10.夢の語らい
ここはどこだろう。清々しい風がどこからか吹いてくる。あれは山だろうか。
しかしこのような場所は見覚えがなかった。ようやく理解する。これは夢だ。
薄緑の草原はそよいで小さな野の花々も芽吹いている。ここの季節は春のようだった。
私は目の前の方へ真っ直ぐ進んで行くと賑やかな声が聞こえてくる。何か催しがあるのだろうか。とても楽しそうでもっと近づいてみると
「ステラ、こっちに来て!」
そう聞き慣れた声が聞こえる。すぐに分からないわけがない、これは母の声だ。
「何してるんだよ。」
二番目の兄が突っ込んでくる。
「大丈夫かい?」
次に一番目の兄が私を心配するのだ。
何についての話だろうかと疑問に思ったところ、自分が今どのような状態であるかということにやっと気付いた。私は白いドレスを身に纏っていた。足を伸ばしてみると繊細なレースが縫い付けられた靴を履いており、私の足よりも少し小さめだ。だからかとても歩き辛い。
それに加えてスカートには布がふんだんに使用されており、針金でよりシルエットを豪華に見えるように膨らませていた。スカートの中では足を自由に動かせるものの、どれだけ頑張っても前進するのが難しいのだ。必死に家族が呼ぶ方に向かおうとすると、そっと手を取られる。誰だろうと見上げた瞬間に強い光に照らされて何も見えなくなってしまった。
場面は変わった。歴史のありそうな屋敷にたどり着く。どこもかしこも綺麗に掃除されているが部屋に明るさがない。
「早く開けろ!」
外から男性の叫び声が聞こえた。
私は意味も分からず恐ろしく思って震えが止まらなかった。ここの季節は冬だ。寒さが身体の芯まで染み渡るぐらいであるのに、どこの部屋にも暖炉に薪が焚べられていないようだ。
「隠れてるのか?」
声がだんだん近づいてくる。私以外に人は見当たらない。
「出てきなさいよ!この泥棒!」
窓の外からは違う女性の声が聞こえる。
外にはたくさんの人々がいる。私の方へと向かってきている。一体この状況は何だと言うのだろうか。
「この部屋だな。」
叫び声の主はとうとう目的地に辿り着いてしまう。強く扉を開けられた瞬間に私は叫んだ。
しかし、再び目の前が強い光に照らされ、その人物の顔を見ることはできなかった――
「はっ……」
私は勢い良く息を吐いてそう目覚めた。息が荒くなって上手く呼吸ができない。
身体を動かそうと思ってもなかなか起き上がることができず、身じろぎをしていると
「ステラさん。」
そう言ってシモーネは扉をノックした。部屋に入って私の姿を見るなり
「大丈夫ですか?」
と心配をしてくる。
私は身体を起こそうとして
「ええ、大丈夫ですから。」
明るく返事をしてみる。しかし、彼の心配は止まらなかった。
「どうしてこんなに身体が冷たいのですか?」
そう彼は問いかけて、私を温めるように抱きしめる。
指摘されて気付いた。どうやら夢のせいで被っていたシーツまで飛ばしてしまっていたようだ。自分のしたことがまるで子供のようで恥ずかしかった。縮こまりそうだ。
「もう暖まりましたから。」
と私が伝えても、彼は離さなかった。
彼は私のことをどう考えているのだろう。それは一度考え始めると深みに嵌ってしまう、出口のない迷路のようなものだ。
ただ、このように本当に愛されていると錯覚する出来事があった時、彼のことを完全に否定することはできない。
私はヴェロニカ殿下に”貴方には私の気持ちなんて分からないでしょう”と言われたとしても、彼女のようにセルジョ様のことを完全に拒絶することはできない。自分が愛されていると理解しながらそれを拒む手段なんて持っていないのだ。
「シモーネ様、お仕事に行ってください。」
私は小さくそう呟いた。
「無理しないで、ちゃんとご飯も食べてください。あと、どうか嫌なことは嫌と言ってくださいね?」
と彼は言って、名残惜しそうに私から離れて城へと向かって行った。
もし私が貴方に優しくされるのが嫌だと言ったら彼はどう思うのだろうか。
・・・
「そのような夢なら私も見たことがありますよ。」
セルジョ様は相変わらず顔を輝かせてそう言った。
