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27.運命の悪戯

「本当に大丈夫ですか?」

シモーネは何度も私にそう尋ねてくる。


「えぇ、毎日続けていればいつかは慣れるはずですよ。」

と答えた。


 今日も私の首にはあのネックレスが掛けられていた。


「それは記念品のようなものですから。貴方の肩や首が痛くなるまでに新しい物を用意しますのでどうか。」

そう彼はお願いしてくる。


 しかし

「結構です。ミリにお願いをして既に新しいものを注文してもらったので。」

あっさりと返した。 


それを聞いた彼は 

「そうですか。」

と返事をする。


 私はもしかして気を悪くしたのではないかと思い、振り返って見ると――笑っていた。一体どのような感情だろうか。


 以前であれば見て見ぬふりをしたかもしれない。しかし、もう私はそのような選択をしないのだ。

 

「どうして笑っているんですか?」

と尋ねてみる。


「……可愛らしいなと思ったんです。」

そう彼は目を細めている。まるで何かを噛み締めるかのように。


 しかし 

「いえ、これは揶揄っているわけではないんですよ。」

と焦ったように彼は釈明した。


 私は何も言っていないというのに、ころころと表情が変化するのが面白かった。


「確かに貴方には真っ直ぐな趣味趣向があるということは存じています。貴方を取り巻く全てにおいてこだわりがあるということも。」

そう彼は話し出す。


「それでも基本的にあなたは人のために自分の世界を捻じ曲げられる人ですから。それは私にとって心苦しくもありました。そこにつけ込んでいた人物が言う事ではないですが。」

気まずそうに苦笑いをしている。


「今、貴方が自分の世界を新たな形で取り戻そうとしている姿が眩しいのです。変わらないといけないなんて思わないで、どうか自由に過ごしてください。」

彼は立ち上がって私の後ろに立つ。


「そのためにこの世界を作ったのですから。私はちょっとした付属品です。必要がなければそっとどこかに置いておいて、必要な時にだけ呼んでください。」

そう話して笑っていた。


 彼は笑顔でさえ少し冷たさを感じる時があったが、今は違う。そう見えていたのはきっと、その背中にあまりにも重いものを背負い過ぎていたからだ。 


「……今でも良いですか?」 

私は彼にそう尋ねた。


「今、ですか?」

予想外の答えに彼は再び驚いているようだ。


「ええ、今です。」

と私は頷き

「口紅はどっちの色が良いですか?」

そう問いかけてみる。


 彼は私が持ち上げた二つの色をとても真剣な顔で見比べている。その姿があまりにも仕事をしているかのように真面目なので面白くなってきてしまう。


「別に好みで良いんですよ。」

と言うと

「ではこちらで。」

彼が選んだのはくすんだローズピンクであった。薄い薔薇色の中に鉛を溶かしたような色だ。


 私に似合うのはどちらか決めかねていたようだ。だとしてもこれは聞くべきだろう。


「理由はありますか?」

と尋ねる。


 彼は

「どちらも素敵ですが。ドレスが生成色ですので、濃い色よりも薄い色の方が良いかと。」

そう答えた。


 完璧な回答だ。しかし、それでは私は満足できなかった。  

            

「選んで下さってありがとうございます。」

と言って立ち上がった。


 次の瞬間、彼の口元にキスをする。口紅がべったりと唇の横についた。シモーネは言葉を失っている。


「準備は終わりましたので、行きましょうか。」

そんな様子の彼を気にせず、私は玄関の方に向かおうとすると

「ステラさん、ステラさん。ちょっと待ってください。」

シモーネは焦ってそう話しながら、顔を拭いて小走りでやって来た。その様子を少し恥ずかしそうに屋敷の人々は眺めている。


 全ての問題が解決したわけではない。それでも、こんな風になれるとは思っていなかった。


 まだ不思議だ。もう彼の顔を見ても激しい感情に襲われたりはしないのだから。


・・・


「その手鏡が、ですって?」

ヴェロニカ殿下は彼女の部屋のテーブルに置かれた手鏡を興味深そうに眺めていた。私の身に起きた話を聞いて驚く。


 私たちは彼女の部屋で今までのことを報告したのだ。もちろんセルジョ様にも確認済みだ。


「信じられないと言いたいところだけど、確かに私たちが時戻りをしたのは事実よ。絶対にないとは言い切れないわね。」

と話す。


「それで。彼も前の人生を見て、既に知っていると言うのね。」

そう彼女は呟いた。


 確かに殿下にとって最も気になるのはセルジョ様についてのことだろう。


「はい、そのようです。」

先ほどセルジョ様と二人で話していたシモーネははっきりと答える。


「そう。」

それだけ言って、殿下はこれ以上自身のことについては話さなかった。


 しかし彼女の話はこれで終わりではなかったのだ。

 

