息が出る。
……私の婚約者って、本当に誰なんだろう。
考えても答えが出てこないけれど、バリオンは今まで思っていたよりもずっと優しそうだし、尋ねたら教えてもらえるかな……?
眠るバリオンは規則正しく、すうすうと寝息を立てている。
起きるまで待っていようと椅子に座ったままでいたけれど、昨日は初めての歌劇場のことを考えて眠れなかったのもあって、次第にうとうとしてきて……気づいたら、窓の外から夕暮れの光が差し込んでいた。
「あれ? ディアちゃん、起きちゃった?」
バリオンが優しい笑顔を浮かべて、私に向き合う形でベッドに横になっている。
寝ぼけながらも状況を把握しようとしている頭を撫でてもらえているらしい。……髪の中に指が入って、頭皮に直接触れるくらいしっかり撫でてもらえるのが心地いい。
「きっと低血圧なんだね。起きるのはゆっくりでいいよ。その分だけ君と一緒にいられて幸せだからね」
じっくり時間をかけて、目が覚めて……ベッドの端に私が頭を預けて、バリオンが柔らかく紺色の瞳を細めているのと見つめあっていることに気づいて、慌てて起き上がった。
「な、なな、あれっ、私、ベッド、どうして!?」
「椅子で船漕いで、そのままもたれちゃったみたいだよ。……ふふ、俺はディアちゃんがそばで寝てるだけで嬉しかったな」
イタズラっぽい笑顔を浮かべたバリオン相手に、ますます顔が熱くなる。
何か話題を変えなきゃと思って焦っていたら、眠る前の光景が蘇った。
「そうだ、サフィーナさんからバリオンに伝言を言付かったんです。
お仕事のことで『登城後に話したいことがあります』と言っていました」
「え。どうしてサフィーナからの伝言をディアちゃんが預かってるの?」
「バリオンのお見舞いに来たそうです。私はここにいたので、たまたまお会いして……」
眠っていた間の状況を伝えると、バリオンはベッドの上で遠い目をして考えている。どうやら伝言にも心当たりがあるらしく、いつもの騎士らしい顔で頷いた。
「俺が知りたかった話なんだろうな……でも、レフから『サフィーナがデートの最中になぜか現れた』って聞いてたけど、うちにも現れたのか……」
「サフィーナさんも私に驚いていました。ここまで偶然が続くなんて、私も思っていなくて……。
そうだ、この部屋に私のリボンはありますか? 誰が私のリボンを持っているのか知りたいんです」
「うーん……残念だけどディアちゃんのリボンは今、王城で預かられてるから誰の手元にもないな……。
それに君は今、サフィーナに惹かれているのかもしれないけれど……リボンを結んだ騎士の鎧は、確かに俺のものなんだ」
切なく細められた紺色の瞳に、はっとする。
もし結ばれた相手に別の相手こそが運命だと思われていたら、苦しいに決まっている。
気づいた私が慌てながら苦笑するバリオンに向き合うと、彼の手が頬に触れた。
「俺もディアちゃんのことが好きだから、離したくないな。……改めて今日、そう思った」
熱で潤んだ瞳が、真っ直ぐ私を見つめている。
恋しい人に懇願するような……胸の奥がぎゅっとするような、バリオンの表情から目が離せない。
「リファナ神の婚約の儀式は、騎士への試練も兼ねている。だからレフも君を射止めるため、婚約者を自分に変えるつもりで動いている。
でも、俺が君を好きな気持ちは本物だし……たとえ君の気持ちが誰かに向いていたとしても、婚約者の座は譲りたくない。それも紛れもない事実だよ」
ベッドに横たわるバリオンが、引き止めるみたいに指先を包む。
そのかすかなふれあいも、伝わってくる熱も、なぜか胸を締め付けて……柔らかに細められた紺色の瞳を前に、言葉も出ないまま見つめあっていた。
「……そうは思っていても、俺たちはディアちゃんとデート出来たんだから、サフィーナにもチャンスはあって然るべきかな。
安心して、俺からもレフに遣いを出しておくよ。一度くらい見守っていよう、ってね」
大人なバリオンに、何を伝えるべきか迷うばかりで言葉が出てこない。
私の頭を改めて撫でた彼は、乱れた髪を整えてくれた。
「レフとのデートは夕方までだったね。俺もこれ以上引き止めると遅くなるだろうから、食堂まで送らせるよ」
「……あの、おかゆ、作ってから帰ります。だからちゃんと食べて、元気出してくださいね」
「覚えていてくれたの? 嬉しいな。……やっぱりディアちゃんは優しいね。
今日はお見舞いに来てくれてありがとう。何度伝えたって足りないくらい、君のことが大好きだよ、ディアちゃん」
普通なら軽口に聞こえるのに、本気なことが伝わるくらい優しい表情だから、胸の奥が波立つ。
執事さんに状況を伝えたバリオンのためにおかゆを作って、私も食堂に戻ることにした。
馬車で運んでもらいながら考えたけど、……バリオンが伝えてくれた真剣な気持ちも胸の奥に届いて……どうすれば良いのかわからないまま、窓の外を眺めるしか出来なかった。




