第二十一話 「前回」
六月九日。
夜。
部屋の時計は十一時を回っていた。
あなたはベッドに腰掛けたままスマートフォンを見つめている。
画面には最後のメッセージ。
『前回みたいになるよ』
前回。
その言葉だけが頭の中で繰り返される。
前回とは何だ。
自分が経験した六月七日か。
それとも。
相手も同じようにループしているのか。
もしそうなら。
なぜ萌の死を止めない。
なぜ見ているだけなんだ。
ピコン。
突然通知音が鳴る。
あなたは反射的に画面を見る。
知らない番号。
まただ。
心臓が嫌な音を立てる。
メッセージは短かった。
『眠れない?』
あなたは眉をひそめる。
気味が悪い。
まるで見られているみたいだ。
すぐに返信を打つ。
『お前は誰だ』
既読。
数秒。
返信。
『質問ばかりだね』
『じゃあ一つだけ教えてあげる』
あなたは息を飲む。
画面を見つめる。
『六月七日は終わってない』
心臓が大きく脈打つ。
終わっていない。
どういう意味だ。
萌は生きている。
六月八日も過ぎた。
なのに。
『蒼井萌はまだ助かってない』
次の瞬間。
メッセージは削除された。
画面から消える。
まるで最初から存在しなかったみたいに。
あなたは慌ててスクリーンショットを撮ろうとする。
だが間に合わない。
何も残らなかった。
翌朝。
六月十日。
空は快晴だった。
それなのに気分は重い。
六月七日は終わっていない。
蒼井萌はまだ助かっていない。
その言葉が離れない。
教室へ入る。
萌は窓際で本を読んでいた。
あなたを見る。
そして少し笑う。
「おはよう」
いつもの声。
いつもの表情。
だが。
本当にそうだろうか。
自分は何を見落としている。
昼休み。
あなたは一人で図書室へ向かった。
考えを整理したかった。
誰もいない奥の席へ座る。
ノートを開く。
そして。
これまでの出来事を書き出す。
六月七日の死亡。
ループ。
黒いパーカー。
約束の場所。
知らない番号。
ループ経験者。
そして。
蒼井萌。
書いている途中で気付く。
ある違和感に。
萌自身について書かれた情報が少なすぎる。
好きな本。
雨が好き。
窓際が好き。
それくらいしか知らない。
助けようとしているのに。
肝心のことを何も知らない。
家族は?
休日は?
友達は?
なぜ脅されている?
なぜ助けを求めない?
なぜ何度も消えたがるようなことを言う?
あなたはノートを閉じる。
まず知るべきなのはループじゃない。
萌自身だ。
その時だった。
図書室の奥。
本棚の向こうで誰かが動いた。
視線を向ける。
黒いパーカー。
一瞬だけ見えた。
あなたは立ち上がる。
椅子が音を立てる。
「待て!」
走る。
本棚の間を抜ける。
だが。
そこには誰もいなかった。
静かな図書室。
本の匂い。
窓から差し込む光。
誰もいない。
それなのに。
床には一枚の紙だけが落ちていた。
あなたは拾い上げる。
折り畳まれた紙。
ゆっくり開く。
そこに書かれていた文字を見て。
あなたは息を止めた。
『蒼井萌を救いたいなら』
『彼女の家へ行け』




