11.拒絶する方法
「随分セルジョと仲良くなったようね。」
ヴェロニカ殿下は仕立て屋が持ってきたドレスを取っ替え引っ替えしながら、私に話しかけてくる。
「えぇ、親しくしてくださっています。」
と答えると
「そうね、私が言い出したことだもの。」
彼女はそう言った。声色から察するに少し機嫌が悪いようだ。
彼女は可愛らしいパフスリーブのドレスを見て
「私の顔が派手なのはご存知でしょう?これを着たら笑い物になるわよ。」
と呆れている。
殿下に似合うのはもっとシンプルなドレスに違いない。
「確かに結婚式に憧れがなかったわけではないけど、もう私は若くないから。」
そう小さく呟いた。彼女は結婚したくなかったわけではないようだ。
「ねえ、ステラさん。」
殿下は私に呼びかけてこう尋ねた。
「セルジョはどんなドレスが好きだと思う?」
一体どのような意図でそれを私に尋ねるのだろうか。本当に好きでやまない人物に対して自ら問いかけるのが恥ずかしいという心であれば、私は素直に自分の考えを伝えることができる。しかし決して殿下はそうではないだろう。
私なんかではなく、彼をこの場に連れて来ることができたらどんなに良いだろうか。きっと彼は殿下の意見を聞きながら、彼女に最適なドレスを最短時間で決めてしまうのだ。どう見ても彼はセンスが良いから。それでもその手段はどうしても選ぶことができない。それがどんなに惜しいことか。
そして、私はヴェロニカ殿下の下で働いているため、今回の問いかけに関して、何か誤魔化したり、ましてや嘘を吐くことなんてあってはならない。
きっと、彼女が私と会い続けているのもそのような信用できる点を買ってくれているからだと思う。
ぐっと息を飲み込んで
「これは私の意見ですよ。」
と話し始めた。
「殿下は確かにお顔立ちが華やかでいらっしゃいますが、全く飾られないよりも、程よく飾った方が良いと考えます。」
私は端的にそう述べた。
それを聞いた殿下は
「なぜ?」
と問いかける。
「おそらくセルジョ様は一般的な新郎と違い、かなり華やかに装飾されると思います。そして、私は殿下のお話役ですので、結婚式では殿下が主役だと考えています。主役は負けてはいけません。」
そう答えた。
「ふふっ。」
と殿下は身体を揺らしながら笑うと
「そうね、私も負けたくないわ。」
そう言った。
私はスカートが薔薇の花束のようになっているドレスを手に取って
「こちらはいかがですか?」
と尋ねてみる。
彼女は少し考えるようにそれを身体に当てながら鏡を眺めていた。
「悪くないわね。」
そう小さく呟いてから違う話が始まった。
「きっと今頃ぺゲッタ領の庭園では深紅の薔薇が冬を越すために頑張っているところよ。」
彼女は目を細めて言う。
「私の結婚式のために植えられたそうなの。しかもそれを提案したのはセルジョよ。」
私はその姿を見つめた。深紅、彼女の瞳の色だ。
「格好付けよね……」
その言葉は皮肉以上の何かを感じさせた。
私は双方から話を聞いている。しかし未だにこの二人について理解できないことばかりだ。そもそもこの二人に明確な答えなどあるのだろうか、と考えていると――
「貴方の結婚式はどうだったの?」
と尋ねられる。
「とても素敵な式でしたよ。」
そう答えた。
あの日は私には勿体ないくらい幸せだった。それを思い返そうとすると、先日見た夢がもやのように蘇る。この感じは一体何だろうか。
「そう、私も見てみたかったわ。」
殿下の返事を聞いて気を取り戻す。どうやら気分が変だ。
「シモーネはしっかり準備をしそうだし想像できるわね。でも彼が幸せそうに笑っているのは全然分からないわ。あーあ、見てみたかったわ。」
と本気で残念がっていた。
おそらくとても揶揄いたかったのだろう。ただ見られた際にはその揶揄いが一生続くに違いなかった。
「貴方たちは愛し合っていて……幸せそうで良いわね。」
それを聞いて背筋が凍る。
もしかして他者からはそう見えているのだろうか。それはそうだろう、と思って自分の中の疑問を封じ込めた。
