第十話 「六月七日」
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目が覚めた瞬間、あなたは天井を見上げたまま動けなかった。
六月七日。
その日付が頭の中に浮かぶ。
スマートフォンを手に取るまでもない。
何度も確認した。
何度も数えた。
今日だ。
蒼井萌が死ぬ日。
胸の奥が重い。
昨日までとは違う。
漠然とした不安ではない。
確かな恐怖だった。
もし今日が前回と同じように進むなら。
放課後。
雨。
駅前。
交差点。
そして――。
あなたは布団を跳ね除けた。
考えるのは後だ。
まずは学校へ行かなければならない。
空は朝から曇っていた。
まるで世界が何かを隠そうとしているみたいだった。
学校へ向かう途中も落ち着かない。
信号が変わる。
車が通る。
人々が歩く。
すべてが普通なのに、今日だけは違って見えた。
何もかもが危険に思える。
何もかもが彼女を奪う可能性に見える。
学校へ着く。
教室へ入る。
そして真っ先に窓際を見る。
萌はまだ来ていなかった。
嫌な汗が背中を伝う。
いつもより遅い。
ただそれだけ。
それだけなのに不安になる。
時計を見る。
始業まで三分。
二分。
一分。
そして。
教室の扉が開いた。
「おはよう」
蒼井萌だった。
いつも通りの声。
いつも通りの制服。
いつも通りの笑顔。
あなたは思わず大きく息を吐く。
萌が不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの?」
「いや」
言葉が出ない。
生きている。
それだけで安心してしまう。
しかし安心してはいけない。
問題はここからだ。
授業はまったく頭に入らなかった。
時計ばかり見ている。
一時間目。
二時間目。
三時間目。
時間が過ぎるたびに焦りが増していく。
昼休み。
あなたは萌を探した。
屋上。
図書室。
中庭。
どこへ行くにも付き添う。
萌は途中から苦笑していた。
「今日、本当に変だよ」
「そうか?」
「うん」
萌はジュースのストローをくわえながら言う。
「なんか見張られてるみたい」
図星だった。
あなたは何も言えない。
萌は少しだけ困ったように笑う。
「心配してくれてるの?」
その問いに胸が詰まる。
心配なんてもので済む話ではない。
あなたは知っている。
彼女が今日死ぬことを。
ただ、それを伝えることはできない。
「まあ、少しは」
そう答えるのが精一杯だった。
萌は目を丸くする。
それから小さく笑った。
「そっか」
その笑顔が、なぜだか少し寂しそうに見えた。
放課後。
チャイムが鳴る。
あなたの身体が強張る。
この時間だ。
前回。
萌と話をしたあと、別れて。
その後に事故が起きた。
ならば。
今日は絶対に一人にしない。
萌は席に座ったまま窓の外を見ていた。
空は暗い。
雨も降り始めている。
まるで最初の日をなぞるように。
「蒼井」
萌が振り返る。
「ん?」
「今日、一緒に帰る」
半ば宣言だった。
萌が思わず吹き出す。
「なにそれ」
「そうする」
「拒否権は?」
「ない」
萌はしばらく笑っていた。
久しぶりに見る、心からの笑顔だった。
それを見て少しだけ肩の力が抜ける。
だが。
次の瞬間。
萌のスマートフォンが震えた。
教室の静寂を切り裂くように。
萌の表情が変わる。
今までで一番はっきりと。
血の気が引く。
唇が震える。
あなたは初めて見る。
笑顔ではない。
作り笑いでもない。
恐怖に近い顔だった。
「蒼井?」
萌は返事をしない。
画面を見つめたまま固まっている。
雨音が強くなる。
窓を叩く。
教室には二人しかいない。
そして。
萌の手からスマートフォンが滑り落ちた。
床へ落ちる。
鈍い音。
あなたは反射的に立ち上がった。
「大丈夫か!?」
萌は俯いたまま動かない。
肩が小さく震えている。
何が書かれていたのか。
何が彼女をそこまで追い詰めているのか。
分からない。
けれど。
ようやく確信する。
事故じゃない。
少なくとも、それだけではない。
蒼井萌の死には理由がある。
誰かがいる。
何かがある。
その真相に、あなたは初めて手を伸ばそうとしていた。
窓の外で雷が鳴った。
六月七日。
運命の日は、まだ終わっていない。




