5.行動の意図
「思っていたより遅かったわね。」
と殿下はシモーネに対してわざと嗜めるように笑いながら言う。
そして
「何か問題があったの?」
そう尋ねる。同時に私の隣の椅子に座るように促した。
彼は目を瞑り、少し苦い顔をして
「ルデファノ様がいらっしゃらまして。」
と短く答え、着席した。
それはヴェロニカ殿下の兄君に当たる第一王子のルデファノ様のことではないだろうか。
「あぁ、もしかして私を探しているのかもしれないわね。」
そう彼女は呆れたように呟く。
「ご心配されずとも職員ができる限り対応しております。ですので本日はいらっしゃられることはないかと。」
と彼は言った。
どうやら彼は殿下の個人的な事情まで把握しており、そのことに対して自らが中心となって対処しているようだ。
「兄上は兄上で婚約者を追い回して何度も逃亡され、母上に咎められているというのに。」
そう言い放つ。
「自分のことは棚に上げて私の行動ばかり指摘しに来るんだから。何のためにここまで頑張ってきたと思っているのか、誰も分かりやしないわね。」
と彼女は話を続ける。
一口紅茶を飲んだ後にもう一言
「そうね、誰にも分かるわけがないし望んでもいないわ。私が本当に最も愛しているのはこのコヴァル王国だから。」
ヴェロニカはそう宣言した。
その姿は王族として理想的なものに感じられる。
しかし、私には彼女が降嫁する予定について何かしら不満があるように聞こえた。
やはりこの話は聞かなかったことにした方が良いだろう。不満の理由を無意識に探ってしまいそうだったが、知ったとして自分には何の得にもならないに違いない。
「お茶の追加をお願いします。」
殿下のお茶がなくなりそうであるのを確認したシモーネは近くにいた使用人にお願いする。どうやら話が長くなりそうだ。
彼女は手を叩いて
「私の話はいいの。」
と話題を変えた。
「もちろん聞いて欲しいことがある時はお願いするかもしれないわね。」
そう冗談めかしたように笑って話を続ける。
「それと王室を離れるから私の請け負っている業務は少しずつ減らしていっているのだけど。それでもまだ続けていることはあるから、その時間は席を外してもらっても構わないわ。」
どうやら彼女は王族としての仕事を婚前まで続けるつもりのようだ。
「それが貴方の業務よ。これからよろしくお願いね。」
そう殿下と改めて目があってしっかりと伝えられた。
「はい、承知いたしました。」
私はできるだけ誠実に見えるように話した。
「堅いわねぇ。」
そう殿下は言う。
そのことについては私の人生の中でかなり言われた経験のある言葉であった。改めて傷つくようなことはないが、意表を突かれたような気分だ。
「殿下。」
そう言ってシモーネは殿下を嗜める。どうして彼は彼女にそのようなことができるのだろうか。余計に不思議に思ってしまう。
「事実ですから気にしていませんわ、ね。」
と私は近くに座っている彼の手に触れた。そのようなことはやめるようにと念を押してみる。しかし彼は全く気にしていない様子だった。
「どうしてこんなに急いで結婚なんてしたのかと思えば、そういうことね。」
そう殿下は淡々と反応する。
どうやら私たちが短期間で燃え上がった恋愛結婚の夫婦とでも勘違いされたようだ。
殿下とシモーネはとても親しい様子であるのに結婚については何も伝えていなかったのだろうか。あくまでも上司と部下の関係はそのようなものなのだろうか。
「いえ、殿下。差し出がましいようですが――」
今後も付き合っていくのであれば誤解されたままでは良くない。簡単に説明しようと試みる。
しかしシモーネは
「そうです。私が一方的に彼女のことを愛しているので早く結婚したいと望みました。」
となんでもないような顔で彼は簡単に嘘を吐いた。
「私の願いを心優しい彼女は叶えてくれたんです。だからどうか私が彼女に接するように殿下も優しくしてくださいね。」
そう彼は見事に存在しない話を作り上げた。
「えぇ、分かりました。分かりましたから。」