「でも絶対私の結婚式には二人共参列してもらわないと困るから。絶対よ。」
と念を押された。彼女が考えていることは大体想像がつくがあまり考えたくなかった。
無事にドレスの構想はまとまった。どうやら二週間後には全体見本が出来上がってくるそうだ。
「今日はありがとう。気を付けて帰って。」
と殿下は優雅に手を振る。私はそこから退室した。
一方で未だに私の気持ちはまとまらないままだ。馬車は屋敷へと進んでいく。
木々の葉は落ちて本格的な冬が近付いて来ていた。私は全てにおいて気が進まなかった。
屋敷に着いてから休んでいるとシモーネが帰ってきた。
「お帰りなさい。」
そう出迎える。
彼は
「待っていてくださったんですか。」
と嬉しそうだった。
最近の彼は何かと私と一緒に食事をしたがる。
以前その理由を尋ねた際には
「ちゃんと食べているか心配ですので。」
と言われた。
しかし、いくら何でも私は子供ではないので食べたくないと駄々を捏ねて部屋に篭ったりはしないのだ。それに比べて彼は休日に食事もとらずに部屋から出てこないことがある。
心配で話しかけてみると、げっそりした顔で
「どうか気になさらないでください。」
と言うだけだった。
食事と湯浴みを済ませ、寝室でミリが私の髪を整えようとすると
「少し良いでしょうか。」
シモーネが寝室に入って来る。ミリは頭を下げて退室していった。
「失礼します。」
彼は私の椅子を後ろに下げ、私の背後にあるベッドの上に座った。
「私がしてもいいですか?」
そう問いかけた彼の手には既に櫛が握られていた。
「あ……」
私は一瞬困惑する。
それでも
「お願いします。」
とそれを受け入れた。
手のひらに注がれた香油の匂いが部屋中に広がる。
「……変えられたんですね。」
と彼は口を開いた。
私は少し考えて
「あぁ、香油の匂いのことですか?」
そう尋ねた。
「ネロリがお好きなんですね。」
と言われたがよく分からなかった。
ただ、あの日からイランイランの匂いは嗅ぎたくなかったのだ。しかし香油を付けないわけにはいかなかったので、悩んだ末に新しいものを手配してもらったのだ。
「どんなものも貴方によくお似合いですよ。」
その言葉はとても甘くて残酷だった。
私はついに初めて彼に対して思ったのだ。その甘言で人々を騙して来たのか、と。しかしそんなことを言ってしまえばここにある温もりは泡のように消えてしまう。
「このアイスグリーンの髪が本当に綺麗だということをご存知ですか?」
と彼は私の髪を掬った。その声は信じられないくらい穏やかだ。
「どこからでもよく見えるんです。私には輝いて見えます。これは誇張しているわけではないですよ。」
どう聞いてもくすぐったい話題だ。
「貴方は気付いていないかもしれないですが、城内を歩いているとすぐに気付くんです。一際目立ちますから。」
私は振り向こうかと思ったがやめた。
「だからもっとその美しさを誇るべきだと思います。」
それはとても熱烈な告白のようだった。いや、間違いなくそうだった。
「それはどのような意味でしょうか。」
率直に尋ねてみる。
シモーネは
「まるで自分は陰の人間であるかのように振る舞わないでください。」
と返した。
「貴方だって誰かにとって大切な人なんです。」
彼は私を抱きしめた。その反動で後ろに重心が向かってつい彼にもたれかかってしまう。
「ほら、こんなにも軽くて折れてしまいそうでしょう。」
彼はそう言って、後ろから手を私の腕の方へと滑り込ませた。
「自分を大切にしてください。」
私の頬から涙が伝っていく。
「貴方にとっても、ですか?」
そう問いかけようとしたが声に出さずに済んだ。
代わりに
「シモーネ様も、お身体を大切にしてくださいね。」
できるだけ声が濁らないように明るく伝える。
ただ彼は
「善処します。」
それだけだった。
ふと私は結婚式の時のことを思い出した。数日前に雨が降っていたので、想定していたように小さなぬかるみに嵌ってしまったのだ。あの時ブーツを履いていて本当に良かったと思ったこと。そして、それを提案したのは彼であったということだった。




