33.推しとジャンヌ①
「ふふっ。彼女、君よりも拒絶反応がなくて操りやすいね。」
「ヒッ」
華は右耳を押えながら、今いる場所から飛び退く。
ねっとりとした気持ちの悪い息の感触が、耳から離れてくれない。
ゴシゴシと耳を拭いた。
「さっきまでは僕にすがりついてたのに。もう嫌いになっちゃったのかい?もう1回弄ってあげようか?」
サミュエルがまたタブレットで何かを操作しようとする。
華は流石にそのタブレットが怪しいとわかっていた。
一度距離を取ったものの、サミュエルに向かって走り、その手から端末を奪おうとする。
しかし、呆気なく躱されてしまった。
華は無駄だとわかっていながらも、何度もサミュエルの方へ手を伸ばす。
「馬鹿だねぇ。君ごときが僕に届くはずがない。」
サミュエルにはそう言われたが、それでも華は諦めなかった。
体を動かしながら、打開策を考える。
「うーん……。このまま君と無駄な遊びをするのもな……。あ、いいこと思いついた。」
ほらこっちだよと、サミュエルは華の手から逃れる。
華は罠だと感じていたため、サミュエルをより観察しながら、少しだけ手を緩める。
サミュエルにばかり集中していた。
そのため後ろで戦っている2人のことが、完全に頭から抜けていた。
サミュエルが少し不思議な動きをして、華の手から逃れる。
「お姉さん!!!」
男の子の叫び声に、華はびっくりして体が固まる。
次の瞬間、びしゃりという音とともに、華は赤い液体を頭から浴びた。
「え……ぁ……。」
部屋いっぱいに広がる鉄の匂い。
状況が理解できず、華はまともに声を出すこともできなかった。
「ウィル!!!そんな……なんで!!」
女の子が男の子の元へを駆け寄る。
華を攻撃から守った男の子は、女の子からの攻撃をまともに正面からくらい、華の前に倒れていた。
おびただしい量の血が辺りに広がる。
女の子が何とか流血を止めようとするがどうしようもなかった。
「なんで!私、わたしが……?なんで大切な弟を……。弟……なんて私には……、あれ?私に居るのは妹?違う?私が妹で……。」
脳がバグってしまったかのように狼狽える女の子。
次第に頭を抱えて唸り出す。
まるで地獄のような状況だった。
誰一人正常ではない。
おかしくなってしまった女の子。
瀕死の状態で倒れる男の子。
なんの力も知恵も持たない女。
圧倒的な力を持った悪意ある存在が目の前に立つ。
「僕にもかかっちゃったじゃないか。仕方ない。雑巾で拭くか……。」
サミュエルは華に近づき、華の服で血を拭う。
華はなされるがままだった。
血の匂いでサミュエルの不快な匂いがかき消されている。
華の頭は機能停止状態だった。
なんの打開策も思いつかない。
それどころかこの場から逃げなくてはいけないという危機管理能力すら麻痺している。
頭が現実逃避をしようとしていた。
なにか悪い夢でも見ているような。
それなら早く覚めて欲しいと願うばかり。
「ガキの方は一旦休憩かな。こっちの女の方はまた弄ってあげようかな〜。僕は優しいんだ。この状況、さぞかし辛いだろう。僕が救ってあげるよ。何も考えなくて良くしてあげる。」
どれが良いかな〜と鼻歌を歌いながら、サミュエルがタブレットをいじる。
この場は狂っていた。
華は全身に力が入らず、無気力に床に座っている。
───なんで私、こんな奴にいいように扱われてるんだろう。
───なんでこの子達は、こんな奴に酷い目に合わされてるんだろう。
───おかしい。おかしいオカシイ。
「ああ、これにしようかな。はいポチッと……」
「ぁああああぁあ゛あ゛あ゛ぁぁああああ」
突然、華は奇声をあげた。
その勢いを借りてサミュエルに突っ込む。
難なく避けれるはずなのだが、サミュエルはそのまま華のタックルを受けた。
被検体が突然思いもよらぬ行動を取って、面白いと感じたのだ。
ここで止めてしまうよりも、成り行きを見守りたいと。
ビクともしないサミュエルに華は何度もぶつかりに行く。
タブレットを手から叩き落とそうとするが、全く上手くいってなかった。
サミュエルよりも先に華の体の方が傷ついていく。
「ははは、そんな抵抗がなんになるって言うんだい。笑わせないでくれよ。」
まぁとサミュエルが続ける。
「選択肢を与えてあげるのも悪くないね。」
そう言うとサミュエルは、急に華の攻撃を避ける。
勢い余った華の体が、つんのめって前に倒れる。
まともに受け身を取れず、顔から地面にぶつかってしまった。
痛みで悶える華を、サミュエルは楽しそうに見つめる。
「あははははは。無様で面白いね君は!楽しませてくれたお礼にこれ貸してあげるよ。」
驚くべきことに、サミュエルは華にブレットを投げた。
空を舞うタブレットは、華の体へと落ちる。
チャンスを逃すまいと、華はそのタブレットを手に取る。
そのタブレットには華の写真が載っていた。
名前、年齢、血液型などの項目が、写真に映し出されている。
ステータスの下にオプションと書かれた項目で、たくさんの文字がびっしりと書かれている。
───操作の仕方が分からない……。
よく観察していると、右上にゴミ箱マークが見えた。
華はデータ削除をしたいと思い、そのゴミ箱マークをクリックした。
「あ゛ッがっっつ」
その次の瞬間には、華は泡を吹いて倒れていた。
地獄絵図にさらに情報が増えた瞬間だった。
「そこまでだ、サミュエル。もうお前を野放しにはしておけない。」




