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28.毒華の目覚め

「まぁ、なんて可愛らしい女の子なんでしょう。」


「とてもお綺麗ですね。貴方のような女性は見たことがありません。」 


 私の人生においてそのような褒め言葉は決して特別ではない。限りなく日常に近いものであった。


 幸運はそれだけではなかった。生活に困らない。それどころか、有り余るほどの財産が常に私の身の回りに存在した。


 そのようなもので形作られていったのだ。フィリア・トネットは。そしてこれからもそうあり続けなければいけないはずだ。


 格別に裕福な平民、豪商の長女として生まれた私に手に入らないものなどはなかった。


 幼い頃はよく喋り、よく走り回っていた。そのため両親や世話係を困らせていた。それでも貴族並みの教育を受けた私はどこからどう見ても淑女として育った。


 しかし、成長というもの、そして知識を得るということは残酷なものだ、ということを身を持って知る。


 私の実家は有り余る資産を持っていて、この世に存在するものなら、いくら難しいものでも手に入れることができる。それでも、爵位だけは持っていなかった。


 そしてそれの存在は社会の中であまりにも大きな意味を持っていた。私の長所だけでその欠点を拭うことは難しかった。


「本当にお嬢様は素敵ですが、されど平民ですからね。」

私よりも人脈も持っておらず、趣味の悪い衣服を身に纏っている貴族にそう指摘される。そのようなことが最も耐えられなかった。 


 そんな私に天は新たな幸運を与えた。トネット子爵という貴族が私を養子に迎えたいと提案しにやって来た。


 彼は政略結婚によって強力な繋がりを持ちたいと考えていた。しかし、自身の妻になかなか娘が生まれないという状況であった。


 そこで私の噂を聞き、彼本人がわざわざ屋敷までやって来たのである。これは驚くべきことであった。あの貴族が平民を訪ねてくるのだ。

 

「これは、想像以上だ。」

それは子爵が最初に私の姿を見た時に出た言葉であった。


 私は確信した。その場所でもきっと上手くやれる、と。


 しかし、私に待ち受けていたのはただ鎖に繋がれ、思うように動かされるだけの日々だった。

 私が嫌っていた傲慢な貴族の姿がそこにあった。最初は兄たちの粘ついた視線から逃げ延びるだけで精一杯であった。


 それでも私は負けることはなかった。どうして私が恩義のある実家を出てしまったのか。


 いや、私はまだそこに所属していたのだ。密かに繋がり続けていた。なぜなら実家には財産ならいくらでもあった。財産があれば何をするのも可能だ。


 いつしか屋敷中は私の息のかかった使用人ばかりになっていた。あんなに恐れていた兄たちはもう視野にも入らないほどくだらない存在だ。


 その頃には子爵も気付いていたかもしれないが、既に私は社交界で花開いていた。手遅れなほどに美しく、満開の時であった。


 どんな人々も美しさには抗えない。抗った瞬間からその人物は咎人になるのだ。この世界の軸から外れてしまったという烙印を押される。


 一方、私は貴族社会を崩壊させる計画を企てていた。


 しかしそんなある時、一人の男性に出会ってしまう。それがシモーネ・デ・ピノンだ。


 彼は私の取り巻きのどの人物よりも決して華やかではない容姿だった。初めて話しかけられた際には、あまりのつまらなさに拒絶してしまいたかった。


 しかし、その人物が最も破滅そのものを纏っているということに私は気付かなかったのだ。気付かないまま、彼を便利屋として使えるだけ使ってしまおうと考えていた。


 仮にも彼は伯爵令息であり、自分のプライドを満たすのには最適であった。ただその時は気分は良かったのだ。


 シモーネの秘められた熱に触れた瞬間、純金でできた私は形を変えられてしまった。何よりも彼が欲しくなったのだ。


 ただ私が本当に欲しかったのは虚飾ではなかったのだ。そこにある現実、本質だったのだ。彼はまさしくそれであった。

 

