29.砕かれた幻想
結局フィリア・トネットの真実を明かすには、エフィジオ・ギアッチを利用するしかないのか。裁判室に入ってくる彼を見て唇を噛んだ。
私はこの計画について最後まで否定したかった。彼に復讐をさせてはいけないと考えていたのだ。しかし、彼ほど適任の人物はいなかった。
彼女と距離が近いと皆が知っており、どのようなことを口走ったとしても不思議に思われない人物。
「エフィジオ・ギアッチ氏、発言をどうぞ。」
進行役に促され、彼は一歩前に進んだ。
そしてこう言うのだ。
「彼女は複数の人間と関係を結んでいました。私はそれを知っていながら、彼女に求愛していました。」
彼は私と同じだ。悪魔を愛し、地獄の門の前に立っている。
その言葉を聞いてフィリアは顔を赤くした。彼にそんなことを告白されるとは思っていなかったのだろう。
「何言ってるのよ!貴方も、いえ誰とだってそんなことをした覚えはないわ!」
と怒り叫ぶ。
いくら彼女が毒華であったとしても実体としての清らかさだけは失わなかった。貴族女性であれば分かることだ。
「私は全ての罪を飲み干したとしても構わないほど、彼女を望んでいました。そして求婚もいたしました。」
酔狂な様子は見えず、淡々と話し続ける。それはあまりにも不思議な様子であった。
彼が話す度に傍聴している人々は感嘆の声を上げ続ける。全てが消費されていくことに関して気分が悪くなった。私が目を背けようとする度にシモーネは背中をさすってくれた。しかし、そんな様子も人々にはどのように見えているのだろうかと意識してしまう。
「しかし彼女から返ってきたものはただこれだけでした。この、手鏡です。」
そう彼が寂しげに呟いた途端、人々の口から彼に共感するような落胆の声が聞こえた。
つまりこうだ、"私に求婚をする前に自分の姿をしっかり見なさい"という意味に捉えられるということであろう。
「そんなもの知らない!全部嘘よ!真実を明かしなさいよ!真実を!」
とフィリアは叫び続けている。
進行役が
「では、自身の手でご確認ください。」
と伝える。
使用人によって手鏡はフィリアのもとへ運ばれていく。彼女はそれをとても恨めしそうに眺めていた。
フィリアは手鏡が手元に到着するなり、柄の部分を握って持ち上げた。自身の姿を写した瞬間。強い光が現れ、それは彼女の身体を貫いていた。
彼女の手元にあるのは普通の手鏡ではない。真実の神器だ。
私たちは絶対に彼女の幻惑を破壊する必要があった。そして彼女に最初の人生を見せないようにするべきだった。
そして私が考え出したのは別に巨大な鏡を用意し、彼女が手鏡に映った瞬間に挟み撃ちにするということであった。真実が彼女を貫くように。
裁判室の後ろからセーラが大きな鏡を掲げている。
私たちの計画は成功した。しかし、今起きたことについて気付いたのは神器に関連する人物たちのみだった。
いつの間にか側にはヴェロニカ殿下がいらっしゃっている。
お辞儀をすると
「そんなに堅苦しくする必要はないわ。」
そう言って笑っていた。
きっと彼女の肩にもあった、あまりにも大きな責任がやっと降りたのだ。解放された喜びがあるのだろう。
「少しこの場を借りてもいいかしら?」
と殿下は進行役を呼びかけた。彼は恭しくその場から降りていく。
「皆さん、フィリア・トネット事件の調査は終了いたしました。貴族を含む関係者は時を待たず処分が下される予定です。」
そう彼女が言い放つと部屋全体がざわめき始める。
彼ら自身に心当たりはなくとも、貴族社会に大きな変化がもたらされるに違いなかった。
「そしてフィリア・トネット本人にも麻薬の乱用症状が見られたため、正常な調査ができないと判断しました。それによりこの問題に関してはこれ以上不問とします。」
との発言に対し
「それはおかしいのではないですか!」
そのような批判の声が聞こえてくる。
「フィリア・トネットの動きに警戒するようにとシモーネ・デ・ピノンに命じたのは私です。ですので私が責任を取ります。」
と宣言した。時が止まったかのように空間に静けさが漂う。
しかし、殿下の声はそれで止まることはなかった。
