17.露呈された秘密
「提案があるのですが、聞いていただけますか?」
シモーネは城に向かう前に私にそう話しかけてきた。
「どういたしましたか?」
と私は反応する。
おそらく事件のことについてだろうと察する。私も殿下に呼ばれていた。彼と一緒に城に向かう準備をしているところだったのだ。
突然彼は
「今日は首元の開いたドレスをご着用いただけますか。」
そうお願いしてくる。
私は特に意味もなく、首元まで覆われているドレスをいつも身に着けていた。未婚の時はもっと若者らしい格好をしなさいとよく言われたものだ。しかし、結婚してからは誰にもそのような指摘をされることがなくなったので楽だったのだ。
まさかあの彼にそんなことをお願いされるとは思わなかった。
彼は私のクローゼットの中を見て
「これぐらいだと助かります。」
と言う。
彼が手に持っていたのは、私の持っているドレスの中で一等肌の露出が自然と多くなってしまうようなドレスだ。リボンが編み上げられた挑発的なデザインのもの。
もちろん注文したのは私ではない。彼と結婚する際に用意してもらった中の一着だ。それは決して下品ではないが、私に似合うかどうか不安になってしまうもので、今までクローゼットの中で眠らされていたのだ。
「分かりました。」
私はすぐに了承した。彼に何か考えがあるとその表情から伝わってくる。
ただ
「これを着た私を見てどうか笑わないでくださいね。」
と笑って言うと
「そのようなことは決してありません。」
彼も穏やかな顔で微笑んだ。自分の選んだドレスを着せようとすること以上にその発言の意図の方が読めない。
ミリが部屋にやって来て準備を手伝ってもらう。いつものドレスは自分で用意できてしまうほど簡素なものだった。しかし、このドレスは結ぶ必要のあるリボンも、足す必要のあるパーツも多く、かなり手間のかかるものだ。彼女はやりがいを感じているのか、嬉しそうだ。
「ステラ様、とても素敵です。」
そう言って彼女は完成したことを告げた。
丁度その瞬間に部屋の扉がノックされる。
「入室しても大丈夫でしょうか。」
シモーネの声だった。
私が
「準備ができています。お待たせしました。」
と言うと扉が開く。
彼は椅子に座った私を見て目を大きくさせて
「似たようなドレスをもっと注文した方が良さそうですね。」
と言う。
やはり彼の褒め方は奇妙で、それが揶揄いなのか本音なのか分からない。
彼は
「さぁ、行きましょう。」
私の手を取って屋敷の外へ進んで行く。
二人で馬車に乗ってから彼は私に伝えてくる。
「貴方は何もしなくて大丈夫です。」
そして
「いつも通りに殿下の側に仕えて仕事をしていただければそれで。」
とのことだった。一体何が起きるというのだろうか。
私は彼の言う通り、いつものように殿下のもとへと向かった。
「おはようございますヴェロニカ殿下。ステラです。」
と挨拶をする。
「おはよう、良い朝ね。ステラさん。」
殿下は笑顔で挨拶を返してくる。この頃、私の噂のせいで疲れているに違いなかったが、思っていたよりも元気そうに見える。
以前、申し訳ないような態度をしていると
「後ろめたいことがないならどうかしっかりしていて。」
と厳しく仰られた。それから私も気をしっかりするように心がけていた。それでも彼女のため息は増える一方だったのだ。
「まずお茶にしましょう。」
そう殿下は側にいたセーラにお茶を用意するようにお願いした。
「少し準備にかかるけど。少し待てば楽しい時間の始まりよ。」
と言う。
そして
「貴方が先に見に行くといいわ。その必要があるのよ。」
殿下は何の事前説明もなく、意味ありげな言葉を並べていく。
どうやら今朝、シモーネが言っていた計画にヴェロニカ殿下も一枚噛んでいるようだった。それもそうだろう、彼女は彼の上司なのだから。彼の行動には報告義務がある。
「その前にゆっくりしていくといいわ。」
彼女は目の前に提供されたスポンジケーキにクリームをたっぷりとつけて一口食べた。
殿下はこのような時、絶対にデザートを口にされる。私はそれが少し恐ろしかった。国を愛していると宣言しているものの、降嫁しなければいけない彼女がどれだけ大きな責任を背負っているのかと考えてしまうからだ。
