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9.金糸雀の微笑

 ここ最近ずっと忙しく職務に集中されていたヴェロニカ殿下だったが、やっとお休みの時間を設けることについて同意された。

それでも彼女には自らの婚姻についての準備があるので、これで一安心というわけでもない。


 私が殿下の部屋の方へ向かおうとすると

「すいません、ご夫人。」

そう、一際耳によく残るような声が聞こえてくる。


 振り返るとそこには絶世の美人がいた。明らかに高位の貴族男性だ。

「失礼ですがステラ・デ・ピノンさんで間違いないでしょうか。」

彼はそう問いかける。


なぜこのような方が私のことを知っているのだろうか、と不思議に思う。


とりあえず

「そうですが、どうかなさいましたか?」

と返した。


 彼は栗色の髪を長く伸ばし、綺麗なリボンで結んでいる、それが自然な姿のように見えた。それは髪自体がとても艶やかに整えられているからに違いない。服装は決して派手ではないが、品がある。まるで繊細な美しさを持つ主人そのものを表しているかのようだ。


 確かに私の妹をはじめ、親族に美形とされる人物は複数人いるが、ここまで世界と噛み合っていないように感じられる人物は初めて見た。


 彼は安心したような顔をして

「良かったです。」

と話す。


 そして咳払いしてから

「失礼しました。初めまして、セルジョ・デ・ペゲッタと申します。」

その挨拶を聞いて驚く。


「ご存知の通り、ヴェロニカ殿下の婚約者です。」

この方がその噂の彼だったのか。

 

「ご挨拶ありがとうございます。お話に聞いております。」

と私が答えると、彼は少し苦笑いをする。


 セルジョは自分が王城でどのような立場であるか、ということをよく分かっているようだった。


「何かご用事がありましたか?」

今度は私から尋ねてみると

「いえ、そういうわけではないのですが。」

とのことだった。


そして

「ヴェロニカ様はお元気ですか。」

少し悩んでから、彼が口に出したのはその言葉だった。それは私にとって少し悲しかった。


 殿下が元気かどうかも分からないくらい、彼は彼女に会えていないということなのだから。


「えぇ、お元気ですよ。」

と伝えると

「良かったです。」

彼は本当に嬉しそうな顔で笑った。


続けてセルジョは

「彼女は一度頑張り出すと夢中になって全てが終わるまで出てこなくなってしまうので。」

そう話し始める。

「たまに体調を崩して両陛下やルデファノ様から注意を受けたりしていたんです。」

と言った後に


「この話はヴェロニカには秘密ですよ。」

そう呟いて人差し指を口元に添えた。


 その瞬間私は様々なことに気付いてしまった。

彼は殿下に拒絶されているというのに、自ら意識しなければ殿下を敬称も付けずに呼んでしまう間柄であるということ。

そして彼は噂されるように持っている全ての能力以外に、本当に人を魅了する力を持っているということ。


 二つ目は特に恐ろしいものだ。自然と殿下に責任が向かってしまうのも頷ける。

 

