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推しに夢中  作者: 虚月 悠奈


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29/41

29.推しと怪文書

ヴォイドの部下が呼び止める声を無視して、華は一目散に廊下を走る。

華にとっては、杏だけでなく、ヴォイドの部下ですら敵に見えていた。

最近は横になっていることが多かったため、体力は著しく衰えているはずだ。

にも関わらず思いのほか長い距離を走ることができて、華は自分でもびっくりした。

元々体力のない華だったが、大量に分泌されているドーパミンのお陰か、ありえない力を発揮していたのだろうか。

それでもやはり限界はあり、酸素が足りなくなって視界がせまってきたため、さすがに足を止める。

華は肩で息をしながら、周りを見渡す。

適当な道を進んだため、ここがどこだが全くわからない。

見た事のある景色はとっくり通り過ぎていた。

華は誰かに道を聞こうと、人の気配を探りながら周りをキョロキョロと見渡す。

追っ手が来ないか、背後にも意識をしっかり向けたまま。


───逃げなきゃ。でも何で?なんで私、あんな怪しい手紙のこと信じちゃってるんだろう。杏さんがそんなことするはずないってわかってるのに。でも逃げなきゃ。助けてもらわなきゃ。……誰に?いかなきゃ。……どこに?恵ちゃんとノアのところに。いや違う2人もきっと私の敵だ。あの人のところに行かないと。


「あれ、なんでこんなとこにいるの?」


聞き覚えのある声が背後から聞こえてきて、華は後ろを勢いよく振り返った。

楓だ。

相変わらずこちらを見ているのに、目が合うことはない。

楓は腕を組んで華のことを睨みつける。

そのオーラが華の肌をちくりちくりとさしてきた。

楓はそのまま壁に左肩を押し付けて、寄りかかるような姿勢をとった。

嫌な予感がしたので、華は楓を無視して再び走り出す。


「感じ悪っ。人の顔見るなり逃げ出して。……まぁちょうどいいか。」


楓は華の後ろ姿を見送りながらほくそ笑んだ。


「はぁっ、……はぁ。……はっ」


息が切れるまで走って、華は膝に手をついた。

荒くなった呼吸を整える。

座って安静にしていると、目の前から話し声が聞こえてきた。

顔をあげると、遠くから女性二人組がこちらへ歩いてきているのが見えた。

声や足音がだんだんと大きくなってくる。

華はそのふたりに向かって歩き出す。


「あのっ」

「……?はい。」


───ノアの部屋ってどの方向かわかりますか?

「サミュエル様の部屋ってどの方向か分かりますか?」


頭の中で言おうとしたセリフと、実際に口から出た言葉が違って、華は一瞬驚いた。


───私何言って……。サミュエルのところになんて行くはずがないじゃない。……訂正しなきゃ。


「あの魔人のところに行くんですか……?それならここの突き当たりを……」


女性は華を心配しながらも、華の問に回答してくれた。


───訂正……。いや何を訂正するんだっけ?早くサミュエルのところに行かなくちゃ。杏はもう信じられない。私を直せるのはもうサミュエル様だけ。


「……それでそのまま進むと右手にある部屋がサミュエルの部屋ですね。」

「分かりましたありがとうございます突き当たりを……」


女性2人のから聞いた言葉を、ブツブツと反芻しながらふらりと歩き始めた華。

華は愛想良く2人にお礼を言いながらその場をあとにしたつもりだったが、実際はそうではなかった。

華は不気味な笑顔を2人に見せて立ち去ったのだ。

2人は奇妙に思いながら、お互いの顔を見合せた。

華の手から何かが滑り落ちる。


「あっ!落としましたよ!」


片方の女性が落としたものを拾い、華を呼び止めたが、華はそれに気がつくことはなかった。

女性は独り言を呟きながら歩く華に薄気味悪さを感じて、わざわざ追いかけてそれを返す気にはなれなかった。

大切なものなら、失くしたとわかった時、ここへ探しに戻ってくるはず。

変に回収するより、その場の置いておこうと、女性が手にしたものを見る。


「ひっ!」


華が落としたものは1枚の便箋だった。

元は真っ白い便箋だったのだろうか。

それが分からなくなるぐらいに、びっしりと文字が刻まれていて真っ黒になってしまっている。

文字の大きさや筆跡もばらばらで、文字どうしが重なってしまっていたり、なんなら文字かどうかさえ怪しいものもある。

唯一読めるのは最初の1行だけで、あとは何が書いてあるかさっぱりわからない。

そのためかその最初の1行が、妙に強調されて見えた。

それは正しく怪奇文章だ。

ホラーゲームのアイテムのようなそれに、女性達は慄き逃げるようにしてその場をあとにした。


女性二人が立ち去ったあとしばらくして、別の女性がその道を通りがかる。

美しいロングのホワイトブロンドヘアをなびかせながら、スラリとした脚を見せつけて颯爽と歩いてきた。

背筋はピンと伸ばしており、まっすぐ前を向いて、まるでその女性の周りだけがランウェイになったかのように、場の雰囲気を作り上げている。

そんな女性の目が、例の便箋を捉える。

綺麗な指で便箋を拾い上げた。

2人組の女性のように手紙の中を見て驚いたものの、その動揺はあまり外には現れなかった。

女性はなにかに気づき、それを手にしたまま足早とその場を去っていった。

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