第二十三話 「窓の向こう」
蒼井萌は泣いていた。
カーテンの隙間。
夕陽に照らされた窓。
ほんの一瞬だけ見えた顔。
だが見間違えるはずがなかった。
目が合った瞬間。
萌の表情が変わる。
驚いたように目を見開く。
そして。
すぐにカーテンが閉じられた。
窓の向こうから姿が消える。
あなたはその場に立ち尽くしていた。
胸の奥が苦しい。
学校で見せる笑顔。
屋上で話す姿。
窓際で本を読む横顔。
そのどれとも違う。
今見たのは。
誰にも見せていない蒼井萌だった。
帰宅した頃には空は暗くなっていた。
夕食も喉を通らない。
部屋へ戻る。
ベッドへ腰を下ろす。
そしてスマートフォンを見る。
知らない番号とのトーク画面。
最後のメッセージ。
『時間はあまり残ってない』
何の時間だ。
六月七日は終わった。
萌は生きている。
なのに。
なぜ終わっていないみたいな言い方をする。
あなたは思い切ってメッセージを送った。
『六月十四日か』
既読。
数秒。
返信。
『そう』
短い。
だが。
それだけで十分だった。
胸の奥が冷たくなる。
やはり六月十四日。
約束の場所。
あの日が次の分岐点になる。
さらにメッセージが届く。
『でも本当に危ないのは六月十四日じゃない』
あなたは眉をひそめる。
意味が分からない。
すぐに返信する。
『どういう意味だ』
既読。
返信。
『自分で見つけて』
そこで会話は終わった。
何度送っても返事は来ない。
翌日。
六月十一日。
朝。
教室へ入る。
萌はまだ来ていなかった。
窓際の席が空いている。
それだけで落ち着かない。
時計を見る。
始業まであと五分。
四分。
三分。
二分。
一分。
そして。
教室の扉が開いた。
萌だった。
だが。
あなたは違和感を覚える。
すぐに。
萌の左手。
袖口から少しだけ見えた手首。
薄い痣。
青紫色の跡。
一瞬だった。
本当に一瞬。
萌は慌てるように袖を引っ張る。
隠すように。
見られたくないものを隠すように。
「おはよう」
いつもの声。
いつもの笑顔。
だが。
あなたは笑えなかった。
その痣が頭から離れない。
昼休み。
萌は珍しく教室を出なかった。
窓際の席。
文庫本を開いている。
あなたは立ち上がる。
そして萌の席へ向かった。
「蒼井」
萌が顔を上げる。
「ん?」
「昨日」
言いかけて止まる。
家のことは言えない。
見ていたことも。
尾行したことも。
「……何でもない」
萌は少し笑った。
「最近それ多いね」
図星だった。
あなたは椅子を引いて座る。
萌は本を閉じる。
しばらく沈黙。
やがて。
萌がぽつりと呟く。
「家ってさ」
あなたは顔を上げる。
萌は窓の外を見ていた。
青空。
静かな校庭。
その先を。
「帰りたい場所のことだと思う?」
突然の質問だった。
だが。
その言葉の意味だけは分かった。
萌は今。
自分の家の話をしている。




