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18.漆黒の心

 広間での騒ぎが終わった後、私に生き写しの女性は連行された。


 調査によって彼女の衣服からは盗難したと思われるものが発見された。私に関する噂については解決した。


 ただそれと引き換えに私は生温い目で見られることとなった。自分の背中がどんな風になっているのかということはミリなら知っているが、尋ねることはできなかった。知らない方が良いという選択をしたのだ。


 しかし捕縛された女性は逃走したという。何もかもが振り出しに戻ってしまった。


 彼女の目的は間違いなく私を貶めることであっただろう。それはつまりシモーネを狙った犯行だったに違いなかった。


 その結論から導き出される答えはただ一つ、フィリア・トネット事件だ。しかし、現在そのことに関して厳しく取り締まることは難しい。調査中の事件であり、定かでないことばかりだからだ。


 様々な人物を泳がせていた結果こんなことが起きてしまっている。だからといってすぐ解決できる手段はなく、処分することもできない。彼女自身の行いは未遂に過ぎないからだ。


 せっかく気分が良さそうであったヴェロニカ殿下のため息も帰ってきてしまった。


 彼女の結婚式は初夏を予定しているが

「それまでに解決できるのかしら。」

と不安げだった。


「この事件についてお兄様に任せるのは嫌なのよ。自分が責任持って最後まで見届けないと。」

そう力強く言う。


 また私を駒として使った作戦については

「こうするしかなかったなんて言いたくないわ。貴方の尊厳を傷つけたのは事実でしょうし。」

と言っていた。


 さらに

「それでも全てを公然に晒してしまうなんて予想できなかったの。寧ろシモーネは本心では貴方のことを誰にも見せずに隠し通したいとさえ思っている。そう私は解釈していたから。」

そう説明する。


そして

「私の判断ミスね。」

言葉を投げ捨てた。


 次の瞬間、彼女は目を逸らしてしまう。私はそんなに痛々しく見えるのだろうか。


 考えてもよく分からなかった。私は自分の意思で彼の提示する回答を選び、彼の存在を容認し続けていた。そのことによってもたらされる懸念はいつだって私が理解しておくべきことなのだ。


 だから私は私のことをそこまで可哀想だと思っていない。今回だって拒絶できなかったことはない。私はいつだって彼によってもたらされる恐ろしさを直視している。愛とされる感情よりも、もっと。


 あれから数日経った頃、ヴェロニカ殿下の部屋に向かっているとセーラに出会う。

「ステラ様、こんにちは。」

と彼女は挨拶をする。


 彼女はたくさんのものを運んでおり、それらはすぐに崩れ落ちてしまいそうだった。本来であれば私は手を出さない方が良いと分かっていた。


 しかし、周囲に誰もいなかったので

「私もお運びしますよ。」

と言い、手伝うことにした。


 彼女は何度も

「申し訳ありません。」

そう言っていた。しかし、こればかりはしょうがない。


 彼女は私よりも年上だが

「そんなに謝らないでください。」

と元気づける。


 荷物を所定の場所に運び終わると

「ありがとうございました。」

そうまた彼女は深く頭を下げている。

 

 私は

「では殿下のところに向かうのでお先に失礼しますね。」

と退室しようとすると――強く腕を引っ張られた。


「まだお話は始まっていないわ。」

鈴の鳴るような異常なほど際立つ美しい声、セーラではない。


その女性は

「ごきげんよう。ステラ・デ・コルサーノさん。」

そう艶やかに挨拶をした。私はその一言で手に汗を握った。


 彼女は艶めくペールピンクの巻き髪を大胆に結い上げながらも後れ毛を可憐に揺らしている。そして、吸い込まれそうな深い漆黒、まるでオニキスのような瞳を輝かせていた。


 麗人と言えばセルジョ様だが、彼はどう見ても清廉な空気を纏っていた。しかし、彼女は明らかに退廃的な空気を纏っている。美しい花にはよく毒があるように。まさにその言葉を具現化したような姿だった。


