ベルティルデの本音
転移室の前には、エリオットとディがすでに待っていた。
「おはよう、アリッサ!」
「おはよう、ディ」
今日はディも美しい白銀色の髪を結い上げて活動的な姿だ。エリオットも、長い髪を後ろで一つにまとめている。
エリオットは目を細め、まぶしそうに私を見た。
「おはよう、アリッサ。髪を上げている姿は、いつもより魅惑的に見える」
「ほんと、エリオット?……変じゃない?」
「まったく」
「ありがとう」
声変わりしたエリオットの声は、優しいテノールの響きをしていて、静かに話しかけられるとそれだけでうっとり聞き惚れてしまう。その優雅な姿とピッタリの声だ。
―――以前はそっくりだった水龍家の双子も、この数年ですっかり違うようになってしまった。
だけど、二人が並んでいると一幅の絵画のようなのは、変わらない。
アルといい、エリオットやディといい……こんな美形の友人たちに囲まれる私って、ほんと、幸せよねー。眼福、眼福!
でも。
もし、前世の記憶がなかったら、そんなふうには感じなかったのかしら?
転移陣を動かす先生が、慌てたようにやって来た。
「待たせたのう、君たち!」
真っ白なヒゲをたくわえたマコーレー先生は、今年で80だと聞いたことがある。だからアルが、「先生、急がなくても大丈夫です!」と心配そうに声を上げた。
「少し早めに来てしまっただけですから」
「ハァ、ハァ……いや、いつも君らは早めに来ることを知っとるのに、遅れたワシがいかん。……では、順に森へ送ろう」
息を切らせながら、部屋の扉を開ける。
うう、先生が心臓発作を起こしたら、責任を感じそう~。
―――エリオット、ディ、リックが順に森へ転移し、次は私の番というときに、ウルリッヒとベルティルデがやって来た。
「む?遅れたか?」
「ううん、時間通りだよ。私たちが早かったの」
ウルリッヒの問いに答えてから、私はさっとウルリッヒに先を譲る。
「どうぞ」
だって……ウルリッヒ・ベルティルデの元にアルを残して行けないもんね?
森の前の草原に、学院の生徒たちがたくさん集まっている。
地図と破光弾が配られ、注意事項を先生が説明した。私たちは説明を聞きながら、それぞれ手袋に破光弾をセットし……やがて、開始の花火が上がる。
さあ、交流会の始まりだ。
闇雲に森へ駆け出す一団もいれば、顔を寄せ合って相談を始める子たちもいる。
私たちも、地図を中心に集まった。
「ふむ。本当に去年と地形が違うな!」
ウルリッヒが地図を見、周りを見渡して感心したように洩らす。
去年、右端の方にあった丘が今年は中央付近に移動している。目印となる高い木の位置も、すっかりバラバラだ。
ベルティルデが眉をひそめた。
「……こんなにも大地を動かすのは、どうなのかしら」
「どう、とは?」
ウルリッヒが不思議そうに尋ねる。ベルティルデは軽く腕をさすりながら、周囲をぐるりと見た。
「魔法で丘の位置を変え、木々も動かすのは、人に許された業を超えているのではなくて?だって……わたくしたちは、神ではないのよ」
「世界の創造ではないぞ、何も問題はなかろう」
「不遜だわ」
意外。
魔法をこの国に学びに来たベルティルデがこんなことを言うなんて。
ウルリッヒがやれやれと言ったように首を振る。
「もし、これほどの魔法が使えるのなら、毎年洪水で悩む地域を救えるかも知れぬ。救える方法があるのに、苦しむ民を見捨てるのか」
「それは……そう、かも知れないけれど……でも過ぎる力を行使すれば、その反動もあるでしょう」
二人の話がまだまだ続きそうなのを見て取ったアルが、割って入った。
「残念ながら!大地を動かすほどの魔法は、必要となる魔力が大きすぎて、この区域外ではウルリッヒが期待するほどのことは出来ないよ」
そうそう。
特別な魔法が施されたここ以外では、ムリムリ!
特に大地なんて、質量があるから大変だ。
普通に石を持ち上げることを考えてみたら分かる。一抱えもあるような石なんて、よほど鍛えた人以外は持ち上げられないでしょ?
魔法だって同じ。
大きく、重くなればなるほど、必要魔力が増える。
私くらい魔力があっても、巨石を1メートルも動かしたら、疲労困憊してしまう。
ま、私が得意な火や風は、土や水みたいに質量がないから、かなり大きい魔法が使えるけれど。
「崖崩れが起きたとき、土砂を動かすことも無理か?」
ウルリッヒが真剣な顔になってアルに質問する。アルは驚いたように目を瞬かせ、少し逡巡した。
「……魔力量と、魔法の組み合わせによっては可能だと思う」
「組み合わせ?」
「純粋に土の魔法のみで土砂を動かそうとしても、そんなにたくさんは動かせない。でも、水と組み合わせて流すように動かしたり、氷の魔法で滑らせたりすることで、かなりの量を動かせる」
「なるほど……」
いつにないウルリッヒの真面目な様子に、アルは苦笑した。
「まあ、そういう話はあとで先生に尋ねる方がいい。今は交流会の最中で、僕らは森を駆け回らないといけない」
「あ……そうであったな。すまぬ」
ハッとウルリッヒが我に返り、頭を下げた。
アルは拍子抜けしたようだけど……軽く肩をすくめ、「じゃあ、まずは一番近いところから回ろうか」と歩き出す。
……ふうん。
ウルリッヒって、結構、真面目?
歩き出してすぐに、ベルティルデと目が合った。
ベルティルデがツンと横を向く。
「ブライト王国まで魔法を学びに来たのに、何を言ってるのかって思っているでしょう!」
「え……ううん、そんなことは……。不遜とか、考えたこともなかったな、って……」
だって私、転生して、魔法が使える世界だ、ひゃっほう!しか思わなかったもん。
でも考えてみたら、前世で科学が発達して……ノーベル賞のノーベルだっけ?土木作業を安全に進めるためにダイナマイトを発明したのに、戦争に使われるようになっちゃって。発明をすごく後悔したって聞いたことがある。
大きな力は、良いことだけに使われるワケじゃない。
ベルティルデの不安も、間違ってはいないと思う。
ベルティルデは小さく息を吐いた。
「……わたくしとウルは、帝国内で上位の魔力量よ。持っている力を、国のために使わずして皇族たる意味があるか?とウルが言うから、わたくしも留学を決意したけれど。正直、わたくしは……身に余る力だと思うの……」
…………うっ。
身に余る力を持っているのは、私の方です。
なんか、いたたまれなくなっちゃった。
私はつい、ベルティルデの背中を撫でた。
「大きな力を恐れる方が、正しく使えると思う。ウルリッヒさまが暴走しそうなら……ベルティルデさまが抑止力にならないと」
力を求めるウルリッヒと、力を恐れるベルティルデ。
良い組み合わせよね。
ベルティルデが複雑な笑みをもらした。
「ウルを止めるなんて!わたくしには難しいわ。アルフレッドさまくらいよ、ウルと張り合えるのは」
そうなの?
一緒に留学しようと誘うくらいなんだから、ベルティルデを認めているんだと思うけど。
自信満々に見えていたベルティルデだけど、案外、自己評価は低いのかなぁ。




