30.推しと回文書
何故か行くべき道がわかる。
まるでゲームをしている時に、次の行き先に矢印が浮かぶように。
華はその案内に従って、見知らぬ場所をさも昔から知っているかのように、迷いなく進む。
風景は段々と記憶のあるものへ。
しばらく歩くと、馴染み深いドアが目の前に現れた。
───やっとたどり着いた。これで苦しみから開放される。
華は力強く扉を開いて中へと入った。
久しぶりに、薬品の匂いが鼻いっぱいに広がる。
なんて素敵な匂いなんだろう。
ここは世界一安全な場所だ。
もう一生ここに居たい。
リビングへと進むと、ずっと会いたかった人物が視界に入った。
「やあ、久しぶりだね。」
「……!サミュエル様、助けてください!私このままじゃ殺されちゃいますっ。」
華はソファに座るサミュエルの足元に座り込み、彼の足にすがった。
サミュエルはその行動に一瞬だけ顔を顰めたが、蹴り上げそうになる足を抑えて、笑顔を作る。
「それは大変だ。一体誰がそんな酷いことを?」
白々しい物言いだったのだが、華はそんなことに気がつきもせず、サミュエルが話を聞いてくれることに喜ぶ。
顔を上げて、サミュエルの顔を見つめる。
サミュエルは手元のタブレットで、いくつか操作をした。
「あの女です!サミュエル様の言っていた通りでした。私を助けるふりをして、酷いことを!」
「ふ……そうかそれは大変だ。」
サミュエルは華の言葉に応えるが、笑いが隠せなくなってきていた。
「そもそも君は、何がきっかけで助けてもらうことになったんだい?」
質問しながら、サミュエルの指がツゥっと画面の上から下へ滑る。
「それはもちろん!……?もち……ろん……。?っあ、そうです、そう。体を痛めつけられていて。酷い扱いを受けていました。」
サミュエルのズボンを握りしめる華の手に、力がこもる。
サミュエルはズボンにシワができることを不快に思いながらも、この状況が面白くてニヤニヤが止まらなくなっていた。
「それは、いったい、誰に?」
「それは……!……?っ?……???」
華の頭は混乱した。
脳が熱を持ち、華は頭を抱えて蹲る。
「うぅ?ウっ?誰?だレ……?ゑ?���?」
「ああ、やばいやばい。今の質問は忘れて。」
サミュエルは慌てて、タブレットの画面の一部を下から上へなぞった。
すると華の乱れていた呼吸が整ってくる。
しかしその目は虚ろだった。
「飛ばしすぎちゃったね、ごめんごめん。つい嬉しくて。続きはまた明日にしよう。」
そう言いながらサミュエルはソファから立ち上がり、身支度を始める。
「早速今日から遊んであげたかったんだけどね。あいにく今日は材料が揃ってなくて。今から取りに行ってくるから大人しくしておいてね。」
サミュエルはただでさえ全身真っ黒のコーデにも関わらず、さらに黒いローブを羽織る。
華を一瞥したあと、部屋から出ていってしまった。
華は部屋にひとり残された。
それがとてもとても寂しくて、寒くて。
なるべく体を丸めて、両足を擦り合わせて、孤独に耐える。
それでも30分も経たないうちに限界が来て、華はサミュエルの部屋をウロウロし始めた。
───このままじゃ死んじゃう。このままじゃ死んじゃう。死んじゃう。しんじゃう。
何かしらの直感に従い、華は奥の部屋へと進む。
ヴォイドやノアの部屋と違い、床がギシギシと音を立てていて、まるで築50年のアパートのようだ。
───前もこんな感じだったっけ?もっと普通だったような……。
───いや、前?私は一体何を言ってるんだろう。
華が入った部屋はカーテンもかかっておらず、6畳ほどの部屋に椅子がひとつ置かれている。
奇妙なのは、部屋を真っ二つに分けるような仕切りがあることだ。
その仕切りは真っ直ぐでもなくて、半端ない違和感を醸し出していた。
華が注意深く観察していると突然静かな部屋にコツンと音が響き渡った。
最初はただの物音かと思った華だったが、暫くしてそれが人工的に作り出されたものだと気がつく。
コン、コン、コン
華は音の出処を探った。
コン
先程から一定の感覚で聞こえてくる。
コン
ずっと同じ間隔で音が鳴っているわけではない。
コン
これが自然に発生する音だとは考えにくい。
コン、コン、コン
自身の歩く音で、この音を消してしまわないように、華は慎重に歩いた。
───入ってきた入口から聞こえる訳ではない。左も、右も、前も違う。近いけれど違う。これは……。
「下だ。」
思わず華はそう呟く。
すると先程まで聞こえていた音が止んだ。
華は部屋の中央にあった仕切りを押す。
それは思いのほか簡単に動き、仕切りで隠れていたところが露になる。
そこには何か取っ手のようなものが付いていた。
華はその取っ手をつかみ、恐る恐る上に持ち上げる。
それは想定よりも軽く、華の力でも簡単に動かすことができた。
「「ん〜〜〜!っ〜〜〜んんっん〜〜〜」」
「え!?」
床下にはちいさな穴が掘られていた。
その穴に子供二人が押し込められている。
2人は猿轡を噛ませられていた。
華の姿を見て必死に声を出す。
涙を流しながら必死に訴えかけてくる2人に、華は正気を取り戻し、背筋が凍るような感覚がした。




