12.公然の悪意
「こんな女のどこが良いって言うんだ?」
突然全く知らない男性に品定めされる。
そんなことを言い放たれたら誰だってカッとなるものだ。
私は城内を歩いている途中に突然手を引かれ、知らない男性に問い詰められているところだった。
とりあえず
「どなたですか?何か私にご用でしょうか?」
と尋ねてみる。
彼はどうでも良いような顔をして
「あぁ、俺はエフィジオ・ギアッチ。」
そう名乗った。
頭を掻きむしって
「そんなことはどうでも良いだろ。」
と勝手に話を変える。
そして
「あのシモーネ・デ・ピノンが急に結婚したっていうからどんな奴か顔を拝みに行こうと思ったが、これじゃ会ったかどうかも分かりやしねぇ。」
そう吐き捨てた。
あまりの無礼さに流石の私も辛抱できない。
「ギアッチ家は子爵位ですよね。私は伯爵夫人で実家も伯爵家です。」
これは真っ当な指摘だ。
そして
「私を非難されるのは貴方の自由ですが、いくら何でも失礼だと思われませんか?」
と主張した。
彼は
「はっ。」
癪に障ったのかそうやって小さく笑って
「その言い方あいつにそっくりで面白いな。似た者同士ってことか。」
と言った。あいつとはシモーネのことに違いなかった。
そして彼は話を続ける。
「もうあいつのことは知ってるのか?」
そう尋ねてくる。
「知らないわけないだろうけど。知っててそうやって普通の顔して城を歩き回ってんのか?」
これは質問ではない。嘲笑されているのだ。
「私にご用がなければ失礼いたします。」
私はきっぱりこれ以上話を続ける意思はないという意思表示をした。
どうしてこの人物の質問に答えなければいけないのだろうか。そんなことを強制される筋合いはない。
その場を立ち去ろうとすると
「まだ話は終わってないんだよ。」
と彼に再び腕を引きずられる。
彼は瞳孔を揺らしながら
「あいつは……シモーネはフィリアを嵌めたんだよ。」
その名前に心臓がどくんと高鳴った。
「フィリアから与えてもらうだけ与えてもらってそれで突き放した。どれだけ非情な奴か分かるか?」
そう彼は私に訴えかけた。
「フィリアは今頃牢屋で震えているっていうのに、何で結婚なんかしてるんだよ!」
腕を振りかざされて私は震える。
まさか彼が本当に私を殴るとは思わなかったが、それでも恐ろしかった。その手は壁へと叩きつけられる。
「なぁ、あんたもあいつに口説かれたってんの?」
寒気がした。
城で働くようになってから、いや結婚してからは白黒はっきりできない、自分には理解できないことばかりだった。だからこそ自分の中で考えて、冷静に処理することによってやり過ごすべきだった。しかし、ここまで純粋な悪意をぶつけられるのは我慢できない。
「……可哀想にな。」
そう言った時のエフィジオの粘ついた声色が耳に入るのが耐えられなかった。
「少しよろしいですか。」
と私は呼びかける。
彼が何か口を出す前に私は話し始める。こんな場合、ちょっと失礼なんて許可は必要ない。
「フィリア・トネットさんについては調査中とのことで、そのようなことがあったらしいというような話しか存じません。」
私はまずそう主張した。
「もし彼女を助けたいのであれば、貴方が証拠となるものをシモーネ様以外の人物に持っていけば良いのです。無関係な私に構うような無駄な時間を過ごさずにね。」
それを聞いた彼のこめかみが引きつる。
「あと夫とのことですが。貴族社会において単純な恋愛結婚なんて殆ど存在しません。お分かりでしょう?」
と尋ねた。
そして間髪入れずに
「随分夢見がちなお坊ちゃんだこと。」
そう、間違いなく私は悪意を込めて言った。
こんな他人に悪態をつくことは人生において初めてだった。決して気分の良いことではない。
貴族社会には醜聞なんていくらでもある。皆は結婚後の話をするが、結婚以前にだって様々なことはある。私がそれを気にせず飲み込めるかということと、シモーネを愛しているかということは別問題なのだ。彼には全く関係ない。
どうして私たちがエフィジオのような人物から、偽りの夢物語の中にいるかのように言われなければいけないのだろう。