「降嫁し次第、王族に関連することに対して一切関わらないことを誓います。」
そう言い放ったのだ。
「私からは以上。」
と彼女が去って行こうとすると
「ちょっと待ちなさいよ!なんで私がそんなわけないじゃない!正気じゃないのはそっちでしょ!」
フィリアは声を枯らして叫び続けていた。あの美しい声はどこへ行ったというのか。
ヴェロニカ殿下はそっと彼女に近づいていった。
決して急いだりはしない。ただ静かに部屋から連れ出されようとする彼女に歩み寄っていったのだ。
「いい加減大人しくしなさい。」
殿下はそれだけ伝えた。そして早く連行するように命じる。
殿下の部屋に戻った際、未だ知らなかった事実が伝えられた。
「フィリア・トネットは全てを諦め、復讐に賭けたように見せかけていただけ。実際そうではなかったのよ。」
と殿下は話す。
「彼女は綺麗事を言うけれど本当に綺麗なものではないの。本当の愛なんて知らないのよ。自分さえも愛せないのだから。」
それはあまりにも悲しい響きであった。
やはり彼女は信奉者たちを使って、計画を再開させようとしていた。つまり妊娠は目眩しだったのだ。
しかし、それに気付いていたシモーネによって調査はさらに続けられていた。難航していたことも比較的難しくなく、あっけなく解決できてしまったのだ。
「そして彼女はそのうち滅んでいくでしょう。全ての処罰が終わる前に。」
と殿下が呟く。
シモーネが
「どのようにですか?」
そう尋ねたが
「分からない。」
と言う。
「私の先祖には使用した者はいなかったから。」
そう以前にも話していたことを思い出した。
でも一つ、最も不思議に思うことがあった。それを彼女に尋ねた。
「どうして幻惑の神器がコヴァル王族でもない彼女の前に現れたと考えられますか?」
それを聞いた殿下は
「良い質問ね。」
と喜んでいた。殿下もそれを話したいと思っていたようだ。
そして彼女はいつものようにセーラに何かを頼む。
私は
「大変なお仕事を務めてくれてありがとうございました。」
とセーラにお礼を伝えた。
彼女はとんでもないというような顔をして笑う。おそらく彼女は殿下の身にあったことについて知っていたのだろう。
甘さが歯に染みるほどのシロップ漬けの揚げ菓子を目にも止まらぬ速さで平らげ始めた。
そんな殿下はこう話し始めたのだ。
「私はそのことについては一切不思議に思っていないの。寧ろ前例は記録されていない方に多くあるはずよ。」
と言った。
「幻惑の神器が目の前に現れたと書き記している王族には共通点があるの。」
それを聞き、私は唾を飲み込んだ。
「既に何かしらの問題を引き起こしているということよ。」
まさか先祖の行動について批判するとは思いもよらなかった。
「だからこそ彼らは幻惑の神器について幸運だとは思わず、神の罠として書き記したようだったの。誰一人も自分の過ちを誤魔化そうとしなかったと考えるとすごい気はするけど、かえって不思議よね。」
と彼女は笑っている。
「彼らはそこで踏み止まって悔い改めることが重要であると考えたようなの。つまり今回の人生で引き起こしたことではなく、前回の人生でこの国を、貴族社会を滅ぼした彼女に贖罪の意思はあるかどうかを神器は確認したくて機会を与えたようね。」
それはつまり
「彼女は神の与えた機会を拒絶したということになるわ。それがどれほどの罪になるかなんて予想できない。だから今まで王族以外の前にも現れたかもしれないし、現れなかったかもしれない。そしてこの現象はこれからも続いていくはずよ。」
そう言って目を細めていた。
「ただ、もうこれが必要になることなんてないと願うけれど。」
と呟いた彼女の手には時戻りの神器が握られていた。
それは絢爛な淑女の手にあるには少し不釣り合いだった。古めかしくも繊細な懐中時計だ。そして、手鏡と同じく林檎の意匠が施されていたのであった。
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ここから最終回まで2話更新で進んでいく予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいです!




