アルベール
ベッドに寝そべってぐったりとしていたバリオンだったけれど、おかゆを食べるとうつ伏せに寝直して、枕を抱きながらお見舞いに来た私の手を握っていた。
「はー、幸せ。一気に風邪も治りそう。ディアちゃん、今からデート行く?」
「行きません。熱が上がって頭が回っていないだけだと思いますよ。ほら、早く寝てください」
「やだ、寝たくない。俺のそばでずっと看病してほしいな……ディアちゃんが来てくれて嬉しいからさ。お話しよ?」
いつもイケメン騎士っぷりを披露するバリオンと、今日は様子が違うから首を傾げた。家にいるからか、熱に浮かされているからか、甘えん坊だ。
……手も、自然に握られているし。私よりもずっと大きいことに、熱が伝わる範囲が広いことで気づいてしまう。
風邪をひいているのは確かだから鼻声で、枕を顔に当てると声がくぐもる。上機嫌な彼が茶金の髪の下で、紺色の瞳をうっとりと細めた。
「おかゆも美味しかったし、俺も何かお礼がしたいな……。
そうだ、ディアちゃんにお土産を用意させるよ。好きなお菓子があるってレフが言ってたから……確か……アルベールだっけ?」
「好きというか、その……思い出のあるお菓子屋さんなんです。
酔ってアルベールの紙袋をかぶっていた男の人がいて。でもその人に、勉強を教えてもらえたことがあるんです」
勢いよく顔を上げたバリオンが、信じられない顔をしている。
それもそうだと思う。紙袋をかぶった男の人と親しくしたなんて聞かされたら、誰もが驚くと思う。
でも紙袋さんが残してくれた勉強の方法を見て、解けなかった問題も解けるようになった。今も教科書の間に挟んで大切に仕舞っている。
「お礼も言えないまま追い出されてしまったから、かぶっていた紙袋のお菓子屋さんに聞いてみようと行ったんです。
でも若い男の人は滅多に来ないって、店員さんが教えてくれて。誰かに贈答用をもらったんじゃないかって言われました。
お菓子も一個一個が、すっごく高いんですよ。私は一番安い焼き菓子しか買えなかったんですけど、でも美味しくて……だからアルベールのお菓子も好きなんですけど、どちらかというと『いつかあの人にお礼を言いたいことを思い出すお店』なんです」
熱が上がってきたのか、バリオンの顔が赤くなって目が潤んでいる。
いつもスマートなイケメンから涙が溢れそうになったのに驚いていると、見せないようにか、バリオンは枕に顔を埋めた。
「ディアちゃん、紙袋男のこと、探したの?」
「はい。いい人だったんですよ、すごく。……街の寄り合いがあると母さんがいなくて、家にひとりぼっちになるんです。
それが寂しかったんですけど、紙袋さんは『帰るまで一緒に待つよ』って言って、勉強を見ながらそばにいてくれました。
教えるのも丁寧で、わかりやすくて……あの人にまた会えたらいいな、って思って探しています」
なぜかバリオンが泣き出してしまって、驚く。
謎の紙袋男に親しみを持っている女の子は、確かに嫌かもしれない。リボンで結ばれた自分の婚約者が変人だったら、今みたいに泣いてしまうかも。
でも私にとっては良い思い出だし、否定したくないな……そう悩んでいると、少しだけ顔を上げた彼が紺色の瞳に涙を溜めて、瞬きで落としている。
「あーもー最悪。デート行きたかったなぁ。ディアちゃんとのデート、絶対に楽しかったのに。なんで風邪ひいちゃうんだろ、俺のばか……っ」
その悔しそうな泣き顔が、綺麗で。
なのに紙袋さんを思い出したせいか、ヘベレケになって愚痴を言っているみたいな彼の情けないところも、なんだか面白くて。
繋いだ手を強く握るバリオンの、泣き声まじりの愚痴を聞きながら茶金の髪を撫でた。手入れが行き届いているから、サラサラな手触りが気持ちいい。
「じゃあ早く治してください。ルフト様も風邪が理由なら、もう一度デートしても許してくれるかもしれませんよ」
「それは無理。だってレフと同じく、俺も自宅デートしたって言われるよ……。
ああでもディアちゃんのおかゆ、美味しかったなぁ……卵がゆがあんなに美味しいなんて知らなかった……」
「食べたいならまた作りますから、任せてください。
それに、こういうデートもいいと思いますよ。以前、私のお見舞いにもきてくれましたし……お見舞いのお返しをし合うなんて、仲が良くないと出来ないと思います」
歌劇は、バリオンならいつでも行ける。
予定さえ決めれば、彼は簡単に私を連れて行ってしまうだろう。
でも風邪をひいて、目を潤ませているバリオンを見られる機会は、きっと今日しかない。
熱が出てぼうっとしているのも、愚痴っぽいのも、普段のパリッとした彼とは違っていて、親しみがあって……失礼な話だから言えないけれど、年上なのに可愛く思えた。
「私は今日、お見舞いに来られてよかったです。
バリオンのこと、あまりよく分からなくて。婚約者かもしれない、って言われても実感が湧かなかったんですけど……ただのイケメン騎士じゃない、愚痴を言ったり甘えたりもする普通の男の人だってわかりました」
「……そっか……そうだね、俺たち、あんまり接点なかったから……。
……ふふ、ならお見舞いでよかったかな……俺もディアちゃんの料理がまた食べられて、嬉しかったよ」
「じゃあ看病のお礼に私の言うことを聞いて、眠ってください。元気な人におかゆは作りませんよ」
「うん。……ああやっぱり、俺、君のことが好きだなぁ……」
笑顔を浮かべながら泣いているイケメン騎士を慰めて、寝かしつける。
バリオンは気掛かりがなくなったおかげか安らかな寝顔になって、すやすやと呼吸している。
……熱、少しでも下がってきたのかな。頭を撫でる時に額も触ったけれど、さっきより私と体温が近付いた気がする。
まつ毛も長くて、顔立ちが整っていて、近くで見ていいのかと思うくらい綺麗だから、不思議と目が離せなくなってしまう。
……自宅デート、って言われたけれど。
確かに、男の人の部屋に入ったのは初めてかもしれない。
室内に目を向ければ、バリオンに似合った調度品ばかりで彼のセンスの良さが伺える。
落ち着いた色合いの木製品が好きなのか、シンプルだからこそ品が良い。
……そう眺めていたらコンコン、と音がして。執事さんが扉の外から声をかけた。
「坊っちゃま、失礼致します。サフィーナ様がお越しになりました」
「……え? サフィーナさん!?」
「……? 失礼します」
扉が開けられた先にいる相手と向き合って、度肝を抜かれた。
執事さんの隣に立っているのはバリオンの上司、騎士の制服姿のサフィーナさんだった。




