28.推しと黒山羊
それはごく自然に、しかし華にとってはどこか異質な空気を纏って枕の下に挟まっていた。
華がそれに気がついたのはたまたまだ。
悶々とした気持ちで枕に顔を埋めようとした時、枕の下に伸ばした腕がくしゃりと何かに当たった。
指先でそれをつかみ引っ張り出す。
華の手には一通の手紙があった。
真っ白の封筒に、宛先や差出人の記載は一切ない。
華は少し迷いつつも、手紙の封を切った。
『お前は騙されている。体調不良はあの女のせいだ。』
とてもきれいな字でそう書かれていた。
筆跡に心当たりは無い。
といっても華はみんなの筆跡などほとんど知らなかった。
ゲームでも手書きの文字が出ることはない。
あの女というキーワードに、華は思わず楓の姿が浮かんでしまう。
頭を振って嫌な考えを吹き飛ばそうとした。
華は手紙を破り捨てようと手にかけたが、少し考えて引き出しの中にしまうことにした。
寝室には杏と華、それぞれの持ち物をしまう為の小さい引き出しがそれぞれにある。
鍵は付いていないが、ヴォイドも杏も人の引き出しを勝手に開けるような人ではない。
華は気持ち悪さといくつかの疑問とともに、手紙を引き出しにしまった。
それから1週間後、華の体調は良くなったり悪くなったりの繰り返しだった。
今日はあまり良くない日。
ご飯は食べれているのだが、ずっと体を起こしているのがしんどい。
華は食後すぐにベッドへ横になった。
杏がすぐに傍に来て、治癒魔法をかけてくれる。
「華ちゃんごめんね、何度も治療してるのに、私の力が足りてないせいで……。」
「そんなことない!こちらこそ何度もありがとう。杏さんがこうやって治癒してくれるから、昨日だって少しだけ体調良かったし。」
ゲーム上で、杏は最高峰の治癒魔法使いだ。
彼女の右に出るものはいない。
そんな彼女の治療を毎日受けて、それでも完治しない、となると。
───私よっぽど悪い病気なのかな。それともわたしが本来この世界の住人じゃないから、魔法が効きづらい?
華は不安な気持ちを何とか隠そうとした。
治療が終わり寝室から出ていく杏を、できる限り笑顔で送り出す。
扉が閉じた途端に、バフンと枕に勢いよく頭を押し付けた。
と同時にくしゃっと音がする。
心臓がドキリと鳴った。
華は仰向けの状態のまま、枕の下に左手を入れた。
今回も、枕の下に手紙があったのだ。
右手で枕元の灯りをつける。
封筒をひっくり返して、表と裏何度も見たのだが、やはり何も書いていなかった。
『まだ気がついていないのか、彼女はお前を治しているのではない。』
「……え?」
治している。
───私を治療してくれているのは、あn
「華ちゃん?ちょっといい?入るよ。」
コンコンというノックとともに、杏の声が聞こえてくる。
華は咄嗟に読んでいた手紙を枕の下に押し込んだ。
ぐしゃりと手紙が折れる音がする。
「あ、はい、うん。どうしたの?」
杏から何を話しかけられたのか、あまり記憶にない。
こんな差出人不明の手紙を信じるなんて馬鹿げている。
そう思っているのに、華はマイナスな考えが止まらなくなってしまった。
杏の顔を見ると、先程の手紙の内容が頭を占める。
杏が華の手を取った時、思わず手を引いてしまった。
「あ、ごめん、嫌だった?」
普段なら何ともない行為を急に拒否されて、杏は戸惑った。
華はあからさまに態度に出てしまったことに焦り、言い訳を考える。
「ごめん、ちょっと手が冷たくて?びっくりしたかも。」
「あー!なるほど。さっきまで食器洗ってたから。びっくりさせちゃってごめんね。」
「こっちこそごめん!」
次の日、華は杏の治療を断った。
自分の自然な治癒能力に頼ってみたいと。
杏に毎日迷惑をかけるのは申し訳ないと。
杏はもちろん反対した。
迷惑なんかじゃないと。
苦しんでいる華を放っておくことは出来ないと。
華はその必死さを少しだけ疑ってしまった。
自分に魔法をかけられないと、不都合があるのではないかと。
本当は純粋に心配してくれているのだと信じたい。
命の恩人に負の感情を抱いてしまう自分に嫌気がさした。
そして治療を断って3日。
華の体調は少しづつ良くなっていった。
しかしそれが、杏への疑念を深めることになってしまった。
華はもう、杏のことを純粋に信じることができなくなってしまったのだ。
体調が良くなって喜んでいる杏が、裏では何を考えているのか分からなくて恐ろしかった。
杏が作ってくれるご飯は食べられなくなってしまって、既製品を買ってきてもらう日々に戻ってしまった。
買い出しも、ヴォイドの部下に頼む。
杏を経由してではなく、部下から直接手渡してもらった。
リビングでの食事も断り、暗い部屋で1人で食べる。
本当は杏と同じ部屋で寝るのも怖くなった。
夜は眠れず、杏がたまに外出している時に寝溜めする。
部下たちの話によると、最近杏は頻繁に魔王様の元へ通っているらしい。
魔王様から呼ばれるのではなく、自ら。
何故わざわざそんなことをしているのだろうか。
魔王様の元へ向かう道中はヴォイドが付き添っているみたいだ。
2人は今、部屋を開けていた。
睡眠のチャンスだと思ったところで、ヴォイドの部下に呼び止められる。
「あの、さきほどこの手紙を渡すように頼まれたのですが。」
「私に?」
誰が、と華が聞こうとしたところで、視界に封筒が入る。
いつもの手紙だと思った時には、もう開いて中の文章を読んでいた。
『逃げろ。今すぐに。』
華はヴォイドの部下を押しのけて、部屋から飛び出した。




