デートのスパイス
ついにサフィーナさんとの初デートが始まった!
――でも私は街に出てすぐから、異変に気づいていた。
「……サフィーナさん。変な人がついてきます」
私たちの背後には、見張るように尾行してくる紙袋男が二人いる。
サフィーナさんと同じくらい背が高い紙袋男と、私と同じくらいの背丈の紙袋男がデートを見守るから、周囲もなんだかざわめいている。
でも紙袋たちは振り返ると、すぐに姿を消す。
しばらく放っておくと、また遠目の背後に現れている。
サフィーナさんもあの二人の上司だから渋い顔をして、頭が痛そうに押さえている。
「どうやら視界が悪いから、見失わないように姿を現すしかないようですね。
放っておくだけで模倣犯などが出て治安が悪くなりそうです。……捕まえても良いものでしょうか……」
「騎士様に逮捕権があるのは知っていますけど、第二王子と貴族ですよね……?
下手に捕まえない方が……あ、ほら、他の騎士様に話しかけられても中身を見せて対処していますよ」
「あそこまでするくらいなら脱げばいいのに、彼らはいったい何を考えているのでしょう……?」
もしかして、私が紙袋さんのことを話したからでしょうか。後でバリオンを叱っておきます。
一店目として紹介されたハンバーガーのお店に辿り着いたけれど、テラス席に座ったのをもちろん紙袋たちは見ている。民家の壁の端から、どう見ても紙袋の端がはみ出ていた。
「……すみません、ディアさん。やはり上司として見過ごせないので行ってきます」
腹を括ったらしいサフィーナさんが自然な動作から一息に踏み込んで近づくと、我先に男たちは逃げ出した。
けれど背丈が私と同じくらいの紙袋男が真っ先に捕まった。簡単に紙袋をひっぺがされて、赤髪に青紫の瞳の王子殿下が出てくる。
「くっ、逃げろバリオン、我は置いて行け! お前だけでもディアのデートを見守れ!」
「ちょっとレフ、それ話しちゃダメなやつだからね!? うわやばっ、こっち来た!」
大声で追いかけっこしながら何してるんだろう、私の婚約者候補たち……。
ハンバーガー屋さんでなんとなく恥ずかしくなりながら飲み物だけ注文していると、もう一人の紙袋も必死に逃げようとする。
けれどサフィーナさんが隠し持っていた強力な金属糸を使い、華麗な捕縛術で捕まえた。遠巻きに見ていた街の人たちから拍手が起きた。
「良いか皆の者、我は第二王子ルフトである!
此度は騎士の実力を見せるデモンストレーションのために逮捕劇を行わせてもらった。
ご覧の通り、街はいつ何が起きても安全である。安心して過ごされよ!」
捕まって横に寝かされているルフト様がそんな口上をすると、さらに拍手が起きた。
……私も拍手したけど、多分そんなに綺麗事じゃないよね、ルーちゃん。途中で目的叫んでたし。とは心の中で思うだけにした。
部下を引っ捕まえたサフィーナさんが両手で彼らを持ち帰ると、私の両隣に座らせた。ルフト様とバリオンは罪人のように括られた姿を恥ずかしそうにしている。
「すみません、ディアさん。最初のお店だけ彼らも同席させてもよろしいでしょうか……納得しないことには、どうにも付いてきてしまいそうです」
「邪魔したいわけじゃないよ? 俺たちはディアちゃんが危ない目に遭わないか心配だから付いてきてる護衛だからね。そうだよね、レフ?」
「その通りだとも。良いかサフィーナ、お前がディアをこっぴどく振らないかと心配して来たのだ。我らの曇りなき眼がお前を常に見張っていることを忘れるな!」
「だから本音は喋っちゃダメだって……ああはいはい、牽制したかったってことくらいわかってるよ。
でももっと言葉選んで……ディアちゃん、レフはちょっと混乱してるだけだから、気にしないでね」
ルフト様が告げた言葉を聞いて、バリオンがため息まじりに裏付けた言葉を聞いて、彼らの拘束を解いて席についたサフィーナさんが渋い顔をしている。
そっか……私、二人にも振られそうだと思われてるんだ。
