雑貨店へ
週末にアルダー・ル雑貨店へ行くと、マシューが渋い顔で迎えてくれた。
「……お嬢さま。帝国からの留学生が皇族の方だったのなら、事前に連絡が欲しかったです……」
「え?うちの雑貨を二人に売りに行くの?」
「違いますよ!お二人が当店に来られたんですよ。もう、大騒ぎでした」
ええ?!
「店に来たの?」
「そうです。護衛の方はいましたが、変装もせずにね」
そのせいで、店内にいた他のお客さま―――学院の生徒たちが気付いて大変だったらしい。
うちのクラスの生徒以外は、なかなか二人に近付く機会がない。きっと、これはチャンス!とばかりに群がったのだろう。
一方で、店員は何故、騒ぎになっているのか分からない。マシューは混乱を収めるために相当、神経を使ったようだ。
「迷惑ねー。もう二度と来るなって言っておくわ」
「そんなことを言ったら、外交問題になりますよ!」
いやいや、変装もせずに市井へ降りる向こうが悪いんだし。
でも、あの二人は注目を集めるのを楽しんでいるフシはある。
「で、何か買っていったの?」
「棚に並んでいる商品全種類買うと仰ったんですが、さすがに数が多すぎますので。まずは、カタログを差し上げました。必要なものを吟味してから、ご注文くださいと」
「なんだよ、遠慮なく全部売っちまえばいいのに」
私の後ろのテッドが笑いながら口を挟む。私は思わずテッドのお腹を肘で突いた。
「もう!悪徳商人じゃないんだからね!」
「あはは、別にかさ増し請求するワケでもないし、気にする必要あるか?客の欲しいものを、売るだけだろ」
「テッド。うちは、そういう商売はしないよ」
「はいはい。ったく、お嬢もだけど、マシューも真面目だなー」
真面目じゃなくて、誠実な商売をしてるの!
……でも、「棚の端から端まで」みたいな買い方する人、ホントにいるのねぇ。高級バッグは分かるけど、文房具を一気に全部買ったら、大変だと思うけど。
あの二人、バカじゃない?
そのとき、店のスタッフがお茶を持ってきてくれた。
それまで立ち話をしていた私とマシューは、改めて席に着く。
今日は、新たな文房具開発について、二人で話をする予定だったのだ。学院で実際に文房具を使い始めると、「あれが欲しいな、これをこう改良して欲しいな」といろいろ浮かんできて、私はそのたびにマシューに無茶ぶりをしている状態なのである。
ちなみに、マシューは王立レブント学院を飛び級で卒業したあと、このアルダー・ル雑貨店の店長に就任していた。
元々は私とオリバー兄さまで店をやっていたけれど、今、オリバー兄さまは領の仕事に専念している。なので、店の運営は私の自由なのだ。
となると、店長を任せるのはやっぱりマシューしかいない。
ということで、卒業直前に頼み込んだのである。まあ、マシューからは「僕が店長になるのは、まだ早すぎます!」と散々断られたんだけど……。
「そうそう、ウルリッヒ様が、次に店に来るときは、お嬢さまと一緒に来ると仰られていましたよ」
資料をカバンから取り出していたら、マシューがそんなことを言い出した。
私は鼻の頭にシワを寄せる。
「えー?一緒に来るワケ、ないよ」
「それは僕ではなく、ウルリッヒ様に仰ってください」
「くぅ……!」
学院で、私は休み時間や昼休みになるとサッと教室を飛び出し、ウルリッヒやベルティルデとは関わらないようにしている。
そうか。
だからウルリッヒは、わざと雑貨店で目立つことをやって、私が関わらざるを得ないようにしたのね。策士め……。
私の取り出した資料を受け取りつつ、マシューが言う。
「お嬢さまは、アルフレッド殿下が留学中に文具をいくつか贈られていたでしょう?ウルリッヒ様はそれを見て、便利そうな文具の数々がとても気になっていたそうです。なので王国に来たら、絶対にいろいろ買おうと思っていた、お嬢さまには各文具の使い方や、お勧めをぜひ、教えて欲しいと」
「そんなこと、うちの店員は全員、ちゃんと説明できるもん。私じゃなくていいじゃん~」
「……そんなに嫌な方なんですか?」
あまりに私が嫌がるからだろう、マシューが不思議そうに首を傾げた。
「わりと感じのいい方だな、という印象でしたが。皇女様は、やや、クセがありますが」
付け足した皇女評価に、戸口のテッドがこっそり肩を震わせる。私は溜め息をついた。
「ウルリッヒさまがね、私に気があるみたいなことを言ったりするのよ。それでクラスの一部の女子から反感を買ってるの。あんまり騒ぎになりたくないの……」
「なるほど……」
マシューは苦笑しつつ、「それはもう、どうしようもないですね、諦めてください」と言い切った。ものすごく、あっさりと。
私は愕然とマシューを見る。
「ひ、ひどい……」
「だって、もともとお嬢さまはアルフレッド殿下との関係性を妬まれているんですから。婚約されましたけど、エリオットさまと噂されたこともありましたよね」
テッドが笑った。
「それを言ったら、マシューの名前も上がったことあるぜ!あ、兄貴もあったなー」
「ひどいよ、根も葉もないのにー……どんな魔性の女なの、私……」
「うんうん。色気、ちっとも無いのに不思議だよなぁ」
「さすがに、ちょっとはあるもん!」
胸とか!
でも、テッドもマシューも肩をすくめて笑うばかりだ。
ふん。私の色気が分からないテッドたちがお子さまなの!
その後、新商品開発の話へ。
新商品というより、今回は変更の依頼だ。
かなり前に付箋紙を作ってもらったけれど、前世みたいに何十枚も重ねて束にした付箋紙を作るのは難しく、少量使い捨ての付箋紙は現在のところ高額商品だ。正直、ほとんど売れていない
しかし私がノートに貼っている付箋紙を見て、学院の先生の一人がすごく興味を持った。そして、使いたいから、もっと安価に出来ないかと尋ねてきたのだ。
ということで。
考え方を変え……付箋紙ではなく、糊の方を商品化してみようかと思い付いた。
小さいサイズにカットした紙に、弱い糊を自分で塗って、それを付箋として使うワケ。
なにせ開発した特殊な糊は本当に弱くて、1回しか貼れない。剥がすと、もう粘着力はなくなっている。貼り間違えると、もったいないなーと思っていたけど……これなら、何回でも貼り直せる。
ちょうど良いと思うのよね。
あとは、使いやすくスティック糊みたいな形になるといいんだけど……。
ちなみに、この糊はダンゴムシにも似た虫の体液だ。作っているところを、私はとても見ることは出来ない。
ていうか、糊の正体(?)を知ったときは、思わず付箋紙を放り投げたもんね……。
でもまあ、作ってくれた職人さんに申し訳ないので、今は考えないようにしている。
マシューは、私の案を丁寧に書き留めた。
「そうですね……お嬢さまの理想とする形になるかは分かりませんが、職人と相談してきます。付箋紙より、こちらの方が商品化しやすそうですしね」
うんうん。よろしくね、マシュー!




