48.推しはやっぱり強い
「ノアっっっ!!!」
恵の声が響き渡る。
気配が消えたため、華は嫌な予感がしていたのだが、杞憂に終わったようだ。
再び姿を現した恵は、何故かノアから離れた位置にいた。
そこから左足を地面に押し付けて飛躍する。
右足からは出血しており、引き摺っていた。
勇者は既にチャージが終わり、剣を振り下ろす動作に移っている。
一瞬の出来事のため常人の目で追うことができないはずだ。
しかし今の華にははっきりとそれが見えていた。
体は動かなくとも、視界から手に入れた情報を、ラグ無しで脳が処理する。
すごい勢いで飛び出した恵。
そのスピードなら間に合う、かのように見えた。
ノアまであと数mというところで、恵は誤って怪我をしている右足で強く地面を蹴ってしまう。
当然のように、上手く力が入らなかった。
バランスを崩し、恵はよろめく。
しかしすぐに左足を出して重心を支え、持ち直す。
地面を蹴って、再びノアの元へと向かった。
無駄にしてしまった時間は、ほんのコンマ2秒。
それが命取りだった。
勇者の剣はもう振り下ろされている。
剣先から放たれる光。振動。爆風。
見ていた華は、間に合わないと悟ってしまう。
ゲームで、ノアを倒した場面が頭に浮かぶ。
実際にはなかったはず。
だが何故か見たことがあるかのように、ノアの残酷な最期のスチルが、脳内で作成される。
恵は最後まで諦めなかった。
右足はもう痛いのかどうかも分からない。
剣を握るのももう限界で、気を抜けば剣が手からすり抜けていきそうだった。
ついこの間まで普通の女の子だったのだ、無理もない。
むしろここまで戦えていたことが異常だった。
客観的に見れば、確実に間に合わない。
どうしようもない。
それでもせめて手が届いて欲しいと、ジャンプをして手を必死に伸ばす。
恵の目の前には、思うように戦えず、額に汗を浮かべながら項垂れているノア。
ノアは剣を持ち上げることができず、鉛のように重くなった足ももう一歩も動かない。
自身の行く末を悟ったノアは、最後の力を振り絞って、恵を遠くへ放り投げたのだった。
だが恵の成長は、ノアの予想を遥かに上回っていた。
即座に自身の状況を判断し、再び自身を助けようとこちらに駆けてくる。
そんな恵を見て、嬉しい気持ちと、思い通りにならないことへの悲しみが綯い交ぜになる。
───何のために、お前を投げるなんて酷いことをしたと思っている。頼むから俺のことは……。
恵のスピードに、ノアは驚きを隠せない。
その速度だと最悪な結末になってしまう。
ちょうどノアの前に到着する恵に、勇者の攻撃が正面から当たる。
来るな!とそう一言叫べば、一瞬止まってくれないだろうか。
そんな一縷の望みをかけて、ノアは口を開く。
言葉を発する直前で、恵の体が傾く。
それを見たノアは、心配と同時に少しほっとしてしまった。
これでもう間に合わないだろう。
ノアは恵を見て微笑んだ。
ありがとな。
とそう口が動いたように見えた。
恵の目には。
───いやだ、嫌だ、嫌だ。届け届け届け届け……!!!
指が、腕が、肩が、脱臼しても構わない。
恵は必死に手を伸ばす。
……残念ながらその手は届かなかった。
服を掠めることすら出来なかった。
でもそれは、単純に間に合わなかったという訳では無い。
ノアの体が、恵の手から不自然に遠ざかる。
先程まで縮まっていたその距離が、急に開いたのだ。
恵がそれを認識した次の瞬間には、ノアの体が爆風の奥へと引きずり込まれていた。
そして恵の体は、よく分からない力によって、ノアと反対側に吹き飛ばされる。
恵の目の前スレスレを、勇者の放った攻撃が通り抜けていく。
慣性の法則で、逃げ遅れた恵の毛先が少し焼き切れた。
「あっ……」
後ろに飛ばされていく恵を見て、華は危ないと叫ぼうとしたが、最初の一文字目が精一杯だった。
すぐに恵の体は壁に叩きつけられ……ていなかった。
華は気づいていなかった。
実は恵がノアの元へ駆け出してすぐに、魔法で壁が柔らかくなっていた。
なぜ魔法だとわかったのかと言うと……。
「ウィルくん!エヴァちゃん!!」
華が、壁に手を当てて呪文を唱えていた2人に声をかける。
ウィルとエヴァは華を見て力強く頷いた。
壁に優しく包み込まれた恵が、ゆっくりと尻もちを着く。
その顔はとても驚いていた。
そして驚いていたのは恵だけではない。
先程大技を繰り出した勇者も、自身が思い描いた結末に至ってないことに驚いていた。
数秒経って爆煙が少し落ち着き始めた時、勇者は即座に次の行動へと移る。
仕留め損ねた敵の元へと瞬時に移動した。
それを見ていた葵が、勇者を止めようと口を開く。
「翔、待って!話だけでも聞いてあげ……」
ヴゥンと剣を振り上げる音が響く。
真っ直ぐノアの元へと向かい、そのまま勇者は剣を振り下ろした。
だが勇者の剣は、ノアの体を引き裂くことはなかった。
ノアと勇者の間に立ち塞がったソフィアの剣が、それを難なく受け止める。
「すまない、遅くなった。」
ソフィアの凛とした声が耳に届く。




