27.推しと酸
───よく眠れなかったな。
華は寝不足で軽い吐き気と戦いながら、朝の身支度をしていた。
歯磨きをして口をゆすぐ際、胃の中のものも一緒に出そうになったが、寸でのところで堪える。
昨晩、眠気はあり意識はすぐに飛ばせたのだが、眠った数分後に覚醒するというのを繰り返し、浅く眠ることしか出来なかった。
お陰でこの有様だ。
杏は華の体調不良にすぐ気がついて、心配してくれていた。
もちろん食欲は湧かないため、朝ごはんは丁重に断った。
お昼はさすがにお腹がすいて、華は杏とミートパスタを作ることにした。
作っている途中にトマトの香りを嗅いで、急に食べられるか不安に襲われる。
そんな華に追い討ちをかけるかのように、来訪者が訪れた。
「お邪魔しまーす。」
「あ、良いにおーい。」
恵と楓だった。
2人、正確には片方の姿を見て、さらに顔色を悪くした華に杏が耳打ちする。
「大丈夫?なにか適当に理由つけて帰ってもらおうか?」
二つ返事をしたいところだったが、何故か華の口から出た言葉は「大丈夫」だった。
返事をしてすぐに後悔したものの、訂正する勇気は出なかった。
杏はミートパスタを皿に盛っていく。
多めに作っていたからよかったものの、元々は二人で食べるつもりだった。
さすがに5つに分けるとなると、1人分はちょっと少なめの量になってしまう。
そう、5人分。
驚くべきことに、何も言わずともヴォイドはテーブルに着いたのだ。
それを見て、あっと小さく声を漏らす恵。
楓は恵のことをニヤニヤしながら見つめて、肘でつついている。
恵はヴォイドと目を合わせて、少し頷きながら小さく微笑んだ。
華はそれに気づいていたのだが、自身の体調不良に向き合うので精一杯で、あまり落ち込む暇もなかった。
華はパスタ前にして軽く深呼吸する。
麺をクルクルとフォークに巻き付け、口に運ぶ。
まず1口。
これは難なく食べられた。
けれども2口目から咀嚼にかなり時間後かかる。
さっきは食べられたのに、急に生の小麦粉をそのまま口にしているような感じがして、いつまでも喉を通らない。
それでも何とか2口目を飲み込んだあと、3口目を食べる気にはなれず、適当に食べている振りをしながら、水を飲んで誤魔化すことにした。
華がご飯と格闘している間に、恵、楓、杏は話が盛り上がっていたらしい。
華にとってのたった2口が、他のみんなにとっての数十分。
どうやら3人は、今までに行ったことのある旅行先について語っているようだ。
中学3年生の時に行った修学旅行。
行先は通っていた中学がどこかによって、かなり違いがあるようで。
恵は杏の話から、このゲームの世界にも修学旅行があることに驚いていた。
また楓の話から、楓が恵や華と非常に似た世界から来たということも発覚した。
華は会話に入る気になれず、目の前のパスタに集中する。
食欲が無くなるどころか、だんだんと吐き気が込み上げてきていて、気を抜いたらみんなの前で粗相をしてしまいそうだった。
華は3人の邪魔をせずに、如何にこの場をスマートに立ち去るかを考える。
───「ごめん、ちょっと調子悪いからベッドで横になってくるね。」これじゃ、杏さんと恵ちゃんに心配かけちゃうか。「さっき読んでた本の続きが気になって……」これもあまり良くない気がする。みんなのことをどうでもいいと思ってるみたい……。いっその事、何も言わずに席を立とうかな……。
いろいろと考えを巡らせていると、少し離れたところから視線を感じた。
華はゆっくりと顔を上げ、視線の元を辿ろうとする。
バチり。
ヴォイドと目が合った。
相変わらず今日も推しはかっこいい。
まともに直視し続けるのは難しく、華は咄嗟に視線を逸らす。
「……、……。」
ヴォイドがとても小さな声で何かを呟いたが、華には聞き取れなかった。
もう顔をあげる勇気もない華は、無視を決め込んだ。
また別の視線が華を襲う。
それが誰なのか、俯くことを決めた華は確認できない。
「ヴォイドさんはどう思いますか?」
楓がヴォイドに声をかける。
そのお陰で?、2組の視線が華から遠のく。
顔をあげなくてもそれを感じ取れた華は、ホッとした。
盛り上がっている4人を横目に、華は深呼吸をする。
吐き気は収まらないが、全体的な体調不良は少しマシになった気がした。
とはいえ、パスタはもう食べられそうにない。
話の輪にも、入れそうにない。
───私、居る意味ないな。
動けるタイミングを見計らって、華は席を立ち寝室へと戻った。
誰にも声をかけずに。
食べかけのパスタはラップをして冷蔵庫にそっと入れておいた。
なるべく音を立てないように、忍者になった気持ちで移動する。
途中でトイレに篭ろうか悩んだものの、とにかく早く横になりたくてベッドに入る。
食べ物の匂いから遠ざかり、薄暗い部屋で目を閉じ安静にしていると、少しだけ気分が良くなる。
しかし、時折聞こえてくる楽しそうな笑い声が、華をいっそう孤立させ、体調の回復を妨げた。
カーテンをしていても、どうしても木漏れ日がさしてしまう。
そんな些細なことが気になって、華はいつまでも眠れずにいた。