と殿下は奇妙なものを見るように震えた仕草をしてから
「ステラさん、意地悪なことを言ってごめんなさいね。」
そう私に向かって謝罪をしてくる。
「どうか気にしていませんのでそんな、謝られないでください。」
と返した。
先ほど私が嗜めたように、彼は手を伸ばして私の手を強く握る。その行動に驚いて彼の顔を見たが私はこの表情を昼間に見た記憶はない。見間違いかと思い目を逸らす。
「思い出すわ。私の執務室で立ち尽くしていた貴方のことを。」
そう殿下は思い出話を始めた。
「やめましょう。」
とシモーネは話を止めようとしたが、彼女の話は止まらなかった。
「今も変わらないわね。地味で目立たなくて、でも仕事はできそうだし信用は置けるだろうと思ったのよね。」
目を細めてそう語った。まるで遠い過去の話をしているようだ。
「そうね、ほとんどのことは変わっていないわ。それなのにどうしてこんな……」
殿下は続きを喋るのをやめてしまう。
「私を選んでくださってありがとうございます。」
彼はそう言った。
感動的な場面かと思いきや
「おかげで地位を手に入れましたので彼女と結婚することができました。」
結局今回は全てそう着地してしまうようだ。彼がそうしたい意図が掴めない。
次に
「では、彼女とできるだけ長い時間を過ごしたいので本日は帰宅してよろしいでしょうか。」
とまで言うのだ。勘弁して欲しい。
「もう私も満腹だから良いわ、早く帰りなさい。」
呆れた顔をした殿下はそう帰宅を促す。
しかし
「でも、王女である間に長期で休むことになったりなんかして私を寂しくさせないように気を付けなさいね。」
と最後に言い放った。
彼は帰ろうとして立ち上がって私に手を差し伸べた。その手を取るとあっという間に連れ去られる。
殿下に申し訳なく思って何回も会釈をして
「これからどうかよろしくお願いいたします。」
と言ったが、どうやらそれが面白かったのか
「もうやめて。」
そう仰っていたのが声は聞こえなかったが口元だけで分かった。
本当に彼の言っていた通りに寛容な方だ。しかし、いくらなんでも親しげに接するとしても限度があるのではないかというような時間だった。
彼は王城から外に出るまでの間、私の腕をしっかりと組んで少しの隙間もないほどに寄り添って歩こうとした。その様子は通りがかる全ての人々に確認されてしまう。恥ずかしくて仕方がない。
馬車に乗り込んだ際、やっと離れることができた。緊張がおさまる。私は人に見られることだけが恥ずかしいのではない。まだ彼と近づいたり触れ合うことに対して慣れない気持ちがあるのだ。
彼は馬車の中で話を始めた。
「殿下には長年の婚約者がいるんです。」
それは有名な話だった。誰もが羨む完璧な伯爵令息、セルジョ・デ・ペゲッタのことだ。
ペゲッタ家は伯爵家の中でも際立って由緒正しい一族であり、王家に忠誠を尽くしていた。そしてセルジョは物心ついた時から他の家々から縁組が提案されるほどの様々な才能を持っていた。勉学、剣術、美術そして極め付けはその美貌だ。彼が青年になった暁にはどのような女性も、男性さえも見惚れてしまうような彫刻のような容姿となった。
しかしそんな彼は早くに王女の降嫁先に決まってしまい世の貴族たちは残念がった。それはもう二度とひっくり返らないことだからだ。
しかし、彼らが最も驚愕したのはその点ではなかった。王女は徹底的に彼を拒絶したのだ。まるでこの世界に彼が存在しないかのように。
王女は生まれた時から蝶よ花よと育てられているから、自分よりも優れている相手を愛することはできないなどと嘲笑する人々もいた。確かにセルジョ様は気の毒だが、殿下にとっても望んだ縁組ではないのだから、複雑な気持ちをお持ちなのは想像に容易い。
「世が言うようなそのような、簡単な話ではないんですけれどね。」
彼は意味深長な言葉をそっと呟いた。
毎日更新できておらずすいません。
こちら公募に応募した分で、講評が返ってきましたので修正しながらの投稿となります。
更新までお時間をいただくと思いますが、次回もよろしくお願いします。




