穴の中へ
ハッとウルリッヒが我に返る。
「ベルのやつめ!連れ戻してくる」
「え、待って……」
慌てて止めたけれど、ウルリッヒは俊敏な動作であっという間に穴に消えた。
は、早いよ、ウルリッヒ……。
アルが額を押さえ、盛大に息を吐く。
「考えなしが三人……」
うん……ホントにね……。
これって、先生を呼ぶ方がいいのかなぁ。でも隠しポイントなら、みんなで行って調べるのが正解かも。
穴を見ながら悩んでいたら、私を制するようにアルが片手をこちらに向けた。
「アリーはここで待機しておいて。僕が三人を連れ戻してくる。もし、しばらく待っても戻ってこないなら、先生に連絡を」
「え?……それより、みんなで行く方が」
「基本的に、森にこんな奥の見えない穴は作らない。力の強い魔獣が中に入り込んでしまったら、交流会前の先生たちのチェックから漏れる可能性があるからね。何もいないならいいけど、そうじゃなかった場合、みんなで行くのは危ない」
それを聞いて、後ろにいたグレタの班の子たちがざわざわとした。
力の強い魔獣と聞いて、不安になったようだ。
私も不安になった。
「じゃあ、なおさら私も一緒に行く」
「ダメ」
「ダメじゃないよ。アル一人で、あの三人を説得出来るの?」
「うっ……」
私の言葉は、痛いところを突いたみたい。アルの顔が引きつった。
……だと思った。
それでなくても、普段からウルリッヒたちを避けているのに、アル一人でトラブルなくすんなり連れ戻せるワケないじゃん。
私の横でリックが苦笑した。
「じゃ、俺とお嬢さま、アルフレッド殿下の三人で行きましょう。……ゆっくり300数えて、帰ってこなかったら破光弾で先生に連絡をお願いします」
後半は、後ろのグレタ班に向けた指示だ。
最年長の伯爵令息が硬い顔で頷く。
300くらいで……戻ってこれるかしら?
穴は、少し進むと左に曲がり、すぐに白い壁の廊下になった。
……あれ?これ、洞窟じゃないよ。
うっすらと壁自体が光っていて、明かりがなくても歩ける。
この廊下に似た場所を、私は知っている。
これは―――
「きゃーーーーーっ!」
「いやぁ!!」
そのとき、奥から悲鳴が聞こえた。
私たちは一瞬、顔を見合わせ、急いで声の元へ。
廊下を今度は右に曲がったら、やや開けた空間に出た。
そこで、グレタとベルティルデが踊っていた。
……いや、違う。
何かを払っている?
その前で、ウルリッヒが呆れた顔で立っている。
……えーと、どういう状況なの、これ。
「ウルリッヒさま、これは……」
私が話しかければ、ベルティルデが涙を溜めた目で叫んだ。
「ちょっと、アリッサ!わたくしの背中、背中ぁ!」
「はい?」
「虫がいますの!取って!取ってぇぇぇ!」
「私も!!!私もぉぉぉぉ!」
二人の背中を見れば。
……ひゃあ!
前世のゴ●ブリに似た虫が何匹かくっついてるぅ!
「いやー!」
思わず私も叫んで、すぐ横にいたアルにしがみついた。
ダメ。私もアレはダメ。
するとリックが、やれやれといった様子で、ベルティルデとグレタから虫を払った。そして、下に落ちた虫を躊躇いなく踏み潰す。
うわぁ……。
「毒もない虫に、騒ぎすぎです」
「そ、そういう問題ではなくてよ……」
ベルティルデが息も絶え絶えに呟く。
うん。毒のあるなしじゃないのよ、リック!
アレは、生理的に嫌悪感を抱くのよ!
息を整えつつ、ベルティルデが恨みがましい目でウルリッヒを見た。
「酷いですわ。眺めているだけなんて」
文句を言われて、ウルリッヒは胸を張る。
「当たり前ではないか。私もあんな虫は触れぬ。だから、それ以上行くと危ないぞと警告したのに」
「理由を!理由をちゃんと言うべきでしょ!」
「理由を言う前に、そなたらがさっさと先へ行くのが悪い」
先……?
開けた空間の先に続く廊下を見てみる。
「ヒッ!」
いやぁ、天井にゴ……がいっぱい!!地獄じゃん!!
私はさらにアルにしがみついた。
イヤだ。もう出たい、ここ。
アルが私の背を優しくトントンとしながら、ウルリッヒたちに言う。
「ここは、勝手に入っては行けないところだ。外へ出よう」
「勝手に入ってはいけない?」
途端にウルリッヒの目がキランと光った。
「アルフレッドはここがどういうところか、知っているのか」
「来たことはないし、予測に過ぎないけれどね。……さあ、虫がこっちに来るかも知れない。戻るよ」
さすがにベルティルデもグレタも異を唱えず、素直に頷く。
しかし、ウルリッヒが納得しなかった。
「この奥に、何か隠されているというなら、私は見に行く。一人で行くから、そなたたちは戻れ」
「ウルリッヒ。集団行動を乱すな」
「私に命令するな、アルフレッド」
ピリッ。
突然、空気がひりついた。
アルが……怒ってる。周りの空気が冷えていくよ……。
ベルティルデが「ウル!」と大きな声を出した。
「ここは、わたくしたちの国ではないわ。貴方の好き勝手にしては駄目」
「……交流会で、行ってはならぬと定められた線を越えておらぬ。自由に探索して問題のない場所であろう?」
好戦的な眼差しで、ウルリッヒはアルを見ている。
まあ、確かにそうなんだけど。
その前に、あの虫を越えて先へ行けるの、ウルリッヒ?




