王国に留学してきた理由は
あれは、私が7歳のときだっただろうか?
アルダー・ル雑貨店に、帝国の商人オットーさんが一人の少年を連れてきたことがある。その少年の名が、ウルだ。今、目の前にいるウルとは全然容姿が違うけれど。
オットーさんからは、親戚だと紹介されたのよね。たぶん、ウソだろうなとは感じていたけれども。
そして―――ウルに店を案内していると、"帝国へ来い。同郷の者とも会える"と言われ。
それで私は初めて、帝国には天恵者の村があると知ったのだった。私が帝国へ行く切っ掛けになった人物、とも言えるだろう。
あのとき。
ウルはいずれ、ゆっくり話をしよう―――と言った。
だけど結局、彼とはそれっきりだ。だから、もう二度と会うことはないと私は思っていた、のに。
―――ウルリッヒは嫌そうな顔をしているアルを無視して、私を覗き込む。
「そなた、帝国へ来たのだろう?それをあとで知って……ああ、初めて会ったときに、きちんと名乗っていれば良かったと後悔したぞ。名乗っていれば、私に会いに来てくれただろうに」
……え?
思わぬウルリッヒの言葉に、私は目を丸くする。
いやいや、別に会いに行ったりしないよ?私が気になったのは、他の天恵者のことだけだもん。
でもウルリッヒは自信満々で、"そんなことない"と言われるとは思ってもいない様子だ。
アルがぐいっと私を引いて、自身が前に出る。
「アリーは……アリッサは、僕に会いに来てくれただけだ。兄君の用事で他国へ訪問したついでにね」
「まあ……そういうことにしておいてやろう」
ウルリッヒはしたり顔で頷いて、私にウィンクした。
うわぁ……やだぁ。なに、この自信?!
なんか、皇女さまだけでも面倒なのに、もっと面倒くさそうな人まで同じクラスになっちゃったじゃん。私の四年生、一体、どうなるの?
なんとか二人を案内し、次の時間からは授業に。
アルは心配そうに自分のクラスに戻ってゆく。
さて、ウルリッヒとベルティルデは、私にとって厄介そうだけど……クラスメートには大人気だった。まあ、二人とも美男美女だし、どちらも婚約者がいないらしいから、そりゃ、盛り上がるよねぇ。
「まさか、お相手探し?」
みな、興味津々。
まだ婚約者のいない者は、休み時間になるとさっそく声をかけに行く。
二人は意外と愛想が良くて……この調子だと、あっという間にファンクラブが出来そうだ。
「アリッサ。彼、あなたに気があるんじゃないの?」
昼休み。
ジョージーナがニヤニヤしながら言ってきた。
一年生のときは、お互いに"様"をつけて呼び合っていたけれど、今は内輪のときは様付け無しだ。
ジョージーナがからかうのは、ウルリッヒが私に「一緒に食事を」と誘ってきたからだろう。
「興味ないもん」
私は顔をしかめて、返事する。
クラスメートたちも、ウルリッヒはもしかして私狙いでは?という見解がすでに起こっているようだ。
あああ、迷惑~……。
でも身分的には、そう考える人も出てくるよね……。
ウルリッヒは伴侶探しなんて一言も言ってないけど、どうやら否定もしていないようだし。
ケイティが私の肩を叩いた。
「うんうん、だってアルフレッド殿下の方がカッコいいもんね!」
「あら、ウルリッヒさまも悪くないでしょ。自信に溢れてて、男らしくて、それに紳士的だわ!」
「それは全部、アルフレッド殿下にも当てはまるじゃない」
「でも、アルフレッド殿下は人と線を引いているところがあるもの。そこがまた良いとも言えるけど……ウルリッヒさまは、とても親しみやすいわ」
シェリーが熱弁をふるう。
ケイティがそそくさとペンと紙を取り出した。
「これはもう……アリッサを巡って、三角関係ね!」
「ケイティ、違うわ。あの皇女さまはアルフレッド殿下を狙っているらしいのよ?四角関係よ~!」
「きゃ~、創作意欲が湧く~~~!」
止めて……ネタにしないで……!
ただ、翌日、ウルリッヒがこっそりとこの国に来た本当の理由を教えてくれた。
「他の者には内緒だぞ?……我が国は渡り者を優遇した結果、魔道具がかなり発展した。おかげで魔力の少ない者でも、便利に生活が出来るようになった。一方で、便利な道具に頼るせいで、魔法が廃れつつあるのだ」
このときのウルリッヒは、上に立つ人間の顔だった。真剣に、国のことを考えている人の、顔。
「魔力の少ない民は、魔法が使えなくても構わぬ。しかし魔力のある貴族までもが、魔法を覚えるより、魔道具を使う方が良いとなっては……駄目であろう?」
「でも、魔法は使えるようになるまで大変だし、個人差も大きいから……仕方ないんじゃないですか」
学院に入学してから、魔法を使うのに苦戦しているクラスメートたちを私は結構見ている。便利な魔道具に流れるのは、自然の流れだと思う。
しかし、ウルリッヒは厳しい表情で首を振った。
「だが、魔法は国を守る力だ。ブライト王国には及ばぬが、我が国にもいくつか重要な古い魔法が掛けられている場所がある。その魔法を正しく継承し、行使してゆかねばならんのだ」
ふうん……。
ウルリッヒははっきりとは言わなかったけれど、どうやら、帝国では古い魔法を使える人がいない……ようだ。帝国に残っている、重要な古い魔法が上手く作動させられなくて、困った事態になっているっぽい。
なるほど、だから、ブライト王国に留学してきたのね。
ベルティルデも同じ考えだという。意外と、二人とも真面目じゃん……?
「アリッサは、相当な魔法の使い手と聞いている。ぜひ、いろいろと教えて欲しい」
「はあ。でもアルも……アルフレッド殿下もすごいですよ?」
「あやつには教わらん!」
ありゃりゃ。即答されちゃった。
―――ちらっとアルに聞いたところによると、前に帝国の魔法の授業で、ウルリッヒをこてんぱんにやっつけたことがあるらしい。
以来、ウルリッヒに敵視されているのだとか。
まったく……アルも、そこはウルリッヒの顔を立てて、適当に負けておいてあげたら良かったのにねぇ。
ま、アルも結構負けん気が強いから……ムリかな?