「これは貴方にも伝えていない話だけれど――」

そう殿下はシモーネに話そうとした。話題は変えられる。


「そうね、これはコヴァル王族に伝わるものの話よ。」

彼女はお決まりのように紅茶を一口飲み、セーラに何かを頼んだ。


「王族に代々伝わっている時戻りの神器は古代魔法が使えた民族から購入した品物であったの。

と話し始める。


「当時の王は言い伝えについては信じていなかったわ。もちろん私が使用する前にも誰も使用許可を得られなかったみたい、と言うよりも使用するような危機はなかったと言う方が正しいかしら。」

どうやら統治に対して抜群の能力を持っていた一族はこの国の存在を脅かすようなことには決してしなかったようだ。


 しかし

「その時から王族の周りで妙なものが現れるようになったの。それが幻惑の神器よ。」

突然非現実的な言葉が現れ、奇妙に思う。一体それは何であると言うのか。

 

「突然、無機物が欲望へと誘うような言葉を囁くの。お前の願う姿へいかなるものもいかなるものへ変化させることができる、って。」

なんて気が惹かれる誘惑だろうか。


「しかし誰一人その手に乗らなかった。ある先祖はそれについて調査して結果を書き記したわ。それは三つに分かれていて一つずつ口に入れるの。それだけでも十分おぞましいわよね。」

そう言って殿下は笑った。そしてセーラに用意されたプディングを食べて始めている。

 

「三つに割れているってことは、三回しか使用できないということのようね。そしてどんな純真なことを願っていたとしても口に入れたものは顛落してしまうのよ。」

彼女は話しながらすごい速さでそれを平らげていく。 


「時戻りの神器は例外として神器の形状と魂が常に同じという状態は珍しいそうなの。そして神器は神器を呼び寄せる――つまり今の状態のことよね。」

と彼女の説明は終わった。皿の中は既に空っぽだ。 


 シモーネはその説明を聞いて考え込んでいた。いくら彼が時戻りの中心人物であったとしてもあまりにも信じ難い話だ。


 そう考えていると 

「では、もしかして。この手鏡がその幻惑の神器と対に当たるものであるということでしょうか。」

と彼は尋ねた。


 私はそのような考えには至らなかった。あまりにも納得してしまい声が出てしまいそうなほどだった。


「おそらくね。私もそう考えているわ。」

そう殿下も頷いている。


 話はまだ続いていたが、セーラがこちらにやって来て殿下に耳打ちをする。それを聞いた殿下は目を大きく開いていた。


「どうしてそれを早く報告しなかったのかしら?」

どうやら怒っているようだった。


「まあ、処分は後にするわ。」

と冷たく言い放った。


 しかし、どうやら悪い知らせではなかったようだ。彼女は口を釣り上げて笑っている。


「どうやら私たちの考えていたことは当たっていたようよ。」

そう呟いた。  


殿下は報告について、私たちにすぐは話さなかった。


 そして

「幻惑の神器と対であるということはその手鏡も使用回数が同じく三回ということでしょう。」

と指摘する。


 それはつまり。

「セルジョとステラさんが前の人生を見ることでもう既に二回使用してしまっているわ。あと残り一回ということよ。」

 

「そしてそれを確実にフィリア・トネットに使わなければいけない。」

私はその一言で全てを理解することはできなかった。一体どういうことなのだろうか。


 殿下はやっと本題について触れる。

「牢屋で使用されていた皿、彼女に提供された食事に使用されたものが一つ消失したの。そしてその痕跡もない。彼女はおそらく既に三回神器を使ってしまっているわ。」

と言い放った。


 彼女は、フィリア・トネットはどうやら一線を超えてしまっていたようだ。

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