35.推しよりも強い人
華たちの元に杏が到着し、すぐに呪文を唱え始めた。
これで男の子を助けられると、華は色んな感情が込み上げてきて涙を零した。
杏は口で呪文を唱えるのを継続しながら、華に向かって頷き、目で安心してと伝えてきた。
それに華も頷く。
「もう大丈夫だよ。このお姉さんはボロボロだった私の体も治してくれた、ほんとにすごい人なんだ。お兄さんのことも、絶対に治してくれる。」
華はそう言って、服で丁寧に血を拭ったあと、右手で女の子の頭を撫でた。
女の子が泣きながら頷く。
両手で男の子の手を握りしめていた。
華たちの近くで、ソフィアはサミュエルに攻撃を仕掛けていた。
その攻撃に一切迷いはなく、サミュエルは焦っていた。
「お前、まさか本当に僕を殺す気じゃないだろうな。僕は」
「ああ、そのまさかだ。私の子供たちに手を出して、生きて帰れると思っているのか。」
サミュエルは心の中で舌打ちした。
この子供たちに、ソフィアがこんなにも肩入れしているなんて思ってもいなかった。
ソフィアは元々ヴォイドと同じ側のやつだ。
こんな人間みたいなおままごとを、本気でしているなんてと嘲笑う。
頭をフル回転して、打開策を思いついた。
「いや勘違いだ。僕は保護しようとしていただけだよ。」
「何を……」
「あの捕虜に今にも殺されそうだったから!助けただけだ!なぁ、ほら見てみなよ!彼女!今も凶器を手に持ってるよ!!」
「戯れ言を……」
「いいのかほら!彼女の近くに大切な子供を残したままでさ。ほら今にも殺されちゃうよぅ。」
はなからサミュエルのことを信用していないソフィアは、その発言が虚偽のものであることをわかっていた。
にも関わらず、子供たちのこととなるとやはり少し気になってしまう。
思わず一瞬だけ後ろを振り返ってしまった。
その一瞬のすきに、サミュエルはニヤリと笑う。
タブレットを不思議な力で引き寄せ、ものすごい勢いでタップした。
ソフィアの視界に子供たち、それを治療する杏、そして華の姿が入る。
華が右手で女の子の腕を拘束して、左手に持っているナイフを振り上げる。
「くそっ、なにをしている!」
ソフィアはサミュエルに背を向けて、その場から飛躍した。
華が持っていたナイフを剣で弾く。
その衝撃が華の腕へと伝わり、華は自身の腕を抱えて蹲った。
杏がびっくりした顔でその一部始終を見ていた。
女の子がソフィアの服の裾を掴む。
泣きながら、母へと訴えた。
「……お姉さんが、このお姉さんがお兄ちゃんを殺したの。」
その言葉にソフィアが狼狽える。
「何を言って……」
ソフィアの剣の切っ先が思わず華の方向へと向いた。
「だからサミュエル様の言ってることが正しいの。お母さん、悪いやつをやっつけて!」
その言葉の違和感にすぐに気が付き、女の子の頭を撫でて、サミュエルに向き合った。
「私の娘に何をした。」
「だから僕は助けただけだって。」
「嘘をつくな。この子は今正常ではない。」
蹲っていた華が痛みを我慢しながら、顔をあげる。
ソフィアに聞こえるよう、自信が今出せる精一杯の声量で叫んだ。
「……タブレット!」
ソフィアはもちろんその言葉を聞き逃さなかった。
サミュエルが動くよりも前に、その手のタブレットを奪い取る。
そして宙へと放り、剣で真っ二つにしようとした。
それをみた華の脳裏に、先程データを消去しようとして倒れた時のことが浮かぶ。
「だめっっつつ!」
ソフィアの剣が、タブレットに触れる直前でギリギリ止まる。
床にダイブする直前で、タブレットを掴んだ。
「ちっ。そのまま壊していれば子供を自分の手で殺す、哀れな女の姿が見れたのに。」
サミュエルの言葉にソフィアが静かにキレた。
ソフィアの頭の中でプツンと確かに糸が切れたのだ。
それでも表には出さない。
感情任せに剣を振るって、相手のドツボにハマることだけはしない。
───やっぱり、ナンバーワンの風格は違う。
華はソフィアに感心した。
ソフィアは幹部の中でもナンバーワンの実力者で、戦えば、魔王の次に強い。
華の推しであるヴォイドですら、力ではソフィアに勝てないのだ。
強くてかっこよくて、女性の気持ちをわかってくれている。
そんな彼女の魅力が、華の世界では何千人もの女性を虜にしたのである。
ソフィアが叫ぶ。
「すまないが!皆10秒だけ目を閉じていてくれ。杏!目を閉じていても治療できるか?」
その言葉に杏がOKサインを出す。
ソフィアが頷いた。
「では今からだ!1!……2!……」
ソフィアがカウントダウンを初めて、すぐに華たちは目を瞑った。
暗闇の中で、音と匂い、肌の感触のみが研ぎ澄まされていく。
鋭い金属の音に何度も目を開けそうになったが、必死に目を開けないよう務めた。
9秒あたりで肌に圧を感じる。
とても重くて冷たいけれど、何故か優しさも感じる。
ソフィアの技だろうか。
「ありがとうみんな。もう目を開けてもいいぞ。」
ソフィアの言葉で目をあけると、急な光に目が眩んだ。
華達の目の前には、息一つ乱れていないソフィア。
そして、頭から血を流して床に倒れているサミュエルの姿が見えた。
腕や足も縛られている。
目の前に立つ女性の圧倒的強さに、華は釘付けになった。