サフィーナさんとの関係がなくなった方が二人にとっても良いはずなのに、心配して来てくれた優しさが胸に沁みる。
優しい気持ちなのに邪険に出来るはずもないから、私はメニュー表を二人にも差し出した。バリオンが苦笑を見せている。
「デートなのにお邪魔しちゃってごめんね、ディアちゃん。
騒がせたから、ここは俺が奢るよ。もちろん全員分ね」
「えっ、いえいえ、今日はサフィーナさんとのデートなのにバリオンに奢らせるわけにはいきませんよ。
さっきの騒ぎもルフト様が収めていましたし、心配してきてくれたのにお邪魔なんて……んっ?!」
断ろうとする唇に、バリオンの指がかすかに触れた。
イケメン騎士らしく微笑んだ彼が私を覗き込んだだけで、茶金の髪がキラキラ揺れた。
「君は素直でいい子だね。そういうところも大好きだよ。
でも悪いんだけど、今回のことは歌劇場のデートの埋め合わせだと思って欲しいな。
俺は君と食事するのも楽しみにしていたからね。……お願い、夢を叶えさせて?」
バリオンは知り合いのカフェに行こうと誘ってくれていた。
なのに風邪で行けなかったからこそ自分がお支払いして元々の予定を少しでも楽しみたいのだと、綺麗な紺色の瞳と見つめ合うだけで伝わってくる。
「……じゃあ……お願いしても、いいですか?」
「もちろん。よし、決まり。ディアちゃんも遠慮なく食べたいのを頼んでね。君が美味しそうに食べてくれる姿が、俺も見たいからね」
真剣な彼の好意を断る方が悪いから、頷いた。
頬を緩めて嬉しそうに笑ったバリオンを見ていると、彼はメニューを開いた上司に目を向けた。
「サフィーナ、ここのおすすめは? 誘ったからにはお気に入りがあるんでしょ?」
「そうですね……何を頼んでも美味しいお店ですから、私はいつも気分に合わせて固定はしていません。
悩むようでしたら、セットメニューがどれも人気商品を集めているから外れがありませんよ」
「ふむ、我はこの一番人気と書いてあるスタンダートセットにしよう。ジンジャーエールも美味しそうだな」
バリオンとルフト様も揃うとワイワイ賑やかで、話を聞いているだけでも楽しい。
私もスタンダードセットにしてみたけれど、運ばれてきたハンバーガーはどれもパティが肉厚で、パンも合わせると口に入りそうにないほど縦に大きかった。
慣れているサフィーナさんは紙の包みを使って持ち上げると、お手本を見せるようにかぶりつく。
飲み込むまで思わず見つめてしまったけれど、私に注目されていることに気づいた彼が照れ臭そうに笑った。
「押しつぶすようにしながら掴んで、一口で齧り付くと美味しいですよ。
口を開けるのが気になるようでしたら、そちらのナイフとフォークを使ってくださいね」
背も高いし手も大きい男性たちは、言葉通り遠慮なく掴んで齧り付いていく。
ルフト様は丁寧に切り分けて口に運び始めたけれど、テーブルマナーが仕込まれているから食べるのも綺麗だ。
見習いながら私も切り分けたけれど……溢れる肉汁も、柔らかくてカリカリした部分のあるパンも、少しずつ食べても全部美味しい。ソースもしっかり絡んでいて、五感を強く刺激する。バリオンも感動したみたいに目を輝かせて笑った。
「ん。美味しい。来たことはなかったけど穴場だね。
ひどいなぁ、部下には言わずにサフィーナ一人で楽しんでたの?」
「訓練をきつくした日の、自分へのご褒美ですからね。あなたたちを連れてくるという発想自体がありませんでした。
ここは夜も営業しています。よければ皆で来ましょうか」
「賛成。動いた後に食べると絶対的最強メシだね。みんな喜ぶよ」
「では訓練を厳しくしなくてはなりませんね。ルフト殿下もバリオンも、油断して簡単に捕まりましたから」
「俺はわざとですよ。あんまり抵抗してもデートの邪魔になるじゃないですか」
「我もそうだぞ。決して油断したわけではない」
わいわい。騎士様たちの食事に混じることはなかなかないけれど、話題が途絶えず賑やかだから一緒にいるだけで楽しくなる。
