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33.不変の星

 穏やかな春がやって来た頃、ヴェロニカ殿下はペゲッタ領へと向かわれた。


 そんな中、私とシモーネは執務室の閉鎖と引っ越しの準備に追われながらも、束の間の休日を過ごしていた。


 ついに私たちは初めてデートをするのだ。


「ステラさん、そちらが話していらした新しいネックレスですか?」 

シモーネはテーブルに置いてあるそれを眺めていた。


 実はもっと前に完成しており、ミリに受け取ってもらっていた。しかし、あまりにも大変な日々が続いていたため、着用する機会がなかったのだ。


「そうなんです。」 

と返事をすると、彼は眩しそうに笑った。

「よくお似合いになりそうですね。私が着けてもいいですか?」

彼にそう提案される。


このようなことにはまだ慣れていなかった。ぎこちなく思えたが

「お願いします。」

と頼むことにした。


 デコルテが華奢なネックレスによって繊細に飾られる。

「素敵です。」

とシモーネは穏やかに微笑んでいた。彼は心の中で私の込めた意図を全て見透かしているような気がしたのだ。


 このネックレスのデザインはあのブルートパーズのネックレスのデザインをそのまま小さくしたデザインだった。そしてブルートパーズはグリーンがかったオパールへ、イエローダイヤはくすんだブルーのスピネルに変更されている。


「これだと重くないですね。」

と彼は私の肩に触れたが、それはまるで試されているようだ。


「そうですね、重くないでしょう?」

そう問いかけ、彼の手に触れた。しかし、すぐに彼は手を引っ込めてしまう。


 最近の彼はずっとこんな調子だ。何を考えているか私に分からないわけがない。そして、彼自身もそれを隠そうとしていないのだ。その方がよっぽど健康的ではあるが、私にはまだ対話を試みることが難しい。


 鏡の中の自分はオパールに触れている。これはできるだけ私の髪の色に近いものを取り寄せてもらったのだ。もっと自分を愛せるようにと願って。


 そして周りを取り囲むスピネルは彼の髪の色。いくらネックレスとして見た目を小さくしたとはいえ、私にとって決して軽いものなどではない。


「では、行きましょうか。」

そう言って向かった先はブティックであった。


 引っ越し先である領地は穏やかな場所だ。一方で、夏には非常に暑い日がある。お互い実家にある服を持って来てもらうだけでは、あまりにも心許なかった。そのために発注した衣服などの確認にやって来たのだ。


「いらっしゃいませ。」

と店主が挨拶をする。その人物は職員を呼び、私たちが注文していたものを次々と出してくる。どれも大丈夫そうだと思っていたが、私の目的は別のところにあった。


 私はシモーネにまだ贈り物をしたことがなかったのだ。それで彼に何か渡せたらと考えたものだ。しかし、本や筆記用具は少し味気ないし、自分の好みがあるだろう。


 確かに装飾品にも彼なりの好みはあるに違いなかったが、まだそちらの方が適切なものを選ぶことができると考えたのだ。


「シモーネ様。こちらはどうですか?」

そう言って彼に視線を向けようとした先にあるのは星型のカフスボタンであった。それがどうしても目についてしまったのだ。そして、どうしてアクセサリー類がブティックにあるのだろうかと疑問に思う。


「それは近くにあります、宝石商との共同商品なんです。」

と店主が言った。


 近くには同じように星を基調とした衣服が並べられている。どうやらこのような雰囲気で発注することができるという見本のようだった。


「星は好きですね。」

そう言って彼はカフスボタンを見つめていた。


 彼はパーティで着用するような華美な礼服を持っている。しかし、普段着用しているものはあらゆる無駄が省かれていて、逆に洗練されているようなデザインのものが多かった。自分から言っておきながらも、このようなものに興味があるかどうか不安になってしまう。


