31.推しとカストル
「こ……子供?」
地下室に監禁されていた男女二人を見て、華は呟いた。
小学生ぐらいだろうか、2人とも小柄で幼い。
そんな子達が、縄で縛られた腕を何とか自由にしようともがいている。
「っそれじゃ怪我しちゃう。ちょっと待ってて。」
華は辺りを見渡した。
───何か縄を切れそうなもの……。
ハサミやカッター、包丁などの刃物を探すが、この部屋はほとんど物がない。
生憎と目当てのものは見つからなかった。
華はリビングへと戻り、引き出し等を片っ端から開けていく。
棚の上から順に開けていた時だった。
「ひっ!」
錠剤が沢山入っていた引き出しの1つ下。
中には無数のハサミが収納されていた。
その数の異様さに、華は短く悲鳴をあげた。
同時にどくりと心臓が嫌な音を立てる。
華が実際にこのハサミを見るのは初めてなのだが、妙な既視感を覚えた。
───嫌だ。出来れば触りたくない、けど……。
華は数秒悩んで、思い切ってハサミのひとつを手に取る。
子供たちの元へと駆けて行った。
2人は縄を外そうと、一生懸命に手を動かしていた。
「遅くなってごめんね、今縄を切るね。危ないからじっとしてて。」
こくこくと頷く2人。
まずは男の子の腕へと巻きついている縄に、華は慎重にハサミを当てた。
「いっつっ」
切れ味のいいハサミだったようで、太めの縄はいとも簡単にパチンと切れた。
その音を聞いた華は、一瞬頭痛に見舞われる。
女の子が華の声に、怯えた顔をする。
華は安心させるようにと、にこりと微笑んだ。
ぱちん
「……っ」
ぱちん
「……、……。」
縄を切る度に襲いかかる鋭い痛みに、華は耐えた。
表情も、今度はできるだけ崩さないように気をつける。
数本切り終えたあと、全体的に縄を緩めると男の子の腕が開放された。
男の子は口につけられていた猿轡を外し、自身の両足の縄を解いた。
女の子の縄を、苦しそうに切っている華に声をかける。
「お姉さん、ありがとうございます。妹の縄は僕が切ります。」
「っ、……。ありがとう。お願いね。」
見た目にそぐわない落ち着いた丁寧な話し方に、華は驚いた。
小学生とは到底思えない。
「妹」と彼が言ったため、華はこの2人が兄妹であることを知った。
男の子は華からハサミを受け取ると、女の子の縄を切り始めた。
華の様子を見ていたため、自身も同じように痛みが走ることを覚悟する。
妹の為ならば、そのようなことはもちろん我慢できる。
ぱちん
「いっ……っ。」
ところが、また痛みで声を上げたのは華だった。
男の子は一瞬だけ顔の力を抜いたが、華の様子を見て眉間に皺を寄せた。
ハサミと縄を見比べる。
「お姉さん、お願いがあります。僕が肩を叩くまで、目を閉じて、耳を塞いで、数字を数えていってください。なるべく声が途切れないように、大きな声で。」
華は男の子の言葉に首をかしげた。
自信を見つめる真剣な眼差しに、首を縦に振る。
「分かった。……1、2、3……。」
耳を塞ぐと、周りの音が小さくなり、血液が体を流れる音が聞こえる。
数字を数えると、その血潮の音と声で周りの音が一切聞こえなくなる。
次第に、心臓の音と、数字を数えるスピードが重なってくる。
数分後、男の子は華の肩を叩いた。
「……さん、お姉さん。もう目を開けていいですよ。」
華が目を開くと、女の子が男の子の体にしがみついて泣きじゃくっていた。
男の子は、その子の頭を優しく撫でて宥めている。
2人とも、無事に拘束を解くことができたようだ。
華はほっと息を吐く。
「お姉さん、ハサミを見るのが、いや音の方かな?苦手なのに助けてくださってありがとうございます。」
「全然平気だよ!気にしないで。」
男の子に指摘されて初めて、華はハサミが苦手なんだと意識した。
元いた世界では、普通に使えていたはずなのに。
「サミュエル……あいつは今どこに?」
「場所まではわからなくて……。けどどこかに出かけていて、ここにはいないよ。」
「そうですか、いつ戻ってくるか分かりませんし……。お互い自己紹介もまだですが、とりあえずここから出ましょう。」
うん、と頷き、華は2人とともにリビングの方へ移った。
部下を含め、ここに他の人の気配は感じない。
そのまま外へと繋がる扉に手をかけた。
ガキン。
「駄目だ開かない。」
力を込めたものの扉は少ししか動かない。
どんどんと体をぶつけてみても、大した効果はなかった。
ノアやヴォイドの部屋は内鍵となっているのだが、この部屋の内側は鍵らしきものがない。
まるで、監禁することを前提に作られた部屋のように感じられ、華はゾッとした。
「まぁ施錠せずに外出することはないですよね。仕方ありません。お姉さん、少し後ろに下がってて貰えませんか?エヴァ、力を貸してくれるかな。」
「うん、お兄ちゃん。」
華は男の子の指示に従い、2人の後ろへと下がっていった。
女の子は兄の腕に絡めていた手を離し、ふたりは手を繋いだ。
手を繋いでいない方の腕を上げ、呪文を唱え始めると、2人の手の前に風が巻き起こる。
華はそれを固唾を飲んで見守っていた。
次第に大きくなる2つの力。
兄妹が顔を見合せ頷いた後、その2つの力を集約させていく。
その時だった。
がちゃり。
華や兄妹ではない何者かによって、その扉は開かれた。




