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13.自由への疾走

「ここが厩舎よ。」

ヴェロニカ殿下が案内してくださる。


 私たちは城の庭園の先にある草原の方まで馬に乗りに来たのだ。


「こんにちは、ヴェロニカ殿下。」

と男性が私たちに挨拶をしてきた。


「こちらは厩舎管理責任者のマルコよ。」

殿下にそう紹介される。


「本日お力添えさせていただきますマルコと申します。ご夫人、どうかよろしくお願いいたします。」

彼は自己紹介をした。


 それなりに年齢が高く見える。優しそうな人物だ。


「貴方はこの子に乗ると良いわ。」

そう言った殿下の方を見ると、彼女が芦毛の馬を撫でていた。


「セーブルという名前なの、是非呼んであげて。」

と言う。


私は

「今日はよろしくね、セーブル。」

そう話しかけてみた。


 セーブルはゆっくり瞬きをする。とても可愛らしい。


「貴方はどれくらいの経験があるのかしら?」

と殿下に尋ねられた。


私は

「実家で暮らしていた頃は毎日少しの時間でも乗っていました。」

そう答える。


「そんなご令嬢もいるのね。」

と殿下は意外そうな反応をした。


確かにこの国の女性の乗馬に対する意識は、人によってはっきり分かれる。しかし、そこまで私が特異であると考えたことはなかった。少し驚く。


続けて殿下は

「あとシモーネが思ったよりもすんなりと許可を出してくれたのも不思議だったわ。」

そう話した。


「シモーネ様は私が乗馬が好きだということをご存知なので。」

と伝えて昔のことを思い返した。


 シモーネが学生だった頃、コルサーノ領に来た際に彼と兄と私で馬に乗って少し散策したこともあった。彼は私に乗馬の習慣があることを知っていたのだ。そのためか今回は特に何も言わなかった。ただ、楽しんできてくださいと言って私を送り出すだけだったのだ。


