40.推しの新技!?
ソフィアの部屋の前に着いた華と杏。
やけに静かで、部屋の中からは何も聞こえない。
華と杏はお互いを見合って、一呼吸してから中へ突入した。
電気は付いておらず、ソフィアたちの姿はなかった。
華の頭の中に、今までの記憶が蘇る。
嫌なことが起こっている時、いつも他の人の気配が感じられない。
今回は杏と一緒にいるということだけが、心の支えだった。
華は思わず、子供のように杏の服の裾を掴んでしまう。
杏はそれに気づくと優しく微笑んでくれた。
部屋の奥に進むと、微かに寝息が聞こえてきた。
先程ソフィアがウィルを運んだ部屋だ。
2人が部屋の中をのぞき込むと、思っていた通り、男の子がベットの上で安らかに眠っている。
杏は華にしたのと同じように、脳の治療をしようとして、止めた。
やはり、これからも意識のない人に脳への治癒魔法はなるべく使いたくないようだ。
「ウィル君しかいないね。ヴォイドも、ソフィアさん達もどこに行っちゃったんだろう。」
杏が、男の子のことを起こさないように小声で話す。
華はうなずいて、その言葉に応えた。
「入れ違いの可能性もあるけど、なんとなく違う気がする。」
「そうだね。じゃあ3人はどこか別の場所に?この部屋では争った形跡がないから、無理矢理出ることになった訳ではなさそう。」
現状について話し合い、2人はとりあえず魔王様のところに向かうことにした。
杏があまりにも気軽に魔王のところに行こうと言うので、華はうんと応えつつも戸惑いを隠せなかった。
魔王様の部屋のドアも、いとも簡単に開けてしまう。
ザシュッ
部屋に入った瞬間に聞こえてきた音。
そのすぐ後、ごとりと何か重いものが床に落ちる音がした。
部屋には血の匂いが充満する。
華たちは一瞬何が何だか、理解することができなかった。
部屋の一番奥の玉座に座っているはずの魔王は、今は目の前に立っている。
左手には剣。
鮮やかな赤い液体が、重力に従って、剣先へと滴り落ちていった。
ソフィアとヴォイドも近くに立っていて、部屋の中央の塊を見下ろしている。
2人とも表情はよく分からない。
魔王が剣に付着した液を振り払って、納剣する。
ヴォイドと、ソフィアはその場で跪いた。
「柔軟なご対応、感謝いたします。」
ソフィアの声が、お茶会の時に比べて硬い。
そこまで時間が経って、やっと華は状況を飲み込み始めた。
床に転がるサミュエルと目が会った瞬間、華は悲鳴をあげそうになった。
なんせ、現実世界では打首など見たことがない。
口元を手で押えて、漏れる声を最小限に抑えた。
杏はやはり今までの旅で何度か見たことがあるのだろうか、落ち着いて華の隣に立っていた。
「お前たちのためではない。ある程度の自由は許しているが、ここにも最低限のルールはある。」
玉座に戻りながら魔王が口を開く。
そして、玉座に腰掛けると同時に、右手をあげた。
どこからともなくやってきた部下たちが、サミュエルの遺体を運んでいく。
ソフィアとヴォイドは失礼しますとだけ言い残して、華たちがいる扉の方へと歩き出した。
華と杏はその場に立ち尽くす。
「遅くなってすまない。これが終わってからヴォイドの部屋に向かう予定だった。まさかここまですんなりと事が運ぶとは思ってなくてね。」
華と杏へと目線を向けながら、ソフィアが話す。
2人は大丈夫ですと返事をした。
「ノアにエヴァを預けているんだ。近くの部屋にいるから、合流して皆でヴォイドの部屋に行こう。」
構わないなと言うソフィアに、ヴォイドがああと短く応える。
「杏、何度もすまないが、また子供たちの治療を頼めるか。サミュエルは先程の通りだ。後はチップさえ外してしまえば、この件について決着がつく。」
「もちろんです。こんな子供たちにまで手を出すなんて、絶対に許せない。私が必ず治してみせます。」
2人がそのやり取りをしていたため、自然と2対2で横並びになる。
ヴォイドの隣に立つことに慣れていない華は、緊張で手と足が同じ動きになってしまう。
それに自分自身で気づきつつも直せなくて、華は顔が赤くなるのを感じた。
体が自然と仰け反って、ヴォイドから距離を取ろうとしてしまう。
──ヴォイドさんがたってる側の右肩が熱い。無理。
耐えきれなくなり、俯いていた顔を上げ、華は杏に話しかけようとした。
「おい。」
ヴォイドが、ふと前のふたり呼び止める。
華はまたタイミングを逃して、口を閉ざした。
前のふたりは気づいておらず、すたすたと歩む足を止めない。
華が教えてあげようとした時。
「……おい、お前に声をかけている、華。また耳が聞こえなくなっているのか?」
「……!!!」
ヴォイドが呼び止めていたのは、前のふたりではなく華の方だった。
予想していなかった展開に、華はパニックになった。
ろくに返事をすることもなく、目がすごい速さで泳ぐ。
──なななな、名前!!
顔はさらに赤くなっていた。
全身の体温が上がり、汗をかきすぎて服を脱ぎたくなる。
さすがにそんな痴女にはなりたくないよと、華が色々考えているうちに、ヴォイドは華の顔を覗き込んだ。
華は頭がいっぱいで、それに気が付かない。
視界に入っているのだが、脳が処理をしていない状態だった。
あっという間にヴォイドの部屋に着いた時、華は瞬間移動したような気持ちになっていた。