サフィーナさんも上司として慕われているのがわかるし、バリオンもルフト様も食事を遠慮なく楽しんでいるのを見ると、王族や貴族なんて垣根も忘れて年相応の男性にしか見えない。
「ふむ、我もお前たちと同じ食べ方がしたくなるな……こうか」
ルフト様も齧り付くのに挑戦したけれど、口が小さいからはみ出てしまった。でも苦労するのも楽しいみたいに目を輝かせて、二口目も頑張っている。
私はお化粧が崩れるから切り分けるしかないけれど……一番おとなしそうに見える年長者のサフィーナさんが、手にしたハンバーガーに大口で齧り付いている姿に見惚れてしまうから、ゆっくり食べられた方がよかった。
ガブリ。
獲物に食らいつくみたいに、ハンバーガーが簡単に口に入る。
ソースが口元についたら指で拭ってそのまま舐める姿なんて、普段のおとなしそうな彼からは想像もつかなかった。
野生的で、やんちゃな少年っぽいのに、色っぽく見えるのは何故だろう。
ついポーッとしながら見つめていると、不思議そうに瞬く琥珀色の瞳が私に気づいた。
「……? どうしましたか、ディアさん。お口に合いませんでしたか?」
「え? ……あ、い、いえ、違いますっ、ちゃんと美味しいです!」
サフィーナさんが食べる姿に見惚れていたなんて言えない!
でもバリオンが口元をにやつかせて、サフィーナさんを見ている。
「隊長殿が思ったよりもお色気担当で驚いたみたいですよ?
綺麗な顔なのに、食べる姿はお上品じゃないところがポイント高いのかもしれませんね」
「なんですか、それは。バリオンはたまにおかしなことを言いますね」
「我もよくわからぬが、姉上が長い指を舐める姿が良かったと言っていたな。
ほら、観覧試合で。切った指を咄嗟に舐めて血を拭っておっただろう。隣で数人巻き込んで、やけに興奮しておったぞ」
サフィーナさんが恥ずかしそうにしながらも食べすすめていく。
私も話を聞きながら想像するだけで、素敵な光景が広がって止まらない。
王族の観覧試合も、近衛騎士たちの戦いも、きっと目にすることはできないだろうけれど……彼らが実際にあったことを話してくれるだけで、夢のような世界が膨らんでいく。
半分ほどでお腹がいっぱいになってくると、バリオンが私に声をかけた。
「ディアちゃん、残りは俺がもらうよ。一店目でお腹がいっぱいになりすぎたら、デートが楽しめなくなっちゃうからね」
「あ、ありがとうございますっ、お願いします……!」
残すのも勿体無いからお願いしたけれど、バリオンもサフィーナさんもペロリと食べ切ってしまった。
私と同じくらいの身長のルフト様も綺麗にお腹に入れて、手を合わせている。どこに入っているのか不思議になってしまうけれど、男の人にはちょうど良い量みたいだった。
「それじゃサフィーナ、これからどこに行く予定?」
「あなた方を置いて、少し観光に出ようかと思っています」
「そう邪険に扱うでない。我らも最後まで付き合ってやろうではないか」
「……デートという言葉が、お二人にはわかりますよね。あなた方も一度ずつ、ディアさんとのデートを楽しんだのではありませんか?」
「もちろん。理解しながら付いてきているに決まっているだろう」
頭が痛そうにサフィーナさんが眉間を押さえた。
きっとどうにかして撒かないことには、堂々と腕組みしたルフト様は付いてくるつもりだって、私にもわかった。
……でも、サフィーナさんに振られないための対策と言われてしまうと、私も拒めない。
騎士としてサフィーナさんと一緒に働く彼らに『デートで振るつもりだ』なんて不穏な兆候が見えていたなら、私が何を言っても、彼は結論を変えるつもりはないのかもしれない。
『私は幸せになるつもりはありません』
はっきりと口にされたお断りを思い出して、少しだけ胸が痛みながら、お店を出た時のこと。
「……っ!?」
背後から口を塞がれて。
私は建物と建物の間に、簡単に引き込まれてしまった。