 そして私と殿下はマルコに補助してもらいながら馬に乗った。


「この感覚、久しぶりだわ。」

殿下はとても嬉しそうだ。


 今日の彼女はまるで貴公子のような乗馬着を身に纏い、髪をまとめていた。いつもの豪奢な印象とは違い、麗しく様になって見えた。


 私は実家から持って来た乗馬着を身に着けた。もう着用する機会もないと分かっていながらも、ついここまで持ってきてしまったのだ。再び出番があって良かった。


「行くわよ。セシリア。」

と彼女は馬に話しかけて向こうの方へ駆けて行った。


 私もゆっくりついて行くと

「上手ね。」

殿下にそう褒められる。


「ありがとうございます。殿下はさすがですね。」

と返事をした。


 殿下は話を始める。

「ペゲッタ領にはこの子を連れて行けないから寂しくなるわ。」

彼女の馬のことだ。

「ずっと一緒だったのよ、彼女とならどこまでも駆けて行けるくらい相性抜群なの。」

少し寂しそうな顔をして笑う。


「分かります。」

私は同意する。


「私にも仲良しの子がいたんですけど屋敷では馬が飼えないので実家に会いに行きたくなります。」

と話すと

「やっぱりそうよね……」

彼女は少し寂しそうに目を細めた。


 空気を切り替えた殿下は

「さ、今日は思う存分走りましょう。」

とセシリアと風を切るように駆け回る。その姿はいつも以上に眩しく見えた。


・・・


「本日はどうでしたか?」

湯浴みを済ませたシモーネは寝室に入ってきた。一足お先に済ませた私は既にシーツにくるまって過ごしている。


「ごめんなさい。先に食事も湯浴みも済ませてしまって。」

と言うと

「いえ、謝る必要はありませんよ。馬に乗った時はお腹も空きますし、早く身体を休めたいですからね。」

そう彼は笑いかける。


 私は

「それでもすごく身体が痛いとかじゃないんですよ。寧ろすごく元気が出ました。」

と必死に話す。心配はかけたくない。


 それに対してシモーネは

「良かったです。」

とだけ言った。


 そして彼に

「セシリアには会いましたか?」

と尋ねられる。


「シモーネ様もご存知ですか?金の毛並みが殿下みたいで美しいですよね。」


 彼は

「殿下もですが、世話係たちもとても彼女を大切にしていますからね。」

とのことだった。


 セシリアはどうやら厩舎の長のようだ。


「私はセーブルに乗せてもらいました。」


その話を聞いた彼は

「私も彼に乗せてもらったことがあります。」

と話す。


 私は今日のことを鮮明に思い出した。青い草の香りも、冷たい風のことも。


続けて彼は

「彼はとても冷静で落ち着いていますよね。」

と話す。確かにそうだった。いつも少し眠そうに見えるのが本当に可愛かったのだ。


 そして私は

「お兄様と一緒に乗馬したことを思い出しました。楽しかったですよね。」

と話を振る。深い意味はなかった。


 間髪入れずに反応が返ってくる。

「えぇ、よく覚えています。貴方の帽子が飛んで行ってとても焦っていたことを。」

結構前の出来事だ。彼は未だに覚えているのかと驚いた。

「もうそんなこと思い出さないでくださいよ。」

恥ずかしくなって、ベッドに入ってきた彼を押し出そうとした。


「忘れませんよ。」

彼は真っ直ぐ私を見て笑いかける。今日はいつも以上に機嫌が良さそうだった。


「そうだ。」

と彼は思い立ったように私の足元へと移動した。

「失礼しますね。」

そう断りを入れて、彼はおもむろに私の足の裏に触れた。


「どうですか?」

彼は私に尋ねてくる。


 どうやら足をほぐしてくれるようだ。乗馬だけではなく、普段の疲れが溜まっていたのか、痛いけれど心地が良い。すぐにでも眠ってしまいそうだ。


「すごく気持ち良いです。」

と私が言うと

「じゃあもう少し……」

彼は手の位置を足からふくらはぎの方へ移動させた。


「張っていますね。」

指摘されてまた恥ずかしかった。


 脚なんて人に見られる場所ではない。しかし、どう考えても自分のそれが一般的に美しいものではないからだ。


そんなことを考えていると

「女性はより靴が歩き辛そうだったり、不便そうですから。」

と彼は呟く。


「大変お疲れな脚ということです。」

そう説明される。どうやら私が勘違いしたことを察して弁解したようだ。

 

 その後も彼は甲斐甲斐しく私の脚の疲れをとるのに専念し続けた。続けて

「今日は香油を塗っていませんよね。」

と確認される。


 私がそのことについて返事する前に彼はドレッサーから香油を持ってくる。

「肌が傷んでしまうので塗っておきましょう。」

そう彼は蓋を開けようとする。


私は焦って

「自分でやりますから。」

と起きあがろうとした。


 しかし私の足が彼の肩に引っかかって彼はベッドで私に跪くような体勢になってしまう。


「ご、ごめんなさい。」

そう言ったものの、今私が動いてしまうと事態はもっと酷くなってしまうに違いなかった。ただ、じっとしておくしかない。

 

「気にしないでください。」

と彼は私の足を持ち上げて元の場所に戻した。


 そして

「転んではいけないのでじっとしていてくださいね。」

そう、まるで子供を宥めるかのように話すのだ。


 彼の手が肌を滑る度に身じろぎをしていた。この状態でいるのは落ち着かない。時間が永遠のように思えた。


 既に彼は明確に私が思っていたような地味で目立たず、生真面目なだけの存在ではないのだ。しかし私を直接的に苦しめたことはない。


 今一番私を私たらしめているのは彼が真っ直ぐに私に注いでいるその視線だろう。今だって薄暗い部屋の中であのブルートパーズは一際明るく光っている。美しかった。


 自分がこんなに無力な人間だとは。人に悪意を向けることができたこともそうだ。毎日違う自分に生まれ変わっている。目にも留まらぬ速さで。それが彼にも見えているのだろうか。


 彼の手は腕を通ってデコルテ、首まで辿り着いた。

「今日は――」

起き上げられて私はそう口を開いた。


「今日は?」

彼は顔を近づけて私の言葉を繰り返すように尋ねる。今にも睫毛が触れてしまいそうだった。


 私はあんなに愛は必要ないと思っていたというのに。そこに存在しなかったから言えただけで、この手にあると手放しがたいものになってしまうものなのだろうか。


 そもそも彼から与えらえるものを愛と形容してもいいのだろうか。


「約束ですから。」

私は確かにそう彼に伝える。

 

「そうですね。」

彼はただ一言そう呟いただけだった。


しかし

「本当に大丈夫ですか?」

そう問いかけられると迷いが出てしまう。しかし、拒絶する言葉も受容する言葉も必要なかった。


「えぇ。」

決して大丈夫とは言いたくなかった。大丈夫ではないから。


 私の後頭部が彼の手に埋まると私は下唇を噛んだ。顎に添えられた手がそれを止めるように唇に触れた。

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