「プレゼント、させていただいてもいいですか?」

恐る恐る尋ねてみると

「……良いんですか?」

彼は目を大きく開いて驚いていた。


 どうやら全く好みではないわけではないようだ。


 そのまま店主に一緒に包むようにお願いし、支払いをする私を見て彼は信じられないような顔をしていた。


「良かったら着けてくださいね。」  

そう言って箱を渡すと受け取って

「ありがとうございます。」

と真剣にお礼を言うだけであった。

 それは喜んでくれていると思っていいのか悩む反応だった。

    

 その後、街を見回ってから屋敷の皆には暇を取ってもらったので、夕食はそのまま外ですることにしていた。


 シモーネが予約を取ってくれていた店に向かう。すぐに席に案内してもらうことができた。


 少し時間が経つと美味しそうな料理たちが運ばれてくる。もちろん屋敷の料理もとても美味しい。それでも料理人のジェフは首都育ちで、私とシモーネの故郷である西部地方とは食文化が違うのだ。そして、ここは西部料理の専門店である。


 私たちは実家に帰る機会もないまま南部に向かうことになった。当分、西部料理を食べるのは難しいので、彼なりに気を遣ってくれたのだろう。そして彼自身も故郷を懐かしんでいるに違いない。


「美味しいですね。」

そう伝えると

「そうですね、良かったです。」

と彼は笑う。


 以前の彼は自罰的になって食事を摂らないことがあった。それに加え、部屋に閉じ籠ったりしていたが、そのようなことはもうしなくなった。


 必要がなくなったと言う方が彼の認識として正しいのかもしれない。ただ、そのような姿を見ていると、あまりにも心が痛かった。


 ただ、食に関心がないのであれば無理強いはしたくはなかった。しかし、そうではなかったのだ。彼なりに自分が楽しく過ごせる方法を取り戻せているようで本当に良かった。今も美味しそうに料理を食べているのを見るだけで涙が出そうだった。


 屋敷に戻ると既に夜の帳がすっかり下りている。私と彼は湯浴みを済ませた。

  

 ベッドからカーテンの隙間を覗く。その景色を見た私は

「夜空が綺麗ですよ。とても。色がより濃く、深くなってきました。」

とシモーネに話しかけた。


 彼の星が好きという話について思い出したことがあった。彼がコルサーノ領で星の話をしていた記憶が残っている。


 しかし、結婚してからというものの私はこの場所の星空を眺めることはなかった。愛着が湧く前にここを離れてしまうことになってしまった。そう考えている隣で、彼は本に夢中になっていた。


 私も本を読むと周囲のことが見えなくなってしまう。人のことは言えないが、この時間くらいは私のことをちゃんと見て欲しいと願ってしまう。


 いつの間にか随分と我儘になってしまった。しかし、その一方で以前は見られなかった彼のリラックスしている姿を見ることができるのも嬉しいのだ。


 目線を自身の手まで下げて少し拗ねていると

「本当に夜空が美しいですね。」

彼はより上の位置でカーテンを掴んで私越しに夜空を眺めていた。後ろを振り返るとあまりにも近くにいるので心臓が高鳴る。


 手に握られている本を覗き込んだ。どうやら彼が読んでいるのは星の本のようだった。


 それに気付いた彼は話を始める。

「星は作られたものではありません。生まれた瞬間から頭上にあるものです。そして人々はただ光っている様子を眺めるだけではなく、さまざまな解釈に用いることを試みました。」

そう話す姿はとても楽しそうだった。まるでコルサーノ領で過ごした日々に戻ったようだ。

 

「星から時を導き、未来を予測し、物語や神話を追想しました。その全てに子供の頃は魅せられました。」

彼は本当に最初の人生について話していた。


「星はいつでも変わりません。変化がないことに思い悩むことが沢山ありましたが、それでも変わらないことに安心を覚えることはあります。」

そう伝え、彼は私を真っ直ぐと見つめた。     

 

「本当に綺麗だ。」

彼はそう再び感嘆の声を上げた。外を見ていたわけではなかった。その瞳に映っているのは私だ。


 その唇が近付くと私の心までを全て奪ってしまう。何度も何度も今までそのようなことを繰り返しているというのに、私の心は彼に抗うことができなかった。

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