「間違いなく自分なんですけど今置かれた場所ではないところに存在する自分、のようなものですかね?」
と話す。
私は午後からヴェロニカ殿下の元へと向かった。しかし、殿下に自らの結婚に関連した用事が急遽入ってしまったのだ。そして、彼女から”セルジョとでも話しておきなさい”との伝言をもらったのだ。そして今の状況に至る。
彼と話しているうちに夢の話になる。そして、今日私が見た夢について話したのだが、彼にもそのような経験があるようだった。
「私の場合はヴェロニカ様ととても仲良くしてもらえる夢ですかね。」
それを聞いてどのような反応をしていいのか分からなかった。
笑っても良いのか迷っていると
「そんな悲しそうな顔をしないでください。」
と揶揄うように笑われる。
「でも本当にそのような夢が多いんです。あとは女性に声を掛けられたり……」
そう彼は付け加えたように言う。
それは夢ではなく現実でも起きていることじゃないか、と思ってしまう。
怪訝な顔をしていると
「あはは、貴方が何を考えているかとてもよく分かりそうですが、意外とそんなことはないんですよ。」
と言っていた。
彼に惹き寄せられた人々は王女という存在さえも気にしないものだと思っていたのだ。少し意外だった。
「で、ステラさんの夢の話ですが。」
そう彼は話を戻した。
「結婚式、ですか?」
と私の夢について詳しく尋ねてくる。
「ええそうです。確かに実際に結婚式は秋にピノン領の庭園でさせていただいたんですけど。」
私は改めて夢の内容を細かく思い出そうとした。
「あとウェディングドレスについてです。肌寒い日もあるかもしれないから、お義母様と話し合ったんです。それで首元までレースで装飾されているものを製作していただきました。」
彼はその話を聞いて頷く。
「そうですね、靴だって土がぬかるんでいる場所もあるかもしれないからと白いブーツにしたんです。何もかも現実と違っていてそれなのに嘘じゃないように思えて不思議でした。」
話を聞き終えた彼に
「新郎はどうだったんですか?」
そう問いかけられた。
「上手く歩けない私の手を取ろうとした方がいたんですけど、そこで場面が変わってしまって顔が見えなかったんです。」
あの人物は一体誰だと言うのか。
彼は自らの顎に触れながら
「それにしても話を聞くところによると、夢の中のドレスは少々時代遅れのようなものに思えますね。」
と指摘する。
私もそう思っていたのだ。確かに格式高い年配の女性はそのようなドレスをパーティの際に着用することがある。しかし、それはパーティの話であって結婚式で着用するものとしての流行は既に終了しているのだ。どうして私は今までの人生で着たことがないようなものを身に纏っていたのだろうか。
私は
「あら、セルジョ様は女性の流行にお詳しいんですね?」
面白いことを発見したかのように言ってみると
「おやおや。殿下に私のことをお話ししなくて良いからと言って、そんな風に揶揄ってはいけませんよ。」
と笑っていた。
殿下の言っていたようにセルジョは悪い人ではないと確かに思える。ただ深入りしてはいけないとも思うのだ。
それは彼が尋常ではない美しさを持っているからではなく、あまりにも殿下を心の底から愛していると思うからだ。彼の一言一言、全てから彼女を感じる。それは一種の狂気にも思えるかもしれないが、私はそんな物語のようなものを初めて目撃しているのだ。まるで自分は殿下を愛するのが当たり前の存在であるかのように。
私はいずれ、二人をどうにかしたいなどと大それたことを考えるだろう。そんなことは誰も求めていないのだ。だから適切な距離を置くべきだ。
彼は別れ際にこう言っていた。
「このブローチなんですけれど。」
そう見せてきたのは金の身体に赤い瞳を持つ金糸雀の形のものだった。
「ヴェロニカ様からいただいたものですが、いただく前に夢でこれを見たことがあるんです。不思議でしょう?」
彼の見た夢の内容は聞けなかったが、彼自身も私と同じように夢について何か思うことがあるのではないか、とふと考えさせられた。