「この口が!」
そう彼が私を怒鳴ろうとすると
「どの口が、なのよ。」
違う人物の声が聞こえ、場の空気が変わる。ヴェロニカ殿下だ。
黄金の髪を振り乱して私を見ると得意げに笑った。
「何度注意されてもその減らず口は直らないみたいね、ギアッチ子爵令息。」
と彼女は躾けるように言う。どうやらこのようなことは、初めてではないようだった。
「殿下、申し訳ありません。大切な友人が困っていて非常に心が辛いのです。」
そう彼は言った。
しかし
「貴方の主張を教えて欲しいなんて一言も言っていないわ。」
と一喝する。
「私の部下を侮辱するということは私への侮辱とも受け取れるけど、どうするつもり?」
そう問いかけた。
「そのようなつもりは……」
と彼は動揺する。そして、そのまま逃げ去ってしまった。
「どれだけ無礼なんでしょう。」
私はついそう呟いてしまった。殿下に対してもあのような態度をとるなんて信じられなかった。
そして私は彼女の方を向いて
「殿下、助けてくださり本当にありがとうございました。」
と感謝した。
彼女は
「いえ、流石にこのようなことは当たり前の範疇でしょう。」
そう苦笑いしていた。
少し私の部屋で休みましょう、という殿下のお誘いを受け、殿下の部屋に向かった。彼女はいつものようにお茶を、そしてお菓子までも用意してくださった。
「怒った時は甘味に限るわ。」
と殿下は満面の笑みでケーキを口にしていた。お茶を啜ってから彼女はいつもの雰囲気に戻った。
そして話を始める。
「フィリア・トネット事件についてご存知、よね?」
そう彼女は問いかけた。
「少しなら……」
と私が言うと、彼女は少し複雑そうな顔をしてから
「エフィジオ・ギアッチはフィリアの囲いの筆頭よ。そして今回の事件の関与も疑われているけどまだ証拠が掴めていないの。」
そう話す。
これは私が知っても良い情報なのだろうか。
「だから城の中で自由に泳がせておくしかないのだけれど、このような問題が多発していて、そろそろ限界ではあるのよね。」
とのことだった。
「この事件の調査を担当しているのは私なの。だから私から謝らせて。ごめんなさい。」
そう言われて驚く。
「いえいえ、殿下が謝られることなんてないじゃないですか。」
と返すと
「それでも私が責任者だから。」
そう苦笑いしていた。
「あと貴方に何かが起きるとシモーネが怖いわ。」
と話す。それは確実に冗談ではない言い方だった。
「きっと私のお話役を辞めるようにだとか言い出すんでしょうね。貴方も想像できるでしょう?」
そう尋ねられる。私も同じことを思ったのだ。
「でもこの城にはその役割が務まる貴族女性はいないと思うわ。きっとすぐ私も辞めさせてしまうでしょうからね。」
その言葉は私にとっても少し恐ろしかった。
「精一杯努力しますので、どうか。」
と働きかけてみると
「ステラさんの話じゃないわよ。貴方には不満点はないから。」
そう言って大声で笑っていた。
それが止まると
「でも少しセルジョと仲良くし過ぎよね。」
私は思ってもみなかった方向から言葉が飛んできて驚く。
しかし
「それを改善しなさいなんて言ったら彼はきっと私に会いにくるでしょうし、貴方だって友達がいなくなったら困るものね。」
とのことだった。どうやら自分の中で納得したようだ。
「そろそろ外で遊びたいわ。寒い中を走り抜けるのも良いものよ。」
殿下はため息を吐いてそう話し始める。
「私もそう思います。」
と言うと
「貴方も分かる口なのね!?」
彼女は喜ぶことによって声が大きくなった。
コルサーノ領の冬はあまり寒くならず、雪も降らなかったので小さい頃はよく兄と遊んだ。私が本を読んでばかりいるので、見かねた兄たちがいつも連れ出そうとするのだ。そして私が大きくなると今度は反対に私が妹を連れ出すようになった。良い思い出だ。
「じゃあまずシモーネに言わなきゃね。」
と彼女は思い立つ。
「私と城の中にある森へ遠乗りに行きましょう。馬には乗れるかしら?」
そう誘われることになったのだ。




