7.毒入りの愛
「シモーネ様は氷のような男性でしょう?」
とある女性は私にそう問いかけてくる。ここは王城の廊下だ。
「触れているととても冷たく感じるのにだんだん感覚が麻痺をしてきて……熱い気がしてきてしまうの。」
それはとても詩的な美しい表現だった。
しかしその言葉の主役が自分の伴侶でない場合にだけ当てはまるのではないだろうか。
「あら、ご夫人にこんなことを言うものではないですわね。」
彼女はカラっと笑った。
私よりもずっと年上の貴婦人だが露わになったデコルテは白く光り輝いており、とても若々しく見える。
「どうでしょう。私には分かりかねますわ。」
そう返すと
「まだ付き合いが長くないんですってね、分からないことがありましたら私に尋ねてくださっても良いのですわよ。」
とまた微笑む。
その姿に一点の曇りも見えないのが余計に恐ろしかった。
しかし彼女の言うシモーネと付き合いの長くない女性とは誰の話であるのか。少なくとも私は彼と兄が友人となった学生時代には出会っている。そこからそれなりの時間が経過しているのだ。
このことがただの誤解であったり、話が転々としてしまった結果であれば私が釈明すればいい。しかし、もし彼自身が作り上げている物語があるとすれば矛盾が発生する可能性がある。
そのことに関して追求されるとすれば彼ではなく私であろう。このような事態に備える想定などしていないので、どうすればいいか分からない。
「ご気分を悪くされましたかしら?どうしましょう……」
返事をしない間にそう思われてしまった。
焦って
「いえ、寧ろお気遣いに感動しておりましたところです。どうかよろしくお願いします。」
と答えた。
この時間の全てが馬鹿馬鹿しかった。早くこの場から逃げてしまいたかったが、またヴェロニカ殿下は仕事でお忙しいのか約束していた時間に戻られなかったのだ。
この少し前の時間のこと。
静かな殿下付きの使用人、セーラは主人が度々約束の時間になっても姿を見せないことが多いことについて、珍しく申し訳なさそうな態度をしていた。その反応から、どうやら私は彼女の中で感情を見せても良いという承認を得られたのではないかと嬉しかったというのに。
廊下で人に呼びかけられて笑顔で振り向くとこの始末だ。どうやら私は王城のような場所とは相性が良くないようだ。最初から分かっていた。それでも指名して下さった殿下や任せても良いと許可を出したシモーネの期待に応えたかったのだ。
しかし私は彼、シモーネについて考えることから逃避していた。それは既に結婚して次の日から始まっていた。
私は貴婦人の例えている言葉が嫌というほど分かるのだ。そして彼に痛いほど分からされたのだ。
私は幼い頃、兄二人に本の虫とよく揶揄われていた。それは本ばかり読んで実際に行動してみようとすることが少なかったからだ。それが嫌でなんでもしてみることにした。全てのことは文字では理解したつもりでも全然その通りではないのだ。
私には知らないことが多過ぎた。それでもあの日、あの彼と初めて夜を過ごした日にその全てを理解したような気分にさせられたのだ。まるで世界を手にしたような。それは大袈裟かもしれない。私は唇を噛んだ。
「あら、そうだわ。」
彼女は思いついたように
「今から友人たちとお茶会をするのだけれど貴方もどうかしら?」
と誘われる。
喉が詰まって声が出ない。全身が拒否しているような感覚に陥る。それでもここで引くことはできない。そう危機を感じたところ
「あ、ステラさん!」
そう呼びかけるのはヴェロニカ殿下だった。
助かったと安堵したが
「ごめんなさいね。もう少し時間がかかりそうだから待っていただけるかしら。」
とのことだった。
「ごきげんよう殿下。」
貴婦人はそう彼女に挨拶して
「突然申し訳ございません。これからお茶会をする予定なのですがピノン夫人を少しお借りしてもよろしいでしょうか?」
と尋ねた。
「あらそうなの。じゃあお茶してくるといいわ。」
そう軽く言って殿下は戻って行ってしまった。
ここから抜け出せるせっかくの機会であったのに。