 しかし私には分かっているのだ。自分が望んでする選択と、何かしらによって手元に突きつけられた最善とされる選択は天秤には決して掛けられない。

その二つは、選択しても選択せずとも最初から別物だ。どう感じるかどう考えるかはその人の中にあるものなのだから。


「もちろんです。」

私は精一杯すっきりとした表情で彼に笑いかけた。


「どうかヴェロニカ様と仲良くしてください。」

と彼は言い、私たちは別れた。


 セルジョ様は最初から最後までとても友好的だった。発するどの言葉からも後ろ暗いものは感じられない。心が急に冷たくなる。

人間は何か納得がいかないことがあると、自分のことでもないのにその物事に関して理由を探ってしまう。悪い癖だ。


 セルジョと話をしているうちに遅れてしまった。早足で再び殿下の部屋へと向かう。

「ヴェロニカ殿下、ステラです。失礼いたします。」

そう扉の前から話しかけると

「どうぞ。」

と許可が下りる。


 部屋のドアを開けた瞬間に

「遅れて申し訳ありません。」

そう謝罪すると、彼女は考え込んだような顔をしてからハッとして

「大丈夫よ、いつも私が貴方を待たせてばかりだから気にしていないわ。」

と伝えてくる。


そして

「あぁ、セルジョに会ったのね。」

そう小さく呟いた。


 彼女が自らの婚約者の話題、いや名前さえも口に出すのはこれが初めてだった。


「分かってると思うけれど――」

と彼女の話は始まる。


「先日のお茶会のようにこの城の中では楽しくないどころか不愉快なことの方が多いわ。」

そう主張した。


「それでも、彼は悪い人ではないから親しくしておくといいわよ。話すと気が紛れるでしょうし。」


 これはとても意外な反応だった。王城での噂話は一体全体何だと言うのか。


「私の結婚相手だけど許可してあげるわ。なんてね。」

と彼女は笑った。

 好きではない人物の話をする際にこんな風に人は笑ったりするとは私は思えない。


 今日の殿下は終始機嫌が良かった。確かに忙しさを抜け出すことができたということもあるだろうが、不思議なほどに晴れやかな顔をしていた気がする。


 そしてもう一つ気になることがある。どうして殿下は私がセルジョ様と出会ったことに気付いたのだろうか。

きっと尋ねてみても答えてくれないだろう。その疑問は心の中に押し込めたが、想定していたよりもすぐ解決することになる。

 

「お帰りですか?」

後ろから声がして振り返るとシモーネがいた。


「えぇ、今から帰るところです。」

と返事をする。


「一緒に帰りましょう。」

彼はそう私を誘った。


 そしてまたいつものように腕を組んで寄り添おうとする。これでは夫婦というよりも過保護な親子みたいだ。


 彼と馬車に乗り込む。流石に今日は彼も隣に座ってきたりはせず、胸を撫で下ろし安心した。

触れられていると心臓が高鳴っていても立ってもいられなくなるのだ。どうやら私は本当に変になってしまったらしい。


 シモーネに

「今日はどうでしたか?」

と尋ねられる。


「えーっと、そうですね。」

私が伝えることについて考えていると、彼は私の顔をまじまじと観察するように見ている。


「殿下がいつも以上に元気そうで良かったです。」

と言う。


「そうですね、ご負担が減ったようで。」

彼も同じことを感じていたようだ。


「もしかして結婚式の準備が始まるのですか?」

と尋ねると

「その予定ですよ。」

とのことだった。


 このようなことを想像するのは殿下に望まれないかもしれない。しかし、きっとあの二人の結婚式は後世にまで語り継がれるほどの美しいものとなるに違いない。それはまるで物語のように――と考えていると


「他には何かありましたか?」

と問われる。


 その言い方はまるで私が自分に言うべきことがあるのではないか、と最初から決まっていることのように聞こえた。


「いえ、それ以上は特に。」

そう答えると彼は目を瞑った。

 

 その反応が何を示しているのか私には分からなかった。頭の中でいくら考えてみても彼が求めている答えが見つからない。

いや、最初から伝えるべきものなどはないのではないか。ただこんなことも私の被害妄想だ。そう諦めて外の景色を眺めていると彼の手がそっと私の手に触れた。


「セルジョ様にお会いしましたね?」

そう彼は問いかけた。


 もちろん私はそのことを忘れてはいなかった。しかし、特に話題にすることではないと判断していた。


「はい。」

と言った後に沈黙がその場に広がった。私はこの空気と感覚を知っている。



「先ほど殿下にも報告する前にそのことに関して指摘されたんですけど、どうしてご存知なんですか?」

そう尋ねると、彼は私の手のひらを指でなぞった。


「独特な香水の匂いがするんです。セルジョ様はかなりの量を付けていらっしゃいますので。」

謎が解けた。しかし私はそれに全く気付かなかった。特に意識もしていなかったのだ。


「それで……」

と彼は控えめに話を尋ねてくる。


私は

「ヴェロニカ殿下についてのお話をお聞きしましたよ。」

そう答えた。


彼は

「そうですか。」

その言葉を後にそれ以上何も話をすることはなかった。


 それでも彼に固く握られたままの私の手は意味を持ってないように見える。それは、まるで宙吊りの私の心のように思えた。

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