 しかし、彼は私の望んでいるものを与えてくれることはなかった。


 いつの間にか手遅れになっていた。気付いた時には惨めにも牢屋の中で過ごすことになってしまった。


 それでも私にとって大きく変わったものなど何もなかった。牢屋の中では贅沢はできない。それでも貴族になってからというものの、ずっと牢屋の中にいるような気分であったのだから。


 時が経ち、彼が結婚したという話を聞いた。相手は伯爵令嬢。悲しくもその人物は人生の全てを彼に利用されるのだろうと思っていた。


しかし、彼女は最も簡単にこの城へとやって来た。私が彼にいくら願っても与えてもらえなかったものを"持つ者"だった。


 頓挫した計画については周囲の人々を使えば立て直すことは可能であった。しかし、それ以上に私は自分の存在を賭けても彼を、彼の存在を揺るがせたかった。


 そんな私に天は再び幸運を与えたのだ。光り輝く三つに割れた皿。どんな幻惑でさえも叶えるというそれを飲み込むことに関して、少しの躊躇いもなかった。

  

 このような選択はいつだって私の人生においてありふれていたからだ。


 最初はステラ・デ・コルサーノになりすました。初めて彼の本当の情熱に触れた時はまるで夢のようだった。


 しかし、その後に訪れたのは恐ろしい検分であった。私はか弱い貴族令嬢ではない。逃走することに成功した。ここで終わることはできなかった。


 次は王女様の使用人になりすました。近くで見たステラ・デ・コルサーノは王城で働く基準にも満たない、華やかさのかけらもない女性であった。


 全ての女性は原石となり得るかもしれない。しかし、彼女からはそれを磨く気持ちすらも感じられないのだ。人生に疲れ、諦めている。


 それなのにシモーネの愛を一身に受け止めている。私からすれば、そのようなことが最もおぞましかった。自分の価値基準で判断できないものだからだ。


 そして私は決心したのだ。この身に破滅を宿らせるということに。 それは楽観的な感情を一切否定するようなものであった。あまりにも現実が降りかかってくるのだ。


 冷たくて暗い牢屋に対して何も思うことはなかった。不調の中では全てのことを許すことができない。現実と幻想が入り混じる。


 私は私を見失いそうであった。きっとこの、フィリア・トネットでなければ耐えることはできなかったであろう。


 身重の私は牢屋から裁判室へと連れ出された。本来であれば個人間で判断、決定される出来事だ。しかし、彼は高官にあたるのだ。事実であれば何らかの処分が必要だ。城で解決することとなる。      

   

 扉が開かれた途端、私はほくそ笑んだ。もうこれ以上負ける気はしなかったからだ。私の思い通りにならなくとも、一度ひび割れてしまったものはもう二度と元には戻らないはずだ。


 そしてシモーネはこう言うのだ

「私は姦淫の罪を犯した事実はありません。」


 そう、私は彼と決してそのようなことをしたことはなかった。いくら歓楽を享受していたとしても、私の辿り着くべき姿は誰かの花嫁であったはずだ。それを自ら破壊するような行為は決してしてはいないのだ。

  

 進行役が    

「では、フィリア・トネット嬢の交友関係について知る者を証人として呼んでいます。入室ください。」

と呼びかけた。


 そこにやって来たのは私の忠臣、エフィジオ・ギアッチであった。これはまた、予想外だ。


 演台の前に立つと彼はこう宣言した。

「私、エフィジオ・ギアッチがこれから述べることは真実であると誓います。」


私はあまりにもおかしくて笑ってしまった。彼の言う真実とは一体何であると言うのだろうか。


 夢見がちで精神が実年齢よりも幼い。頭が切れるかと思えばあまりにも繊細で欠点が多い――忠臣ではあったが中核の存在ではなかった。たくさん気を遣ってはやった。結局のところ広告塔としては役に立ったからだ。


 しかし一体彼に何ができると言うのだろうか?……私に復讐しようなど考えているのだろうか。


 彼の様子を注意深く伺っていると、取り乱している様子はない。消沈もしていないようだった。ただこんな状況は私にとってはつまらないとしか思えないようなものであった。

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