「じゃあ向かいましょう。ね?」
と貴婦人はお茶会をする場所へと歩き始める。
このようなことが起きてしまうなら、もう少し身だしなみを綺麗にしていれば良かった。
彼女はとても洗練されていた。髪は綺麗に結われているし繊細な飾りが複数着けられており、その全てが何かしらのテーマに合わせてある。そしてドレスとの色の相性も兼ね合わせて考えられているのだろう。貴族女性であればそれなりに考えるものだ。しかし、それは全体を見て良い悪いかといったようなもので、彼女のようにその一つ一つに魂が込められているような華やかさはないだろう。
到着したのは硝子張りの温室だった。
「少し前にやっと許可をいただいた機会なのよ。」
そう彼女は自慢げに説明する。
そこにはもう既に二人の貴婦人が到着していた。彼女と年が変わらないくらいに見えるが、二人もとても若々しく見える。おそらく全員がそれなりの年齢の子供がいることが想像できるが、到底そのようには見えなかった。
そして格調高い晩餐会でしか見たことないようなジュエリーをそれぞれ身に着けていたのだ。それは決して牽制などではなく、彼女はそれが当たり前の社会に生きているということなのだろう。
「まぁ貴方がシモーネ様のご夫人なのですね。」
そう一人に話しかけられて
「お誘いいただきまして参りました。ステラと申します。夫がお世話になっているようで、いつもありがとうございます。」
と挨拶をする。
そのままお茶会は始まったが心配していたほど不穏なものは感じられなかった。お茶がとても美味しい。喉にあるつかえた感覚もいつの間にか取れた気がしていたが――
「それでもまだ処分が決まっていませんから。不安ですわ。」
と別の話題が始まった。
「それはそうです。重い処分が下せないとしてもまた同じことが起こるかもしれないのですから。」
何の話か分からなかったがどうやら重大な事件についてのようだった。
「ステラさんは城で働き始めてばかりですからご存知ではないでしょう?」
と私を誘った貴婦人に尋ねられる。
「えぇ、何かあったのですか?」
そう私から問いかけると
「少し前に城の中で問題があったのです。フィリア・トネットという子爵令嬢がいましてね……」
と彼女の話は始まった。
しかし別の貴婦人が話を変えようとしたのだ。
「そういえばヴェロニカ殿下の結婚が近づいているようですね。」
そう話を始める。彼女は続きを話すのをやめる。どうやら彼女もそのことについて無理に話すのは気が進まなかったようだった。
「セルジョ様ったら何度面会を拒否されてもそれでも嫌な顔をせずに会いにくるんですって。」
「とても健気ですわねぇ……」
私は一口お茶を飲んで考えた。
ヴェロニカ殿下はおそらく干渉されることを最も嫌っているに違いない。それならばせめて形だけでもセルジョ様と普通に接すればいいのだ。それができないほど彼女は子供のようには見えないし、そもそも彼女は私より年上のいい大人だ。精一杯結婚を伸ばして伸ばしきれないところまで辿り着いてしまったようだ。
このように噂されるのもお好きではないようだったし、やはりシモーネの言うように理由があるのだろう。
そんなことを考えているとふと職員たちの話していた噂のことが思い出されてしまう。流石にあの二人が恋仲ということはないだろう。……本当に?全てが疑えるのではと思い始めていると――
「失礼いたします。」
少し無礼にも思えるほどの態度でシモーネが入ってきた。
「妻がお世話になりましたようで大変ありがとうございます。」
彼はそう言ってお辞儀をして私の手を強く引っ張った。
「申し訳ありません。ヴェロニカ殿下が妻に用事があるようですのでこれで失礼させていただきます。」
宣言するようにそう言い残して、外に向かおうとする。
貴婦人たちはその様子にとても驚いているようだ。私はまるで操り人形のように彼に連れ出されることとなった。
お読みいただきありがとうございます。
1話ずつだと話の進みがゆったりなのでできるだけまとめて進められるように善処します!