 彼女は

「フィリア・トネットと申します。以後お見知りおきを。」

と静かに述べた。


「貴方が。」

 私はつい口に出してしまう。


 自分の想像上の彼女はもっと聖女のような人物だった。私の妹はまさに容姿も心根も優れていた。そのような人物こそが人々を惹き寄せるものだと知っていたから。


 だから裏で悪事を働いていようとも、表ではそのような人物に見えないものなのだろうと勝手に予測していたのだ。しかし実際の彼女は思っていた以上に蠱惑的で、恐ろしい。


 フィリアは

「ふふ。」

そう笑って

「私の姿がそんなに気になりますか?」

と一回転する。


 深い紫のドレスは大人っぽいというよりも、愛らしさの中に妖艶さを一滴足したようだ。彼女の美貌を強調する計算され尽くされたような一着だった。


「そう、私は美しいでしょう。」

その言葉は私に尋ねているのではない。自分で理解しているのだ。

 

 私が口を開こうとすると 

「今日は貴方の話を聞きにきたんじゃないの。」

そう強く言い放たれる。


 そして彼女は気だるげに話し始めた。

「コルサーノねぇ。貴方のお父様はお元気にされていらっしゃる?」

と尋ねてくる。


「そうロミオ様。」

閃いたように言う。それは本当に私の父の名前だった。


「一度ここでお会いしたことがあるの。楽しくお話しさせていただいたわ。」

とわざとらしく伝えてくる。こんなことで気を削がれたくない。


「あらそんなに怖い顔しないで。だって貴方の結婚相手様は同じことをしていたのよ?」

そう指摘されて背筋が凍った。彼女の目的は――


「でもそんなシモーネ様を愛していた。」

彼女は私の目をしっかりと見てそう告白した。


「彼がどう私につけ込んだか知りたくはない?」

その言葉は問いかけではなく、今から真実を明かすという宣言だった。


「彼は自分の狙った女性にこう話しかけるの。」

彼女の話し方は一言一言が魅力的だった。


「何かお困りのことはありませんか、何か必要なことはありませんかって。少し事務的だけど意外とそれは嬉しいものよね。」

と話し始める彼女はまるで恋する少女のようだ。


「他の女性に同じことをしていたとしても、彼は私の言ったことを覚えていたわ。間違いなく要望を叶えてくれるの。それだけで満たされるような感覚になるのよ。」


 私はハッとする。結婚したばかりの時のかぼちゃのことと一緒だ。


「要望がだんだん増大しても彼は叶えてくれたの。でも確信的なことは与えてくれない。」

息が詰まりそうだった。今すぐにでも耳を塞ぎたい。


「でも感謝の気持ちはあるから何でも捧げたくなるのよ。きっと。それは他の女性たちだって同じ。私は決して負けたくなかった。自分の欲望に素直だからこそ自分の思想も貫くけど決して彼のことを手放したくなかった。」


 彼女は私を睨みつけて

「彼が貴方を選んだ理由をいくら探しても納得できない。貴方は一体彼に何を与えられるの?彼に与えてもらったものを返せる自信はあるの?」

そう問いかけられる。


「私は――」

答えようとした瞬間、彼女は

「時間切れ。」

と言った。


 彼女は最初から答えなど必要としていなかったのだ。


「貴方も私と同じように散々苦しむと良いわ。他の女性の影、彼は自分から何を毟り取ろうとしているのかという疑念にね。」

そう彼女は言って退室しようとしたが、再び立ち止まりこちらを振り返った。


「けれど、私はまだ諦めていないわ。」

と言い放つ。


「私が貴方に負けている部分なんて一つも分からないもの。」

それは決して負け惜しみなどではなく、心底理解ができないといったような言い方だった。


 混乱し、疲れ果てた私はその場に座り込んだ。


 決して彼女に競り負けたくないと思っているわけではない。それでも私は自らの結婚という選択に関して今更曲げることなどできないのだ。


 彼女が被害者という側面を持っていたとしても確実に悪であり、処罰されるべき部分もあるのは間違いなかった。私は事件の責任者である殿下のもとで働く者として曖昧なままで終わらせられない。

 

 床を見ると彼女は指輪を落としていた。細かく繰り返しダイヤ模様が装飾された金地に彼女の瞳を彷彿とさせるオニキスがハート型に成形されて嵌め込まれている。これは彼女がこの場所、表舞台に戻って来たという宣言なのだ。

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