そして
「このことが落ち着いたら、是非貴方の好きなものも教えて。」
と無邪気に笑う。底が知れない。
私のお茶がなくなったことを確認すると、殿下は
「広間の近くの角部屋に行くといいわ。」
と伝えてくる。
あとは
「できるだけ早く目立たないようにね。」
ただそれだけだった。
私は部屋から退室して指定された場所に向かおうとした。その最中、歩いているだけだと言うのに心臓がうるさいほど高鳴っていた。息が切れそうだ。
一体その場所で何が行われるというのか。それとも既に何かが行われている最中であるというのか。
殿下の話していた部屋は探さずとも見つかる。そこはいつも使用するには暗く、昼間も明かりが必要な部屋だった。扉は閉められておらず、少し開いているせいで明かりが漏れ出していた。これでは中を覗くことができてしまう。
私はそっとその部屋を確認した。目に飛び込んできたのは――
まさに女性を誘惑している最中の夫だった。
整っていた息が再び乱れ、心臓が飛び出そうだった。一方で他人の不貞を発見してしまったような冷静さもやってくる。私は確認するように、衝撃的な光景から目を離さずその場に立ち尽くしていた。
甘く降ろされた目線も揺れる睫毛も、筋張った細い手も何もかも全て既視感に溢れていた。それなのにその先にいる人物だけ見慣れなかった。いや、そんなことはなかった。私は彼の姿ばかり見ていて重要なことに全く気付いていなかったのだ。
あの女性は私だ。
「ステラさん。少し手伝っていただけますか。」
私は彼に話しかけられて止まっていた時が動き出した。どうやら彼は私がここにいることに気が付いていたようだった。
彼は
「不届き者を運び出しますので。」
と言って、先ほどまで睦んでいた女性の腕を縛り付けて広間まで連れて行こうとする。
そして
「この人物が逃げてしまわないように一緒にお願いします。」
そう頼んできた。
私の心は砕けたままだった。それでも言われるがままに行動するしかない。
広間に到着して彼は大きな声で言った。
「お騒がせして申し訳ありません。シモーネ・デ・ピノンと申します。」
人々のざわめきが広がる中、話を続ける。
「私の妻に関する噂を捏造した不届き者を先ほど捕縛いたしました。この姿をご覧ください。」
彼は項垂れた彼女の顔を見せるように上に持ち上げた。
恐ろしいまでに私に生き写しだ。変装したとしてこのようなことは決してあり得なかった。
「皆様、ご確認いただけましたよね。そしてこちらに本当の妻がいるのもご確認いただけますよね。」
と説明する。
「しかしどうでしょう。彼女に似ている人間を用意することは意外と可能ではないですか?」
そう誰かが言った。それは今ここにいる私が偽物だと言いたげだった。
「では私が証明しましょう。どなたかご夫人にお願いできますでしょうか。」
と彼は言い放つ。
その言葉で前に進み出た貴婦人たちは瞳に好奇心を浮かべていた。彼女たちは私と共に彼の小さな依頼を聞いて驚く。そして捕縛された女性と二人の貴婦人と共に私は再び先ほどの角部屋へと向かうことになる。
「ピノン夫人、失礼しますね。」
そう一人の貴婦人は私の髪の毛を持ち上げた。
私は後ろ髪を完全に上げずに一部を纏め、その残りを巻いて下ろして背中を少し隠していたのだ。その髪の束を持ち上げると剥き出しの背中が現れてしまう。
「まぁ。」
彼女はどうやらほくろの数を数えているようだった。そのようなことは私でさえも知らないことだ。
「シモーネ様の仰る通りね。」
と納得する。
一方で私に生き写しの女性には全くほくろが無かったのだ。彼女について知ることができたのはただそれだけだった。
彼女たちと共に部屋を出て貴婦人たちは宣言した。婚姻関係にある者のみ確認できる身体的特徴に合致するのは私だけである、と。
人々は自らが確認したわけではないので不服そうな顔をしていた。
しかし、私を確認した貴婦人は
「とてもじゃないけど浮気なんてできそうにはないわね。」
と言って笑う。
彼女たちは明らかに噂好きだ。今までの噂は真実がどうであれ、どうにか解決するに違いない。私は確信した。




