19.剥がれない仮面
私は拾った指輪を手の内に感じながら殿下の部屋の前で佇んでいた。
報告義務があると分かってはいても、この話をすることが躊躇われたからだ。フィリアがどのような話をしたかということは、殿下自身に対する追求にもなってしまう。殿下が何も知らないはずはないのだ。
一度深い呼吸をして扉をノックする。
「ヴェロニカ殿下、ステラです。少しお話しがあります。長くなりそうなのですが、お時間は大丈夫でしょうか。」
と尋ねる。
「まず部屋に入って用件を話してみて。」
そう許可が出たので入室する。
「失礼します。」
と部屋を見ると既にテーブルの上にお茶とお菓子が用意されている状態であった。
「お休み中のところ申し訳ありません。」
そう謝ると
「大丈夫よ。」
と言う。彼女は焼き菓子を口に入れようとしているところであった。
「それで?」
いざ尋ねられるとどう話し始めていいか分からなかった。
とりあえず手の内にある指輪をテーブルの上に置き
「これについてご存知ですか?」
と問いかけてみる。
それを見た彼女の顔は驚きと焦りに満ちていた。これは私の想像通りフィリアの象徴的な物品であったのだ。
「まずこちらの方から尋ねてもいいかしら?」
そう確認される。
「はい、お願いします。」
と言うとまず
「これはどこで拾ったの?」
そう尋ねられた。
私はセーラと会ったことから状況を説明した。その話を聞いた彼女は不思議そうな顔をしている。おそらく本物のセーラは殿下の部屋にずっといたのだろう。
「ではなぜこれを私に見せるべきだと思ったの?」
とうとう真実を話す時がやって来る。
私は宣言した
「フィリア・トネットに会いました。」
と。
「そうだとは思ったけど、彼女は捕縛されているはずよ。」
私の話を詳しく聞いた後、彼女は頭を悩ませていた。
「同じ計画を再開する気ではなさそうだけど、再び事件を起こすことは間違いないわね。」
と述べる。どちらにせよ危険だ。
「殿下、お尋ねしてもよろしいですか。」
私は改めてそう言った。もう避けずにはいられない話題だろう。
「シモーネ様は一体、彼女大して何をされていたんですか?」
それを口にした瞬間その場の空気が張り詰める。彼女は明らかにそのことについて語りたくない様子であった。
「貴方は最初から知っているでしょう。ここで噂されていることについて。」
と冷たく言い放つ
「それ以上のことを知りたいの?」
そう問いかけられた。
知らない方が良いという警告だろう。しかしもう手遅れだ。何も知らないままでいる方がフィリアと対峙するのに危険であるというのに。
「はい。」
と答える。殿下はため息を吐き、話を始めた。
「フィリア・トネットが怪しいというのは私もシモーネも勘付いていたことなの。だから密かに調査する必要があった。」
殿下は目を伏せている。
「どのような手段を取るかは指定しなかった。だから彼が最も卑怯な方法を選んだ時に驚いたわ。まさか貴婦人から隙をついて情報を搾取して、本人まで騙してしまうなんて思いもよらなかった。」
話す声が苦しそうだった。
「それでも私が始めたことだからしょうがないと思っていたの。それでことが解決するならと思ったし、実際に彼女が更に踏み込んでしまうまでに抑えることができた。」
そして私の目を見て
「でも私に言えることはごく少ないの。命令したことはしたけどそれは結果でしかなくて過程のことは分からない。」
とはっきり述べた。
付け加えて
「責任感がないと言われればそれまでよね。」
と自嘲するように話す。
「その指輪は彼女が常に身に着けていた品よ。おそらくシモーネから贈られたものね。」
それを聞いて納得した。
彼女は、フィリアは全身全霊で私を傷つけようとしている。ただ私も彼の残酷さを知っているのでそれほど落ち込むようなことではなかった。このような手段は想像に容易いからだ。
どうしようもない空気が漂う空間の中、それを変化させられそうなものは何もなかった。
しかし足音が近づいてくる――
