37.推しとは違った魅力
男子禁制のティータイムに終わりを告げる出来事が。
ソフィアの部屋の前に、あるひとりの男が立っていた。
男は部屋の中の気配を探り、その結果、華やかな空気に水をさしてもいいものかと思案していた。
軽く深呼吸して、意を決して扉を叩く。
コンコンと控えめな音が鳴った。
「はい。ああ、君か。」
部屋の主であるソフィアが、返事をして立ち上がる。
ソフィアもまた、男と同様に気配で誰が扉の向こう側にいるのか気がついた。
「え、ノア?久しぶりじゃない!?」
ソフィアにドアを開けてもらい、中に入った男を見て、華が声を上げた。
「ああ、久しぶりだな。元気、……ではなかったんだよな、来るのが遅くなって悪い。先程まで任務で遠征していたんだ。」
「そんな謝らないで!」
軽く頭を下げるノアに、華が慌てる。
「さっき遠征の報告をしに、玉座に行ったんだ。そこで魔王様に色々聞いた。肝心な時に助けてやれなくて、すまなかった。」
ノアが再び頭を下げる。
華は首を大きく横に振った。
「ほんとに!気にしないで!ソフィアさんが助けてくれて、杏さんが傷も治してくれて、今は美味しいお菓子とお茶を楽しんでるし、この通り元気いっぱい!」
正直、嘘をついていた。
今この瞬間が幸せなのは確かだが、サミュエルのことはそう簡単に華の頭から離れていかない。
色々な感情を押し殺して、ノアには笑顔を向けていた。
その表情に、ノアはもっと複雑そうな顔をする。
少し気まずい2人の空気を、ソフィアが変えてくれた。
「華、杏。今日は本当にありがとう。お迎えも来たことだし、今日はお開きにしようか。また今度改めてお茶会を開こう。ぜひこの子達に会いに来てくれ。」
やったー!またお姉さんたち来てくれるの?と喜ぶ女の子に、華と杏の顔が綻ぶ。
「またねー!エヴァちゃん」
「杏お姉さんまたね!」
「また遊びに来るからね。」
「嬉しい!待ってるね、華お姉さん!」
部屋のギリギリまで手を振って見送ってくれる女の子に、寂しさを覚えながらも、華と杏、ノアの3人は、ソフィアの部屋をあとにした。
「やっぱり強いな。」
部屋を出てしばらくして、ノアが呟く。
その声に華は首を傾げた。
「強い?」
「えっ?ああ、口に出てたのか。ただの独り言だ気にしないでくれ。……ただ……。」
「ただ?」
杏が聞き返したが、ノアからの回答はなかった。
「ソフィアさんが、いや、女の人が強いのって、やっぱ思うところがあるんですか?」
「思うところ……、やはり男として情けないとは思うな。いつか必ず彼女を超えてみせる。」
華は思い出した。
そういえば、ゲームでノアは、ことある事にソフィアに決闘を申し込んでいた。
ストーリー上強制的に戦闘イベントとなるのだが、すべて負けイベなので、いつもプレイヤーが操作するノアはボコボコにされてしまう。
ごめん、と心の中で華は手を合わせて謝った。
そんなこんなで、すぐにヴォイドの部屋へとたどり着いた。
てっきりノアの部屋に案内されるかと思ったので、華と杏は拍子抜けした。
「あれ、ここに送ってくれるんだ。何か私たちに用があったんじゃなくて?」
「そうだ。特に用事は無い。ただ、ヴォイドに頼まれたからな。」
「ヴォイドさんに?」
部屋の中に入ると、そこには誰もいなかった。
「ヴォイドは今魔王様に呼ばれていてな。まぁすぐに戻ってくるはずだ。」
部屋の中に入ろうとしないノアに手を振ろうとしたところで、視界が急にキラキラした。
───ヴォイドさん帰ってきた!
華は推しを見つめようとした。
実際には目線は足元。
華は今、こうして五体満足で推しと交流出来て、思わず涙が込み上げてきた。
「今帰ったのか。遅かったな。」
ノアの後ろから声が聞こえる。
ノアとヴォイドは共に背が高いのだが、ノアの方が筋肉があり大柄なので、ヴォイドの姿がすっぽりと隠れてしまっていた。
「ノアが慌ててヴォイドに道を譲る。」
「悪いな。ソフィア達と楽しそうにしてて、申し訳ないなと見守ってたらこんな時間に……。」
「まぁいい。おい。」
ヴォイドが誰かを呼び止めたようだが、名前を呼ばれていないため、誰に話しかけているのか分からなかった。
華とヴォイドの目が合う。
華の体は硬直した。
筋肉が固まってしまったのだろうか。
そう錯覚するぐらい、その一瞬の間はガチガチに固まった。
しかし、すぐにヴォイドの目線は杏の方へと移った。
「お前、脳は治せるか?」
「「脳?」」
ヴォイドの言葉に、華と杏は声を揃えて反応した。
「そうだ。脳だ。」
そう言って、ヴォイドは紙の束を机に置く。
杏がそれを手に取り、華はそれを覗き込んだ。
『調査書』と書かれたそれは、とても綺麗な字で丁寧にまとめられていた。
恐らくペンで一発書きされているはずなのに、訂正されたあとは一切ない。
内容にざっと目を通している杏にヴォイドが再び問う。
「それで、出来るか出来ないか、どちらだ。」
鋭い視線を向けるヴォイドに、杏は躊躇わず堂々と首を縦に振った。
「私の力、見くびって貰っちゃ困ります。もちろんできます!」
ヴォイドが満足気に笑ったような気がしたが、それを感じ取ったのは華だけだった。




