23.推しと注文の多い食堂①
「どう?行けそう?それとも今日は辞めとく?」
扉の前に立ち、杏にそう問われた華はゴクリと唾を飲み込んだ。
杏の隣には恵もいて、心配そうに華を見つめている。
「大丈夫、です。入ります。」
華は意を決して扉のドアハンドルを掴み、勢いよく内側に引いた。
途端に広がる美味しそうな匂い。
人々のざわめき声。
いつかの時と違って、ドアを開けた人物のことなど、誰も気に止めていない。
人々がお盆に様々な食事を乗せて運んでいた。
華にとって、初めての食堂だった。
今日は華が起きると、杏はまだ隣のベッドに居た。
ベッドのヘッドボードに置いている間接照明が付いていて、その明かりで読書をしていたようだ。
華が起きたのに気づいた杏は、本を閉じ華の方に視線を向ける。
「おはよう華ちゃん。」
「杏さん、おはよう。」
「今日はね、ちょっと提案があって。もし大丈夫そうなら、今日の朝食は食堂でとらない?」
「食堂……。」
華は恵の口から、食堂の存在を聞いていた。
けれども結局1度も使ったことがない。
「恵ちゃんから聞いたんだけどね、ここに連れてこられた人たちは、というか魔王城で働く人たちは、みんな食堂でご飯を食べてて、自炊をしてる人はほとんどいないんだって。食堂にはメニューも特になくて、言ったらなんでも作ってくれるみたい。」
「私も、恵ちゃんから聞いたことあります。ただ私は色々あって、1度も使ったことがなくて……。」
「うん。華ちゃん初めてかもしれないけど、私も初めて。不本意ながら新入りだしね。無理にとは言わないよ!最近手料理も食べれるようになったし、どうかなぁって。」
「私も興味はあります!今まできっかけがなかっただけで……。ぜひ、チャレンジしたいです。」
華は杏の目を力強く見返した。
その目を見て、杏は強く頷く。
「よし、じゃあ行こう!顔洗って準備しよ!恵ちゃんも誘おうね。あとは……」
杏はベッドから起き上がり、部屋の外へ出る。
華も杏の後ろに続いた。
「ヴォイドさーん、おはようございます。あの、今日の朝ごはんなんですけど、食堂行こうかなって話してて。ヴォイドさんも一緒に行きませんか?」
「……俺はいい。お前らだけでいけ。」
───最近よく一緒にご飯を食べてたけど、奇跡みたいなもんだもんなぁ。さすがに食堂は一緒に行ってくれないか。
少しだけ落胆する華。
杏はヴォイドの言葉に返す。
「えー、でもいいんですか?道中、またあの変な人に狙われたりしちゃうかもですよ。」
サミュエルの顔が思い浮かび、華の心が暗くなる。
「それに、食後のコーヒーはまた格別に美味しいらしいです。ヴォイドさんなら知ってるかもしれないですが。いつものインスタントコーヒーとは全然違うと思いますよ。」
ヴォイドは杏の言葉に少しだけ思案した。
ソファの上で目をつぶる。
少し経ったあと、短くため息を着いて立ち上がった。
「……仕方ない。護衛として、付き添おう。」
「「ありがとう(ございます)!」」
杏と華は笑顔で互いに顔を見合せた。
杏と華、ヴォイドは恵と合流し、食堂へとたどり着いた。
華と杏は初めての食堂に目を輝かせ、周りをキョロキョロ見渡した。
恵は何回も来ているため、先導する。
「あ!恵ちゃん、食堂で会うのは久しぶりだね。」
1人の女の子が華たちのところに駆け寄ってきた。
茶髪のショートカットで、爽やかそうな雰囲気の女の子。
華はその子にどこか見覚えがあった。
実は定例会の時に、よく恵の周りにいた人物のひとりである。
「楓ちゃん!やっほー。そうなの、今日は久々の食堂なんだ。最近はヴォイドさんの部屋でふたりと一緒に食べることが多かったから。」
恵はそう言いながら、杏と華を紹介する。
楓は華の姿を見てすぐに視線を逸らした。
そして、杏の方へ向き直る。
「あ!この人が?初めまして。楓です。聞きましたよ!なんかすごい力を持った人がこの城に来たって。どんな傷もすぐに治しちゃうんですよね?」
キラキラとした目を向ける楓に、杏は少し居心地悪そうに手を振る。
「まぁ限度はあるけどね。治療を受ける人の精神力や治癒力も関わってくるし。それに、……」
楓はその言葉の続きを察して、少しだけ俯いた。
華と恵も少しだけ硬い表情になる。
───ここにいる誰一人として、望んでここに来た訳じゃない。別に魔王様の力になりたくてきている訳じゃない。
気まずい空気が流れたあと、杏が再び口を開く。
「なんかごめんね、ほらご飯食べよ!楓ちゃんも良かったら一緒に!何頼もうかなぁ。」
「そうだね、列に並ぼう!行列に見えるけど、捌くの早いからすぐ順番回ってくるよ!私は麻婆豆腐にしようかな。辛いやつ!」
杏に続いて恵も気持ちを切り替える。
恵の言葉に、楓が少し引き気味の顔をする。
「恵ちゃん結構な頻度で麻婆豆腐食べるよね。しかもめちゃくちゃ辛いし。なんであれを平然と食べられるのかわかんない。」
華にとって楓は、友達の友達という絶妙な距離感の人だったが、人脈を広げるチャンスだと思い、華は少しだけ勇気をだして楓に話しかけることにした。