「ヴェロニカ殿下、シモーネです。」
彼だ。
彼女は俯きながらも
「入って。」
と許可をした。
入室してきた彼はその場の空気を把握した。
「フィリア・トネットが脱走したわ。」
殿下のその言葉を聞いた瞬間に彼は走り去ろうとしたが、私は瞬間的に彼の腕を掴んだ。
「そうするのはあまりにも誠意がないと思いませんか?」
彼はその問いかけに答えることはなかった。しかし、彼はもうその場を立ち去ろうとはしない。
「あとは私が処理を考えるからもう二人とも帰りなさい。」
と殿下は言った。
そして
「ごめんなさい、私にも余裕がないの。」
と話す。それは紛れもなく本心だった。
「帰りましょう。」
そう言って、シモーネが私の腰を抱こうとする。それに対して明確に抵抗し、私が先に歩き始めた。
「お話ししていただきありがとうございました。」
そう挨拶をしてその場を後にする。
彼の行動について殿下にできることは少ない。彼女が最もすべきことは王族としての責任、事件の解決のための行動だからだ。それでも話をして、事実を認めてくれたことに感謝しなければいけない。
王城で二人でいる際、シモーネは常に寄り添って歩こうとしたが、私はそれを初めて退けた。そして彼も無理に試みることはなかった。
馬車に乗り込むと涙が溢れてくる。彼のことで困惑しているというのに、決して彼に慰められたくはなかった。
必死に視線を背けて顔を見せないようにしていると
「私の口からちゃんとご説明せず申し訳ありません。」
と彼は言った。
冷静な態度があまりにも腹立たしくて
「今からでも遅くないですけど。」
そう強く指摘する。
彼は素直に話を始めた。
「私はヴェロニカ殿下にフィリア・トネットが妙な人物であるということをお話ししました。そして殿下も同じことを考えていらっしゃったので、解決のためにお手伝いをすることに同意しました。ここまではお聞きになりましたよね。」
と言われ、私は頷く。
「彼女は来る者拒まずですが、誰でも入れるというわけではありません。恐怖故ではありませんが、警戒心は強い方であると確信しました。」
話は続く。
「その前にまず情報収集が必要で、噂されているような手段を取りました。」
彼は初めて自分の所業を認めた。
「信用できる女性の働き手がいましたら、その方にお願いすることができたかもしれません。しかし、協力者を探すよりもその方が手っ取り早かったのです。」
その話し方の単調さに冷酷さを感じる。
「獲得した情報を活用し、彼女に取り入りました。思った以上に早く薬物に関する証拠を掴むことができたので目的を達成し次第、彼女とは一度も会っていません。」
と私を見つめた。
「もちろん現在、事件の調査中もです。他の人物に任せています。」
そう言い切った。
「私に話すべきだとは思いませんでしたか。」
そっと問いかける。
彼は
「噂に関しては事件が解決すればいずれ消えるものだと思っていました。」
そう言い切った。
「それがここまで貴方を傷つけるものになるとは。」
その言葉を笑い飛ばしてしまいたい。
ではどうして私がこれ以上知ることがないように手を尽くしたのだろうか。正直に話してしまえばそんなことをする必要などないのに。
結局彼はそうするしかなかったと言っていたとしても、自分のしたことが後ろめたいのだ。罪の意識があり、それを償う気もない。フィリアが敗北し、自分が正義を掴み取ったのだから。
「どうして私なんですか。」
小さな声で呟く。
「選ばれたのが私じゃなかったらこんなに苦しい思いをしなくて良かったのに。」
喉に涙が混じって上手く喋れない。
「もし都合が良いというだけで選んだのであればやめてください。迷惑だと思いませんか。」
勢いに任せて叫んだせいで咳き込む。これ以上何も言えそうになかった。
彼はこんな時に上辺だけの優しさは見せない。
それでも屋敷に到着した時に
「まず湯浴みをしましょう。」
とだけ言って、準備をさせていた。
何よりも彼の仮面が剥がれないことが一番恨めしかった。




