第十七話 「約束の場所」
六月十四日。
その日付だけが頭から離れなかった。
『6月14日 18:00』
『約束の場所』
紙に書かれていた文字。
蒼井萌が落としていった紙。
そして。
六月七日を越えた今も続いている異変。
あなたは教室の窓際を見る。
萌はいつも通り座っていた。
本を読んでいる。
外から見れば普通の高校生。
だが違う。
あなたは知っている。
彼女が何かに追い詰められていることを。
放課後。
萌はすぐに帰ろうとしていた。
あなたは席を立つ。
「蒼井」
萌が振り返る。
少し警戒した顔。
昨日のことを引きずっているのだろう。
「なに?」
あなたは迷った。
紙のことを言うべきか。
黙っているべきか。
だが。
もう隠している場合じゃない。
ポケットから紙を取り出す。
萌の表情が固まった。
「これ」
顔色が変わる。
一瞬で。
「なんで……」
「落としたんだろ」
萌は何も言えない。
ただ紙を見つめている。
やがて。
小さく俯いた。
「見たんだ」
「見た」
沈黙。
長い沈黙。
教室にはもうほとんど人がいない。
夕陽が差し込んでいる。
静かだった。
そして。
萌は諦めたように息を吐いた。
「返して」
あなたは紙を握ったまま言う。
「行くのか」
萌は答えない。
それが答えだった。
「危ないのか」
萌が目を閉じる。
「分からない」
「嘘だ」
「……」
「危ないんだろ」
萌の肩が震えた。
あなたは確信する。
この約束は普通じゃない。
絶対に。
「蒼井」
萌が顔を上げる。
瞳が少し赤い。
「行かなかったら」
小さな声だった。
「もっと酷いことになる」
教室の空気が凍る。
あなたは言葉を失う。
その表情は。
脅されている人間の顔だった。
「警察は?」
萌は首を振る。
「無理」
「先生は?」
「無理」
「家族は?」
萌は何も答えない。
その沈黙だけで十分だった。
家庭にも頼れない。
だから一人で抱え込んでいる。
そういうことだ。
やがて萌は紙を受け取る。
ぐしゃりと握り潰す。
「忘れて」
またその言葉だった。
何度も聞いた言葉。
「忘れられるか」
萌が苦笑する。
「だよね」
少しだけ。
本当に少しだけ笑った。
それでも悲しそうだった。
その日の帰り道。
萌とは別れた。
だが。
あなたは決めていた。
六月十四日。
午後六時。
約束の場所。
必ず行く。
たとえ萌が嫌がっても。
たとえ危険でも。
放っておけるわけがない。
帰宅後。
机の上へ紙を広げる。
住所を調べる。
スマートフォンの地図アプリ。
表示された場所を見て、あなたは眉をひそめた。
駅から離れた工業地帯。
使われなくなった倉庫街。
人通りも少ない。
高校生が待ち合わせをする場所じゃない。
そして。
その場所を見た瞬間。
胸の奥がざわついた。
見覚えがある。
行ったことはない。
なのに知っている。
どこかで見た。
どこかで――
その瞬間。
頭の中へ光景が流れ込んだ。
雨。
サイレン。
赤色灯。
そして。
倒れている蒼井萌。
あなたは椅子から立ち上がった。
息が苦しい。
頭が痛い。
記憶だ。
ループ前の記憶。
忘れていた断片。
あの日。
蒼井萌が倒れていた交差点。
それは。
倉庫街の近くだった。




