38.推しの字は綺麗らしい
ヴォイドが持ってきた調査書には、サミュエルから聞き出したあらゆることが載っていた。
ところどころ黒く塗りつぶされており、所謂検閲、華たちに見せたくない事が書かれていたのだろう。
その調査書によると、サミュエルは華やソフィアの子供たちの脳にチップを埋め込んでいたらしい。
タブレットでそのチップに信号を送ることで、3人の行動や感情を操っていたのだ。
『人間のハッキング』とサミュエルは言っていた。
サミュエルが行った事の気持ち悪さに、華はゾッとした。
「華ちゃんごめん、私が華ちゃんの脳に異常はないって思い込んで、今まで治してこなかったからだ。気づけなくて本当に……。」
「杏さん、謝らないで!誰も気付けなかったんだし。」
「正常に見えても、全部治しておくべきだった。ただ、脳を治すことで、変に記憶障害とか出るのを恐れて……。」
杏の言葉に、華が不安になる。
「記憶、障害……?」
「うん、私の治癒魔法は凄いってよく言われるけど、万能じゃないの。あくまでも本人のコンディションに大きく左右される。……前にね、家族からの強い志願で、本人の意思に反して治療をしたことがあったんだ。そしたら見た目は元通りになったんだけど、脳に障害が出て上手く喋れなくなって……。それから、治療する時は本人の意思を尊重した上で行ってる。意思表示できない人に関しては、脳の治療は絶対に行わない。」
──杏さんに治してもらった時、私は……。
「華ちゃんは、その……。意志を確認できる状態じゃなかったから。だから脳の治療はしてなかったの。けど話せるようになってからちゃんと治療してればよかった。」
ごめんねと再び謝る杏に、華はアタフタとする。
何とか顔を上げさせて、早速脳の治療をしてもらうこととなった。
ヴォイドはソフィアの子供たちを連れてくると言って、部屋を出る。
治療は数分で終わり、杏が手を開いて華に見せる。
手の中心に、2,3ミリほどの本当に小さいチップがあった。
「こんなものが……。」
「うん、想像以上に小さくてびっくりしてる。」
「……あの人、ほんとに天才なんだろうな。」
杏はチップを大きめのビニールに入れて、テーブルの上に置いた。
おそらくこの後、証拠品としてヴォイドや魔王様の元に運ばれるのだろう。
「天才、になり得るのかもしれないけど、力を正しく使える人じゃなかったんだよ。その時点で、天才としては失格だと思う。」
いつも柔らかい雰囲気の杏にしては珍しく、とても冷たい声だった。
華がされたことに対して怒ってくれているみたいで、華はなんだか嬉しくなった。
1人で戦っていた、あの時のような日々が嘘みたいに、気がつけば仲間のようなものが増えていってる気がする。
「ねえ、華ちゃん。」
「ん?何?」
しばらく沈黙していた2人だったが、杏が再び華に語りかける。
「もしかして……なんだけどさ。いや違うかもなんだけど。ていうか今聞くべきことじゃないかも……。でも気になるんだよね。うーん、でも間違ってても、気を悪くしないで欲しくて。」
やけにもったいぶる杏。
椅子に座っていた華は、隣で立つ杏を見上げた。
杏は百面相をしていた。
最後に見せたその顔に、華は既視感を覚える。
その顔はまるで、修学旅行の夜、先生に隠れて遅くまで起きていた女子たちの……。
「華ちゃんって、ヴォイドさんのこと好きでしょ。」
「・・・」
言われたことが、すぐには頭に入って来ずに、華は無言になる。
段々と自覚していき、顔がじわじわ赤く染まる。
杏が華の顔を見て、わっと声を上げた頃には、華の顔はトマトのように赤くなっていた。
華が顔を冷ますようにブンブンと左右に振る。
「ちちち、ちがっ、あの、ヴぉあっ痛っ、舌噛んだ。ちがって、あの!ヴォイドし、ヴォイドさんは、推しです!ただの!」
「……推し?」
そっか、この世界の住人には、推しという言葉は通じないのかと、華は頭を抱える。
「えっと、推しっていうのは……その、なんて言うか……気がつくと目で追っちゃって」
「目で追っちゃって 」
「時には自分(の食費とか)を削って、相手に貢いだり?(投げ銭とかプレゼントボックスにブランド品、ガチャへの課金、イベント全通etc)」
「貢ぐ……?」
「その人の幸せを願ったり」
「幸せを……。それやっぱ好きじゃないの?」
好きだけど!と言いながら、華は立ち上がり、部屋をぐるぐるし始める。
「好きは好きでもLoveと言うよりLikeで……っということもないか、Loveだな。けど別に幸せにするのは自分じゃなくていいと言うか、推しはただ健康に生きていればいいと言うか。」
「それもう愛じゃん。」
「そう言われればそうなんだけど!愛とはまた違うの!ほら結婚は解釈違いというか……。」
「解釈、違い……?」
オタク用語に困惑する杏。
うまく説明できない華はもう諦めだった。
──もう、話をずらそう。
「それより……、あ!」
華は話をずらすよりも、面白そうなことを見つける。
「杏さんは、どうなんですか……一体誰が好きなの?」
ニヤニヤとする華。
今度は杏が顔を赤くする番だった。
その反応を見て、華は確信する。
これは絶対に想い人がいると。
ゲームのシナリオ上、この時点で確定するルートは、誰のだったかなと思いながら、華は杏ににじり寄った。




