15.噂の坩堝
ある日の王城の廊下にて。
「ご主人のことで可哀想だとは思いましたが……ねぇ。」
一人の貴婦人がそう言い出すと
「鬱憤でも溜まっていらっしゃるのかしら。」
と勝手な理由を組み立てる。
「王城の風紀を乱すのはやめていただきたいわ。」
まるで自分が正義であるかのように。
私はお話役として殿下の部屋に向かおうとしていた。ところが、城に到着した時点で様子が変だった。
以前、私を見て噂する人々は好奇心や哀れなものを見るような目で見ていることが多かった。しかし、今は明らかに批判が混じっているのだ。一体何が起きているのか分からず、冷や汗をかく。
こんな時に誰に事情を尋ねれば良いのだろうか。しかし、私にはそんなことを聞くことができる立場の人物はいない。私が何か問題を起こせば直接責任を取らなけらばいけない人物か、大きく影響を受けてしまう人物にしかいないのだ。
「なんでも泥酔したまま王城の中を走っていたとか?」
別の人物がとんでもないことを話し始めた。
「調度品が壊れていたそうよ。」
警備が十分行き届いているこの場所でそんなことがあるわけがない。
「それだけじゃないわ、壁も破損していたそうよ。」
そのような話はとてもじゃないが信じられない。
私ではない他の人物が行ったと聞いても、突発的に嘘だと言ってしまいそうなことだ。それなのに、噂の中心が私であるということは到底信じられなかった。
このまま放置してはおけない。早急に問題を解決する必要があるし、現状を把握しなければいけない。
私個人として話を聞くのではなく、ここで働いている人間として確認する必要がある。私はできるだけ早足で、悪目立ちしないようにヴェロニカ殿下の下へと向かった。
「ヴェロニカ殿下、失礼いたします。ステラ・デ・ピノンが参りました。」
と挨拶をすると
「入って。」
それだけ彼女は言った。急いで入室して頭を下げる。
「大変申し訳ありません。」
そう言うと
「事実だから謝っているってわけじゃないでしょう。」
と彼女は皮肉っぽく笑った声で話す。
「頭を上げて。」
そう言われて、姿勢を直すとシモーネが殿下の側にいた。
「シモーネ様……」
と私はつい口に出していた。
彼は駆け出して私の下へ来ると
「屋敷に帰りましょう。」
そう彼は強く私を抱きしめた。どうやら私は涙を流していたようだ。頬にうっすらと水が伝う。
「許可できないわ。」
殿下は強く主張した。
「まず現状確認とステラさんから話を聞かないと。」
と言った。
私も同意する。まだ屋敷には帰れない。ちゃんと私の言葉で伝えなければ。
「殿下。」
そうシモーネは言ったが、殿下は聞いていなかった。
「まず私の受け取っている報告について聞いてもらえるかしら?」
と殿下は話し始める。
現在、私についての様々な噂が立っている。実際に分けてみると三種類ほどあるようだ。
一つ目は泥酔した状態で城の中を歩き回っているということ。普段、私は入り口から王女宮までの間やその周辺しか歩かない。しかし、他の場所でも私に似た人物が出現しており、いつも千鳥足でみっともなく歩いているというものだ。
しかし残念ながら私はほとんど飲酒をしない。なぜなら酒浸りの父を叱責する母を見ていると、飲みたいという気持ちにはならないからだ。シモーネはそれを知っているため、話を聞いて眉間に皺を寄せていた。
二つ目は城の調度品の破壊と盗難だ。これはまず、入り口付近の貴重な壺が破壊されたことから始まった。それは非常に貴重な品で、現在の陛下に献上された品だ。そのようなものを破壊する理由は一つしかない。反逆の意志だ。あまりにも恐ろしく、予測すらも誰も口にできない。
そして、調査している人物によると、簡単に換金できるものも破壊して盗難しているとの見解だそうだ。どうして私がそのようなことをしなければいけないのだろうか。仮にも伯爵家出身で伯爵家に嫁入りしているのだ。
王女は盗難に関してあまりにも馬鹿馬鹿しいのか
「真犯人よりも弁償が大事だというのにしてくれそうにないから困るのよね。調査するだけ無駄だわ。」
とため息をついた。
