第十九話 「もう一人」
倉庫街からの帰り道。
あなたは何度も振り返っていた。
誰もいない。
人影もない。
足音も聞こえない。
それなのに。
誰かに見られている気がした。
『また間に合ったんだね』
赤い文字。
倉庫の壁に書かれていた言葉。
あれは偶然じゃない。
絶対に。
そして何より気になるのは、その内容だった。
また。
その一言。
まるで。
蒼井萌を助けたことを知っているみたいに。
電車へ乗る。
窓へ映る自分の顔を見る。
疲れていた。
六月七日からずっとだ。
眠れていない。
考え続けている。
萌のこと。
ループのこと。
知らない番号。
黒いパーカー。
そして倉庫街。
頭の中はぐちゃぐちゃだった。
だが。
一つだけ確かなことがある。
あの文字を書いた人物は。
六月七日に何が起きたのかを知っている。
その瞬間。
ある考えが浮かんだ。
あなたは息を飲む。
もし。
もしも。
その人物も――
ループしているとしたら。
電車が揺れる。
心臓が大きく脈打つ。
ありえない話だ。
時間が戻ること自体ありえない。
なのに。
自分は経験している。
だから否定できない。
自分以外にも。
六月七日を覚えている人間がいる。
そう考えた方が自然だった。
帰宅後。
部屋へ飛び込む。
机へ座る。
ノートを開く。
今までの出来事を書き出していく。
六月七日。
死亡。
ループ。
数字のアカウント。
黒いパーカー。
知らない番号。
黒板の文字。
倉庫街。
赤いメッセージ。
全部。
順番に並べる。
すると。
奇妙なことに気付く。
どれも。
相手から近付いてきている。
あなたは何もしていない。
なのに。
向こうは知っている。
こちらを。
まるで観察しているように。
まるで。
結果を確認しているように。
その時だった。
スマートフォンが震えた。
通知。
あなたは反射的に画面を見る。
知らない番号。
あの相手だ。
心臓が跳ねる。
メッセージは一件だけ。
『楽しかった?』
意味が分からない。
だが。
次のメッセージで理解した。
『倉庫街』
あなたは立ち上がった。
椅子が倒れる。
呼吸が乱れる。
やはり見られていた。
間違いない。
あの場所にいた。
誰かが。
さらに通知が届く。
『でもまだ早いよ』
『約束の日は来週だから』
あなたは画面を睨む。
指が震える。
返信を打つ。
『お前は誰だ』
送信。
既読が付く。
数秒。
十秒。
三十秒。
やがて返信が来た。
『君と同じだよ』
あなたは固まった。
同じ。
何が。
何が同じなんだ。
さらに続く。
『だから知ってる』
『六月七日のことも』
スマートフォンが手から滑り落ちそうになる。
心臓が痛い。
呼吸が苦しい。
六月七日。
その日を知っている。
つまり。
やはり。
『君も見たんだろ?』
『蒼井萌が死ぬところを』
部屋の空気が凍りついた。
もう疑いようがない。
この相手は知っている。
自分と同じ記憶を持っている。
そして。
自分以外にも。
六月七日を覚えている人間がいる。
その時だった。
新しいメッセージが届く。
短い一文。
『次は失敗しないでね』
あなたは画面を見つめたまま動けなかった。
失敗。
その言葉が胸に引っかかる。
まるで。
今回も失敗することが決まっているみたいだった。




