表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼女が死ぬ3日前  作者: leemero
第①章「六月の雨」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/26

第四話「温かい缶コーヒー」

六月四日。

蒼井萌が死ぬ三日前。

その事実だけが、あなたの頭の中に重く居座り続けていた。

翌朝。

目が覚めた瞬間から気分は最悪だった。

眠ったはずなのに疲れが取れていない。

夢の中で何度も交差点の光景を見た気がする。

雨。

人だかり。

アスファルトの上に倒れた少女。

目を閉じても離れてくれない。

結局、朝食の味もほとんど分からないまま家を出た。

学校へ着くと、教室にはまだ数人しかいなかった。

窓際へ視線を向ける。

萌はまだ来ていない。

そのことに少しだけ安心し、少しだけ不安になる。

生きている。

それは分かっている。

だが、視界にいないだけで落ち着かなくなる自分がいた。

まるで見失ったら、そのまま消えてしまうような気がして。

そんな自分に苦笑する。

たった一日だ。

まだ一日しか経っていない。

なのに、まるで何年も彼女を追い続けているような気分だった。

やがて教室の扉が開く。

蒼井萌が入ってきた。

あなたは無意識に息を吐いていた。

萌はそんなことも知らず、自分の席へ向かう。

そして途中であなたに気付いた。

「おはよう」

「お、おはよう」

萌が少し笑う。

「変な返事」

「寝不足なんだよ」

「ふーん」

それだけ言って席へ向かう。

本当にただそれだけのやり取り。

なのに、なぜだか少し嬉しかった。

昨日までは当たり前だったはずのことが、今は特別に思える。

そんな感覚があった。

授業は相変わらず頭に入らなかった。

ノートを取るふりをしながら考える。

どうすればいい。

事故なのか。

事件なのか。

自殺なのか。

何も分からない。

分かっているのは六月七日に萌が死ぬという結果だけ。

原因が分からなければ防ぎようがない。

昼休み。

あなたは思い切って萌の席へ向かった。

萌は文庫本を読んでいた。

「何読んでるんだ?」

「小説」

「それは見れば分かる」

萌が吹き出す。

「確かに」

少しだけ空気が柔らかくなる。

あなたは意を決して尋ねた。

「放課後、時間あるか?」

萌は本から顔を上げた。

「また?」

「嫌ならいいけど」

「別に嫌じゃないよ」

彼女は栞を挟んで本を閉じる。

「今日はどこ行くの?」

「決めてない」

「昨日と同じじゃん」

呆れたように笑う。

その表情を見ていると、本当に普通の高校生にしか見えなかった。

死とは程遠い。

だから余計に分からない。

なぜ彼女が死ななければならないのか。

放課後。

二人は学校を出た。

曇り空は相変わらずだった。

今にも雨が降り出しそうな色をしている。

「飲み物買っていい?」

萌が自販機の前で立ち止まる。

「いいけど」

彼女は迷うようにボタンを眺めたあと、温かい缶コーヒーを選んだ。

ガコン、と音を立てて缶が落ちる。

あなたは思わず眉をひそめた。

「それ好きなのか?」

「ん?」

「温かいやつ」

六月だぞ、と続ける前に萌が缶を手に取る。

「好きっていうか」

少し考えてから言った。

「落ち着くんだよね」

彼女は缶を両手で包む。

まるで冷えた手を温めるみたいに。

けれど缶は開けない。

昨日と同じだった。

「飲まないのか?」

「あとで」

そう言うだけで、やはり開けようとしない。

あなたは妙な違和感を覚える。

温かい缶コーヒーを買う。

でも飲まない。

昨日もそうだった。

それ以前はどうだっただろう。

思い出せない。

クラスメイトの飲み物なんて普通は覚えていない。

萌は近くのベンチへ腰を下ろした。

あなたも隣へ座る。

駅前の人通りは多い。

それでも二人の周囲だけ切り取られたように静かだった。

「ねぇ」

萌が空を見上げる。

「明日、雨かな」

「天気予報見ればいいだろ」

「夢がないなぁ」

そう言って笑う。

その笑顔を見ていると、交差点の光景が少し遠のく。

本当に救えるのかもしれない。

そんな希望が生まれかけた、その時だった。

萌がぽつりと呟いた。

「もし私が急にいなくなったらさ」

あなたの身体が強張る。

「……なんだよ、それ」

「例えばだよ」

萌は気付いていない。

あなたの顔色が変わったことにも。

心臓が痛いほど脈打っていることにも。

「誰か悲しんでくれるのかな」

風が吹いた。

曇り空の下。

人々の話し声が遠く聞こえる。

あなたは答えられなかった。

軽い冗談のように言ったはずなのに。

その言葉だけが妙に重かった。

萌はしばらく空を見上げていた。

そして。

「……なんてね」

そう言って笑う。

だがその笑顔は、昨日まで見ていたものとは少し違って見えた。

まるで。

自分自身に言い聞かせているような。

どこか諦めを含んだ笑顔だった。

その瞬間。

あなたは初めて思う。

萌は本当に何も知らないのだろうか。

それとも。

彼女自身も、自分の終わりをどこかで感じているのだろうか。

ベンチの上で、缶コーヒーはまだ開けられていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