ここまでは貴婦人たちが噂していたことなので想像の範囲であった。しかし問題は三つ目だ。
「不特定多数の異性との不純な行動。」
殿下はわざとらしく強調して言った。
「どういうことですか!?」
私はあまりにも屈辱的で殿下相手に大きな声で叫んでしまった。シモーネは私をより強く抱き寄せる。それが癇に障り、私は彼を手で少し押しのけた。
「皆は言わないでしょう?それを指摘されて後ろめたい人物もいれば、表立って批判することのできない人物もいるでしょうから。」
確かにそうだ。既婚者の不貞はあらゆる場所において性別問わずに存在するものだから。
「このことについてここで詳しく話をして大丈夫かしら?」
と問われる。
彼女はシモーネのことを気にしていた。目線を少しだけ彼の方に向ける。あるいはこのことだけに関しては彼女も完全に否定することはできないという意味なのだろうか。
「はい、お願いします。」
私は冷静さを取り戻し、そう答えた。
「公然での既婚者に対する苛烈に卑猥な行為。」
殿下はそう宣言した。
そしてため息を吐いて
「こんな風に濁したら何があったのかさっぱり分からないじゃない。要するにキスよキス。」
と自らその文章に対して指摘し、訂正をした。
「はい次。使用許可の下りていない部屋の使用。」
そう読んでから彼女は顔を歪めた。どうやら口にするのを躊躇っているようだった。
「このことについては、部屋が乱雑な状態で放置されていたそうよ。部屋の近くで走っていく貴方を目撃した人がいるの。」
と言ってから、更に顔を顰めている。
「こんな茶番は終わりにしましょう。あまりにも馬鹿げているわ。」
殿下は呆れたように言い、書類を机の方に放り投げた。
私は
「殿下、私はこのようなことについて身に覚えがありません。」
としっかりと主張した。
「それはそうでしょうね。」
そう殿下は食い気味に言う。
「それでも目撃者がいる噂に関してはあなたの証言で判断できることではないの。」
彼女は腕を組んで頭を悩ませていた。
「……結局真犯人を探すしかないわね。」
結局出てきた結論はそれしかない。
「私が捕まえます。」
シモーネがそう言った。
それに対して
「そうね、貴方が責任持って後始末をするべきよね。」
と殿下は言った。
その会話はかなり違和感がある。――いや、今深く考えるべきことではない。
私は
「ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません。」
そう殿下に再び謝罪した。
「こんなことで私に突っかかってくる人物なんていないから大丈夫よ。」
彼女は普段は釣り上がっている眉毛を下げて笑う。
「ただ貴方にはもう少し耐えてもらう必要があるわ。また城には来てもらわないといけないから。」
と話していた。
殿下の部屋から城を出るまでの道を歩く際、シモーネはいつものように私を引き寄せてぴったりとくっついたままだった。まるで自分は噂されていることを何も気にしてはいない、取るに足らないことだと言わんばかりに。
馬車の中で私は尋ねてみた。
「シモーネ様は私の噂についてご存知でしたか?」
彼は
「はい。」
ただその一言だけ答えた。どうやら特に話したいことはないようだった。
「信じていませんよね。」
そう問いかけてみる。何か特別なことを期待しているわけではなかった。
彼は
「決してこのようなことは信じません。」
と伝えてくる。
しかし
「貴方がこの先どのように変わったとしても、私は貴方という存在を疑うようなことはないでしょう。」
とも言った。それは明らかに私の善性を信じているわけではない発言だ
その言葉はどのような意味なのかと尋ねようとしたが、彼は
「すいません、私は用事があるので先に失礼します。」
と言って屋敷の中に走って入って行ってしまう。
今まで、私の思う愛と彼の思う愛の違いを何度も擦り合わせようと思ってみた。しかし、あまりにも根本から違うせいで、いつだって無意味な摩擦を生んでしまうのだ。それならこんなことはしない方がよっぽどましなのではと思えた。




